6.野良猫にどう対処するかという問題の複雑さ
野良猫の罠を仕掛けた日の 2 日後の夜、私はゲイル・ラフとオーリー・クローと再び出かけた。その時、クローは猫を引き取ってくれたクリスティーン・ヘルナンデスから悲しい知らせを受けたていた。「かわいそうなクリスティーン。」と彼女は言った。「彼女は子猫に輸液したり、酸素吸入をしたり、あらゆることをし尽くした」。彼女は頭を振った。「あの子猫は愛を知ってから看取られた」。
私たちの目的地は、ハリウッド・フリーウェイに隣接する何の変哲もない住宅街だった。野良猫に餌をやるのが目的だった。彼女たちが最初に餌をやった場所は、ひっくり返ったプラスチック製のゴミ箱で、ずっとボートが置かれていた雑草の多い空き地のそばでに倒されていた。ラフが水とドライフードを運んでそのゴミ箱に近づくと、トリー( Tory )と名付けられた猫が薄明かりの中に姿を現した。「あなたが好きなキャットフードを持ってきたわよ!」と彼女はトリーに話しかけるように言った。「片方の耳の先が切られているのが分かるでしょ。トリーは以前からずっとこのあたりにいる」。
「私たちは全ての野良猫に名前を付けている。」とクローは私に言った。「私たちにとってどの野良猫も大切な家族と同じなので、ものを扱うように扱いたくはない」。
この付近では数十匹の成猫が屋外で暮らしている。ラフとクローは全部の猫を知っているだけでなく、付近の住民のほとんど全員のことも知っている。最初の餌場の角を曲がったところで、4 、5 匹の成猫に餌をやっている男の家の前を通った。その男はクローが行くジムで世話になっているインストラクターの知り合いで、そのインストラクターがクローに 1 人の高齢女性が何匹もの猫に餌をやっている廃屋があることを知らせてくれたのであった。クローとラフはこのあたりで何匹もの猫を罠で捕獲し、不妊去勢手術を施し、その後ずっと餌をやり続けていた。とある若い夫婦がその廃家を買って、子供が生まれたので、クローとラフは野良猫の餌場をその家から徐々に遠ざけていった。それで多くの野良猫もその家から遠ざかった。しかし、1 匹の猫がその家から遠ざからなかった。それで、家を買った夫婦は、その猫を飼うことにした。「 1 匹受け入れてくれる家庭が決まった。」とクローは言った。
他にも多くの野良猫が、生い茂った草地の近くで餌を食べている。その草地は、野鳥やコヨーテにとって魅力的である。草地はフリーウエイとフェンスに挟まれていたが、フェンスには大きな穴が 1 つ空いていた。薄明かりの中、ラフはウェットタイプのキャットフードの缶詰の中身を割れたコンクリート板の上に出した。彼女は、週に 16 ポンド( 7.3 キロ)ほどの餌を様々な場所に置いている。しかし、「この辺りの多くの野良猫が正しく扱われており、餌も行き渡っている。」とラフは言った。私は彼女に、彼女とクローがキャットフードに使う金額を尋ねてみた。彼女は分からないといった。しかし、クローは正確な額を知っていた。というのは、夫に聞かれたことがあるからである。彼女は言った。「年間数千ドルかかってる」。
何匹かの野良猫が草木の茂みや近くの家の入口脇に停まっていた黄色い大きな 4 輪駆動車の下から現れた。通りのさらに先の家々の芝生からも現れた。クリスタル( Crystal )、バットマン( Batman )、ブレイブ( Brave )、トーフ( Tofu )などが居るのが分かった。どの猫ものんびりしていて、他の猫に興味を持っているようには見えなかった。どの猫も耳の先が欠けており(不妊去勢手術をされている)、多くはそれなりに健康そうに見えたが、1 匹は腹膜炎( peritonitis )を患っている上に片方の目が欠けていた。ラフとクローは、姿が見えない猫について話をした。どこかに行ってしまったのかもしれないし、コヨーテに襲われたのかもしれない。コヨーテの侵入を防ぐため、近くの住人たちがその草地の周りのフェンスの穴を修復していたのだが、ホームレスの人たちが再びその穴を開けたり、猫の餌場として使っていたプラスチックのゴミ箱を漁ったりすることもある。ある女性は、衣服を入れるような蓋の閉まる箱が餌箱として必要だとクローに説明したことがあった。
住む家の無い者にとって、飼い主のいない猫に餌を与えることは、自分の心を和ませる方法の 1 つかもしれない。住む家がある者の中にも、同じように感じている者が少なからずいる。ラフとクローは、この付近に野良猫に餌を与える者が複数いると言った。年配のヒスパニックの男性とショッピングカートにキャットフードを入れた天涯孤独の女性などがいるそうである。「餌やりを止めさせるのは難しい。誰もが家族に食事を与えるし、自分の好きな者に食事を与える。そうすることでより絆を深めている側面がある。だから、猫に餌をやるのを止めるよう言うのは、猫を殺せと言っているのと同じである。」とロサンゼルス動物管理センターのステイシー・デインズは言った。ロサンゼルス動物管理センターは給餌を妨げるものではないが、在来の捕食動物を呼び寄せないようにするため、餌の提供は 30 分以内とし、食べ残しは回収することを推奨している。残念なことに、この推奨事項は完全に無視されている。ラフとクローは、責任ある餌やりについて独自のルールを定めて守っている。それは、不妊去勢手術を施された猫だけに餌を与えるということである。「野良猫に餌やりする者はたくさんいる。」とクローは以前に私に言ったことがある。「彼らは子猫が大好きなので、不妊去勢手術を好ましく思っていない」。
このように餌やりをする者がたくさんいることは、屋外に住む野良猫を効果的に増やしている。屋外を自分の家の敷地の延長と勘違いしているのかもしれない。この日ラフとクローが 3 番目に回った餌場は、ある女性の家のすぐ脇にあった。その家は一見裕福そうに見えた。無数の猫が窓から自由に出入りできるようになっていた。ラフが 4 匹を引き連れながらその家の横を歩いていると、玄関のドアが数インチ開いて、また閉まった。
「彼女の家の中がどうなっているかは全く分からない。」とラフは言った。
「近所の人の 1 人が彼女の様子を監視してくれている。」とクローは言った。「その人が、この家の中に子猫がいるようなら私たちに教えてくれることになっている」。
「この家に住む女性が、私たちが猫に餌をやっていることをどう思っているかは分からない。感謝しているなんてことは無いと思う。」。
「皮肉じゃないけど、こちらからクリスマスに彼女の家の前にワインを 1 本贈り物として置いておいた。猫に餌をやる機会を与えてくれたことへの感謝の印として」。
この餌場でもラフがウェットフードを出した。「このあたり猫の間では、近親交配が進んでいる。」と彼女は言った。「この白黒のぶち猫には片目しかない。」
ウェットでもドライでも、キャットフードはほぼすべて動物由来の成分から作られている。寂しさが漂う例の家の横から、同血統繁殖の野良猫が他の動物の組織でできた餌を食べるのを見ていると、暗い未来を暗示しているように感じられた。ユダ・バティスタがこのままでは人間以外は全て絶滅するディストピアが訪れると警告していたことを思い出した。ロサンゼルスには、留鳥や渡り鳥もたくさんいる。あらゆる種類の哺乳類や爬虫類の生息地も豊富にある。この街には野生動物が溢れている。そこに、他の場所から持ち込まれる肉を貪り、人間に取り入り、ますます数を増やしている動物種がいる。
もしこの国に住む全員が猫を屋外で放し飼いにするのを止めれば、アメリカの野生生物が猫に襲われる被害は劇的に減るだろう。野良猫の数を減らす際に、より人道的な手法で進めるのであれば(つまり、全く殺処分をしないのであれば)、減るスピードは非常に遅くなるだろう。今後、猫を登録し、個体識別用のマイクロチップを埋め込み、安全な場所に戻すという条件で、TNR 活動が積極的に推進される可能性が無いわけではない。猫の個体数を減らすには TNR 活動だけでは決して十分ではないため、一部は里親を探して引き渡し、一部は保護施設への収容、一部は安楽死を通じて、野良猫の数を減らす継続的な取り組みが必要となるだろう。よく考えてみると、これは、ノーキル運動の理念を実践することと何ら変わらない。動物保護施設での殺処分を無くすことのみを重視したことで、戸外で暮らす猫の数が増えてしまっている。また、野良猫が繁殖を繰り返すというより深刻な問題への対処がお座なりになってしまった。乳離れしていないかわいい子猫を引き取って育てたいと希望する者が非常に多いわけだが、野良猫の不妊去勢手術を進めても、引き取り可能な子猫が不足するような事態は絶対に発生しないはずである。また、野良猫がお産をすると子猫のケアに非常に費用がかかる場合もある。理性的に考えれば、生まれた子猫のケアのために費用をかけることによって、不妊去勢手術への援助金や不妊去勢手術の重要性を地域社会に啓蒙教育のための費用が減らされるべきではない。実際には、ロサンゼルスのような大都市でさえ資金が潤沢ではない。私は、ロサンゼルス動物管理センターの幹部であるアネット・ラミレス( Annette Ramirez )に、予算の内で啓蒙教育に費やされる費用の割合はどのくらいかを尋ねた。彼女は非常に正確な金額を教えてくれた。「ゼロに決まっている。」と彼女は言った。
多くの野良猫が近所を走り回っているという光景は、矛盾に満ちている。人間の同情心が、かわいい猫が危険な状況下で生きるように強いている。猫は野生動物であると考えられているが、同時に人間の家族の一員とも考えられている。(私が不思議に思うのだが、ある野良猫が野生動物の内蔵を喰らう癖を持っていて、その野良猫を家族の一員と考えている者がいたとしたら、それを必死で止めさせるはずである。なのに、肩をすくめるだけで、猫の本性だからしょうがないと言ってことを済ませようとする。これもすごく矛盾している。) 人類が進化して豊かになったので、動物保護施設での動物の扱いをもっと温もりのあるものにすべきと主張する者が増えている一方で、いまだに猫は外に放っておくのが当たり前とする伝統的な主張をする者もいる。野良猫に餌をやる者たちは野良猫の主と言えるが、飼い主とは言えない。ノーキル運動は決して殺処分を認めないわけではなく、ノーキル( no kill)のお題目に反して実際にはキル( kill:殺す)を認めている。これらの矛盾の根本には、まだ行われていない難しい選択がある。猫を優先するべきか、それとも自然環境を優先するべきなのか。♦
以上