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最近、私は、ゲーマンスを含む多くの戦争終結論を研究している者と話をしました。ウクライナ戦争を戦争終結論的な側面から分析すると、どのようなことが言えるのでしょうか。彼らはウクライナの情勢に非常に興味を持っていて、地道な分析を熱心に続けています。ほとんどの者がTwitterやTelegram(ロシア人技術者が2013年に開発し、現在はTelegram Messenger LLPが運営しているインスタントメッセージアプリケーション)に張り付いて、そのデータを多言語でリアルタイムに分析して戦況を把握しようと努めていました。彼らは、戦争の終結に関する研究はかなり積み上がっているので、ウクライナ戦争の結末を予想する際に役に立つだろうと信じていました。そう考えていたのは、彼らだけではないことが明らかです。ゲーマンスのかつての教え子で戦争終結論研究者のブラニスラフ・スランチェフ(Branislav Slantchev:カリフォルニア大学サンディエゴ校教授)が私に言ったのですが、8月にアメリカの情報機関が開いた戦争終結に関するシンポジウム(ズームで開催)に参加するよう要請されたそうです。
”How Wars End”の著者であるライターは、ウクライナ戦争があまりにも昔ながらの戦争であることに強い興味を抱いています。サイバー戦争はほとんど行われておらず、ロシアが使った極超音速ミサイルは数発のみでした。ライターが言うには、ロシア軍を特徴づけているのは、砲兵隊、装甲車両部隊、歩兵隊、それに民間人に対する残虐行為です。それらは20世紀の戦争に特徴的なものです。一方のウクライナ軍も同じようなものです。ウクライナ軍は、それなりに洗練された武器を持っていて、兵員は十分な訓練を受けており、勇敢さも持ち合わせています。ウクライナ戦争は、旧来の戦争と大きく変わっているわけではないのです。
ミネソタ大学の研究者で戦場の医療体制に関する本を書いているタニシャ・ファザール(Tanisha Fazal)は、ロシアの負傷者の死者に対する比率が非常に低いことに衝撃を受けていました。過去150年間のデータを分析した結果、その比率は、3:1から4:1くらいでした。直近の例を出すと、アフガニスタン戦争などでのアメリカ軍の負傷者の死者に対する比率は10:1でした。つまり、負傷して死ぬ兵士は非常に少なくなっているのです。しかし、ウクライナ戦争でのロシア軍のその数字は、4:1となっています。ファザールによれば、そうなった理由は、ロシア軍が航空優勢(air superiority)を確立できていないことにあります。そのため、負傷した兵士を即座に救出することができず、多くの兵士が死んでしまっています。
ウクライナ戦争では、戦争終結論研究者にとって馴染み深い特徴が多く見られます。プーチンの一番最初の誤算は、ウクライナを数日で制圧できると勘違いしたことです。これは、情報の非対称性の典型例であると言えます。独裁的な政権では自国民から正しい情報がほとんど出てこないので、しばしばそうした状況に陥ります。また、この戦争では、「信頼できるコミットメント(credible commitment)の問題」も顕著に見られます。ロシアは、ウクライナが北大西洋条約機構(NATO)に加盟申請しないと主張していたことを全く信用できないと主張していました。一方、ウクライナは、何度も約束を反故にしてきた上に2月に何の前触れも無しに侵攻してきたロシアを全く信用していません。しかし、歴史を振り返ると、この「信頼できるコミットメント(credible commitment)の問題」を解決するのは容易ではありません。第二次世界大戦の際、その問題は、ナチス政権の崩壊、ドイツ憲法の改正、ドイツの東西分割によって解決されました。しかし、多くの戦争において、「信頼できるコミットメント(credible commitment)の問題」がすっきりと解決したことはほとんどありません。
ウクライナ戦争では他の多くの戦争で見られたことと同じことが起きていましたが、戦闘があっという間に激化し、刻々と戦況が変化していきました。2月24日の朝、ロシアがウクライナに侵攻して以降、実にたくさんの出来事がありました。ロシア軍が意外と脆いことが判明し、ウクライナ軍が思いのほか頑強であることが明らかになったことで、ウクライナ国民は勇気づけられました。以前にブチャ(Bucha)で民間人虐殺が行われていたことが明らかになり、直近ではイジュム(Izyum)でも同様のことが行われていたようです。そのことでウクライナ国民は、激怒しています。以前、ウクライナの世論にはロシアに譲歩する余地が少しはあったような気がします。しかし、今やその余地は完全に無くなりました。ゲーマンスは言いました、「時として、戦争が続く中でさらに戦争の原因が作り出されることがあるのです。」と。
両国以外にもたくさんの国がこの戦争に直接的な形では無いものの関与しています。NATO加盟30カ国がウクライナを支援しています。ロシアを支援している国も無いわけではありません。ベラルーシは今のところロシア側についています。ゲーマンスは言いました、「現在、ヨーロッパで大規模な戦争が勃発してしまったわけですが、誰もそんなことが起こるとは予想していませんでした。第一次世界大戦のような塹壕戦が行われています。ウクライナは国家を存続させるための戦闘を続けています。」と。その影響は甚大です。彼は続けました、「この戦争の影響は今世紀末まで残るでしょう。もしロシアが敗戦すれば、あるいは欲していた領土が手に入らなければ、ロシアの体制は大きな変化の時を迎えるでしょう。もしロシアが勝利すれば、ヨーロッパの体制は今とは全く違ったものとなるでしょう。」と。既に戦争の規模はかなり拡大し、複雑さも増していますので、迅速に停戦合意が為される可能性はほとんど無くなってしまいました。ゲーマンスは言いました、「第一次世界大戦でも第二次世界大戦でも、規模があれほどまでに大きくなってしまったのは、早期に終結できない状況であったことが主たる原因でした。」と。もともとロシアの領土であったところに住んでいる同胞を救いたいと主張してロシアが始めた戦争ですが、既に戦域は大きく広がってしまいました。戯言から始まった戦争は既に手のつけられない状況になりつつあります。