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私は9月初旬にゲーマンスに初めて会ったのですが、彼はウクライナ戦争が長引くと予想していました。この戦争では、情報の非対称、信頼できるコミットメントの問題、国内政治という戦争終結のための障害となる3要素が、いずれも未解決で残っています。現時点では、両国が勝てると思っています。また、相手に対する不信感は日に日に増していますし、プーチンはまさにゲーマンズが警告した通りの指導者であり、国内政治に関する問題を抱えています。プーチンは非常に独裁色の濃い体制を維持していますが、強固な全体主義的な体制は築けていません。彼は、侵攻を「特別軍事作戦(special military operation)」と称し続け、大量動員(mass mobilization)を先延ばしにしてきました。それは、国内で反戦ムードが盛り上がらないようにするためでした。ゲーマンスがこの戦争の見立てを語ったのですが、ロシア軍の戦況がさらに不利になるようなことがあれば、プーチンは戦争をさらにエスカレートさせるに違いありません。
ところが、ゲーマンスと私が最初に会って話をした数週間後に、事態は急展開しました。ウクライナは反攻に転じ戦果を挙げるようになり、広大なハリコフ(Kharkiv)州のほぼ全域を奪還し、占領されていたケルソン(Kherson)市の奪還作戦を実施すると宣言しました。プーチンは予想通り反撃に転じるべく、部分的動員令を発令し、占領地でロシア連邦加盟を希望するかを問う住民投票(referendums)を急遽実施しました。部分的動員令は無秩序に行われており、ウクライナ戦争開戦時と同様に数万人がロシアから出国する事態を招いています。ロシア全土で抗議デモが散発的に行われており、その規模が拡大する兆しがあるようです。一方、ウクライナ軍は東部で領土の奪還を目指し進軍を続けていました。
ゲーマンスの元教え子であるブラニスラフ・スランチェフがブログに記していたのですが、ウクライナ戦争の今後について予想されるいくつかのシナリオを示しました。彼は、ドンバス(Donbas)地方のロシア軍には崩壊の危機が迫っていると考えています。もし崩壊すれば、プーチンはさらに戦闘をエスカレートする必要が出てきます。どのような行動をとるかというと、ウクライナのインフラへの攻撃も考えられますが、ウクライナ軍の前進を止めることが目的であれば、小型の戦術核兵器を使用する可能性も皆無では無いと推測されます。スランチェフが推測するには、1キロトン以下の戦術核兵器が使われそうです。広島に投下された原爆の約15倍の規模に相当します。ウクライナに壊滅的な打撃を与えるでしょう。西側諸国が猛烈に反発するのはほぼ確実だと思われます。スランチェフは、北大西洋条約機構(NATO)が核攻撃を使って反撃する可能性は低いと考えています。しかし、NATOがロシアの黒海艦隊を攻撃するような事態が発生しないとは言えない状況です。そうなれば、戦況がさらに激化する可能性があります。そうなれば、西側諸国は最終的には撤退する誘惑に駆られるかもしれません。しかし、スランチェフはそうするべきではないと論じています。彼は、「今まさに決断の時が迫っており、正しい判断を下さなければならない。」と記しています。
ゲーマンスは言いました、「ブラニスラフ(スランチェフのこと)は、とても憂慮しています。彼は特別に憶病であるわけではなく、正当な反応だと思います。」と。ゲーマンスも憂慮しているという点では同じですが、もっと長い時間軸で事態を憂慮しています。彼は、ロシア軍の兵員が部分的動員によって増強されることによって、たとえ訓練が不十分で装備類がみすぼらしいものであっても、ウクライナの進軍速度は、当面の間は緩やかになると推測しています。また、もうすぐ冬が訪れることも、ロシア軍にとっては有利に働くだろうと推測されます。彼は言いました、「多くの人がこの戦争はすぐに終わるだろうと思っていました。しかし、残念なことに、戦争というものはそんなに上手く終結するものではないのです。」と。しかし、彼が確信しているように、春になればウクライナ軍が激しい攻勢を再開するでしょう。その時にはロシアも果敢に応戦するでしょうし、さらなる泥沼状況に陥るだろうと推測されます。ゲーマンスは言いました、「戦争を終結させるためには、少なくともどちらか一方が停戦合意のための要求事項を変更しなければなりません。」と。これは戦争終結の第一法則です。悲しいかな、現時点では、ウクライナとロシア両国の戦争の目的が和平交渉が可能なほどには変化していません。まだまだ終結には時間がかかりそうです。
戦争終結論を研究している者の多くは、次に何が起こるかを予測しようとしています。その際に、彼らはさまざまな変数をさまざまな方向から分析しています。ドンバス地方に展開しているロシア軍が崩れたらどういう影響が出るかとか、崩れるとしたらどのように崩れるのかとか、いつ崩れるのかということを注意深く予測しています。崩れた場合には、クレムリンはどのくらい情報をコントロールできるのかということも分析しています。そうしたことは、いずれも予測不可能なことなのですが、予測しなければならないことでもあります。例えば、ダン・ライターは、いくぶんゲーマンスより楽観的な見通しを立てています。彼は、プーチンは戦争で圧倒的な勝利をおさめることができなくても部分的な勝利をロシア国民に向けて喧伝することが可能で、それはある程度は国民に受け入れられると推測しています。ライターからすると、プーチンは独裁者なのだから、戦争を止めるという決断を下すことが可能であるように思われます。また、そうすべきであると考えています。
ライターは、信頼できるコミットメントの問題が戦争終結の障害となることを十分に認識しています。それでも、彼はウクライナ戦争がだらだらと長く続くことは無く、ロシア連邦が存亡の危機に陥るというような状況には陥らないだろうと推測しています。彼は言いました、「どんな国だって戦争が長期にわたって続く可能性が認識されるような状況になれば、それを脅威であると感じるでしょうし、その脅威から逃れたいと考えるのではないでしょうか。しかし、その脅威を完全に取り除くには非常に大きなコストがかかります。ロシアかウクライナか、あるいは双方が仕方なく妥協しなければならないような状況がいずれ訪れるのではないでしょうか。」と。彼は、ウクライナはいずれ停戦に合意すると予測しています。そして、徐々に防衛力を高めていき、どこの国も侵略したがらないような強固な防衛力を備えた国になると推測しています。ライターは言いました、「中規模の国は、非常に危険な敵から自国を防衛する能力を備えることが可能です。将来、ウクライナは、防衛力をより高めることができるでしょう。ウクライナは、国としても社会としても、侵略前とはかなり違ったものとなるでしょう。」と。ウクライナは、高い税金、莫大な軍事費、長期の兵役義務などを特徴とするイスラエルのような国になるのではないでしょうか、ライターは言いました、「ウクライナの防衛力は現在でも決して低くありません。ウクライナ戦争でそれは証明されています。」と。
ゲーマンスは、ウクライナ戦争が長引く可能性もあると考えています。第一次世界大戦の史実が彼の頭から離れないのです。1917年にはドイツの勝ち目はほとんど無くなっていました。そこで、ドイツは復活への賭けに出ることにしました。秘密兵器であるUボートを戦場に投入し、公海上で大規模な作戦行動を展開し始めました。この戦略のリスクは、米国が参戦する確率が高まることで、期待された成果は、イギリスを窒息させて自国に勝利がもたらされることでした。ゲーマンズは、このドイツの戦略を「ハイ・バリアンス(high variance)」戦略であると指摘しました。ハイ・バリアンスとは、大きな報酬を得る可能性も、大きな災難がもたらされる可能性もあるという意味です。しかし、結果的には、アメリカが参戦することとなり、ドイツは手痛い敗北を喫しました。そして、皇帝も失脚しました。
現在の状況でドイツのUボートのような秘密兵器に該当するのが、ロシアの核兵器です。それは、非常に大きなリスクを伴います。それを使うと、この戦争へのアメリカの関与は間違いなく増すでしょう。しかし、一時的な効果しかないのかもしれませんが、確実にウクライナ軍の進撃を食い止めることができます。それを効果的に使えれば、勝利がもたらされる可能性さえあります。ゲーマンスは言いました、「ロシア軍が前線で崩れているのを見て、西側諸国の多くの人が喜んでいます。しかし、私は、むしろその後の顛末がどうなるかを考えると少し悲観的にならざるを得ません。」と。それは、プーチンが追い詰められつつあることを意味します。そうするとどんな行動をとるか見当もつきません。
現時点では、ゲーマンスは、核兵器という選択肢はあり得ないと考えています。また、彼は、ウクライナがこの戦争に勝利すると信じています。しかし、それには長い時間がかかるでしょうし、何十万人もの人命が犠牲になるでしょう。♦
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