言った者勝ち?なぜ保安官等の公職選挙において、かくも学歴詐称や軍歴詐称が横行するのか!

3.軍歴詐称は必ずバレる時代になった

 2015年、湾岸戦争の退役軍人のエリック・リンディンガーは主に山岳地帯で車を運転する仕事をしていました。彼は全く見知らぬ男から用も無いのに話しかけられるということを何度も何度も経験しました。奇妙なことだと思いました。ある日、リンティンガーは、ワッフルハウス(ワッフルのチェーン店)でオールスタースペシャルという大盛りのメニューを注文しました。そのチェーン店では退役軍人は1割引きになるというサービスがありました。見知らぬ1人の男がリンティンガーに軍歴について質問してきました。その男は最初は丁寧な話しぶりでしたが、そのうちに会話というよりは尋問調になっていきました。いっぱい質問を準備していました。リンティンガーは言いました、「その男の質問は、””あなたは1992年にはあそこにいたんですね?というものでした。それは私を陥れるための質問なんです。うっかり”イエス”なんて答えたりしたら、”あなたの軍歴は虚偽ですね”と言われてしまうんです。そんな具合で何故か最初から疑われていたんです」と。リンティンガーにそんな風に失礼な質問をしてくるのはその男だけではなかったのです。そんなことは日常茶飯事でした。

 ケネディ裁判官が予測したとおり、軍歴詐称を疑われる者は必ずと言ってよいほどにネット上で批判に晒され社会的制裁を受けるような状況になりました。昨年、モンタナ州の裁判官が軍歴詐称をした2人を仮釈放するにあたり条件をつけました。それは、モンタナ州退役軍人記念墓地にプラカードを持って行けというものでした。プラカードに「私は嘘つきです。退役軍人ではありません。軍歴をでっち上げました。全ての退役軍人に謝ります」と書くようにということも条件に含まれていました。しかし、実際には、制裁のほとんどはネット上で行われています。

 軍歴詐称が疑われる者を調査する作業はかつて1人で孤独に行う作業でした。現在、そうしたウェブサイトは十数個あります。いくつかの掲示板やFacebookページもあります。そうしたサイトは、除隊した軍人たちの絆が深まるのにちょっとだけ役立っています。軍歴詐称しているの者を追い詰める際、戦争経験を追体験しているように感じる人もいたくらいです(そうしたサイトの1つであるStolenValor.comでは、軍歴詐称者を暴くことを「目標を確保した」と呼んでいました)。”Special Forces Brothers”というフォーラム(“Guardians of the Green Beret”という組織と提携している)では、現役と退役合わせて5,700人のグリーンベレー隊員が、退役者の軍歴を調べるのを手伝っています。”Military Phonies(軍歴詐称)”サイトでは、サイトの代表によると多い日には10万以上の訪問者がいると言います。

 昔と違って今はネットの時代ですから、軍歴を調査して詐称を暴くのは昔よりは簡単になっています。ユーチューブやFacebookやテキストメッセージ上で虚偽の軍歴を載せたりしたら、すぐに晒されます。簡単に調べることが出来ますので、出会い系サイトに自分は海軍特殊部隊にいてオサマ・ビン・ラディン捕獲作戦に参加したと書き込んだ者、結婚式で特殊部隊の制服を着た写真を投稿したりした者などが、すぐに調べられ虚偽であると暴かれて暴露されました。”Military Phonies(軍歴詐称)”では、6人のボランティアの調査者が個人としてアクセスする権限を付与されている専用のデータベースを使って調査します。そのサイト管理者は言います、「私たちはーネット上に投稿したものもネット以外でのものも何でも調べます。”FOIA(情報公開法)”に基づいて調査します。具体的に詳細を調べます。所属していた部隊、勲章の受賞歴、従軍した期間、除隊時の階級、戦闘履歴等全て調べます。」と。

 エド・カフリーは、まだ空軍で現役だった時に、そういった軍歴詐称を暴くようなサイトを見始めました。彼は、「捕虜」、「海軍十字章」というキーワードをグーグルニュースのアラートに設定していました。アラートのおかげでちょっとした英雄が登場する地方のニュースを見にすることがしばしばありました。中には、映画「バンド・オブ・ブラザーズ」の部隊に所属していてノルマンディー上陸作戦にも参加したなんて自慢する人もいました。カフリーは、あり得ないことだと思いました。

 軍歴詐称の内容は時代とともに変わってきています。時代背景を反映していると言えます。第二次世界大戦の退役軍人の軍歴詐欺は、たとえ戦地がどんなに遠くであったとしても、有名な戦場に身を置いていたと偽ることが多いのですが、ベトナム戦争に関する軍歴詐称者は、戦闘によって心に傷を負いトラウマになったことを強調しがちです。その後には、おかげでホームレスになり、薬物中毒になって苦しんでいるという接尾語が続きます。アフガニスタンとイラクでの戦争に関しては、特殊訓練を受けたエリート奇襲隊員であると言い張る若い詐称者が急増しました。とある軍歴詐称の研究者によれば、ビンラーディン急襲作戦後の数週間で軍歴詐称の件数は倍増しました。

 文化が嘘を作り出すのだと言うこともできるかもしれません。 映画「ランボー」公開後は、グリーンベレー(陸軍特殊部隊)員だという詐称者ばかりでした。映画「レッドオクトーバーを追え」公開後は、誰でもかんでもが潜水艦員でした。以上のことは、ドン・シプリー(海軍特殊部隊に関する軍歴詐称を主に調査)が調べて明らかになったことです。彼は、この分野で最も著名な人物の1人であり、ある意味インフルエンサーです。彼がパソコンの前に座ったが最後、暴けない詐称は無いと言って良いでしょう。彼は、海軍に20年以上仕えた後、民間軍事請負会社ブラックウォーターの一員としてアフガニスタン、パキスタンでの戦闘に参加しました。その後、”Extreme SEAL Experience”という民間人が1週間2,000ドルで海軍特殊部隊と同じトレーニングをするジムを運営しています。10年前、シプリーは海軍特殊部隊だと詐称している人物を暴く動画をユーチューブに上げました。詐称を暴く人は沢山いましたが、ユーチューブに投稿する形をとったのは彼が最初のようです。

 シプリーは、動画がどのようにしたら拡散するかを研究しました。彼は、人を惹きつけようと思ったら、内容は面白くなければならないと思いました。動画の中で、最初に彼から詐称が疑われる者に電話をし、次に、上手くおだてて相手につじつまの合わない話を話させ、最後に、それが虚偽であることを暴きます。彼によれば、そうした動画は凄い勢いで拡散したと言います。

 スターナーと他の初期の軍歴詐称調査者は、あまり表に出ることはなく目立ちませんでした。しかし、シプリーは動画の中で詐称者と同じくらい目立っています。プラチナ色の髪で良くしゃべる彼の妻のダイアンも動画にしばしば登場します。飼っている犬、アヒル、孫も頻繁に登場します。彼のユーチューブチャンネルは瞬く間に人気になりました。退役軍人や警察官や消防士に人気を博しました。彼は、沢山の州兵を講堂に集めて大画面で動画を見てもらい彼が何をしているかを見てもらったこともあります。彼は驚いたことがあるのですが、多くの年配の女性も彼の動画を見ていました。昨年までに、彼の動画は5,000万ビューを記録しています。

 シプリーの動画のインタビューを見ると、嘘が暴かれることによりすっきりした気分になります。シプリーは、青々とした髪の肩幅の広い良く響く声をして、善良な兵士のように見えます。また、詐称者を圧倒する雰囲気があり、自信に満ち溢れています。詐称者の話のつじつまが合わなくなり始めると、シプリーは眉をひそめます。それで、詐称者は必然的にびびったように見えます。シプリーは言います、「私はパットン将軍から学びました。人々の興味をひきつけておきたいならば、罵り始めることです」と。

 シプリーは、詐称者に電話してそれをユーチューブにあげるという作業が本職になりつつあった頃、ダイアンと一緒に6州へ旅行しました。時には、詐称者の家の前にカメラを備え付けて調べたりしました。シプリーはそういった物事をプロとして冷静に進めようと思っていました。しかし、彼のファンはそれほど慎重ではありませんでした。中には、血の気の多い人もいました。一部の人は、詐称者の家族、母親、妻を調べましたし、嫌がらせのメールを送ったり、電話番号を特定してユーチューブに投稿したりしました。それを見て、深夜に詐称者に電話する者もいたようです。

 シプリーの動画は、”justce porn”というジャンルに属しています。”justce porn”とは、ウェブのUrban Dictionaryによれば、とんでもないことをしでかした輩が当然の報いを受けるのを見て溜飲を下げるという意味です。”justce porn”を見ることは、本能的に受け入れがたいことではありません。何といっても、表面上は社会正義の為に奉仕しているように感じられるのですから。

 シプリーがユーチューブチャンネルを始めて以来、軍歴詐称者とシプリーのスタッフとの数々の対決はユーチューブ上で非常に人気になっています。何百万ものビューを獲得し、フォックス・ニュースや”Tosh.0(ダニエル・トッシュというコメディアンが運営するブラックコメディ、観察コメディのサイト)”でも取り上げられ動画が流されています。人気のある動画はだいたい標準的なテンプレートに従っています。まず、シプリーのスタッフが大型店やショッピングモールのフードコートとかで制服を着て詐称が疑われる者(男の場合が多いが女の場合もある)に向かって、質問責めにします。次に、どこでいつ仕えていたかを聞きます。最後に、質問された方がもごもごと意味の分からないことをつぶやくと、こそっと逃げる隙を与えずに虚偽であることを暴露し辱めるという形です。そうした動画は、私的リンチ的な内容であり、暴露ネタです。その2つの要素が含まれていることにより、いくつかのソーシャルメディアではかなり拡散しました。コメディアンのイアン・フィダンス(軍歴詐称追及動画のパロディをいくつか作っている)は言います、「最近の動画を見ていると怒りとむかつきの感情を持つこともあります。特に、詐称者を追及する人がやりすぎだと感じられる時はそうです。虚偽な内容を明らかにするということを逸脱していることがあります。多くの退役軍人が祖国に仕えました。それで今普通に仕事をしている者もいれば、PTSDに苦しんでいる者もいれば、在郷軍人局からの援助が受けられない者もいる状況です。ユーチューブで晒すことは、詐称者にそれなりの報いを受けさせます。しかし、もっと大きな問題が手つかずのまま残っています。もっとやることがあるんじゃないかと思うんです」と。

 シプリー自身も、詐称者と対面し質問責めにする動画を生み出したのは彼であるので少し反省しています。投稿した動画上でシプリーが詐称者に高圧的な態度をとっているのを見て、触発されてウォルマート等でパトロールして詰問するという人々が生まれた可能性があるかもしれないからです。”Reddit(ソーシャル・ニュースサイト)”上で、ミリタリー調のパーカが話題になった際に、下に迷彩柄のズボンをはいたら軍歴詐称者と間違えられて大変なことになるのでは?ということで盛り上がっていました。また、イラク戦争の退役軍人がサクラメントの酒場で2人の男に襲われて足を骨折するという事件もありました。何故襲われたかというと、2人は退役軍人が嘘を言っていると勘違いしたからです。ボブ・フォードは海軍の退役軍人です。70歳を超えています。フォードは、見知らぬ男2人から、疑いの目を向けられたことがありました。そして、ベルトのバックルの飾りを見て軍にいた時の階級を偽っているだろうと公衆の面前で罵られたのです。フォードははらわたが煮えくり返りました。そうした顛末をフォードは、”Reply All”というサイトで語っていました。最も不快な軍歴詐称に関する動画の内のいくつかは、困窮している人や精神的な病気である人やホームレスを質問攻めにしているものです。南カリフォルニア大学のフォークロア研究者で特に軍隊に関するフォークロアを研究しているクリスティアナ・ウィルシーは次のように言います、「”Reddit”の掲示板で話題になっていた件があります。それは、誰かが誰かを軍歴詐称をしているのではないかと疑う時の根拠は何か?ということでした。多くの場合、筋骨隆々でない人は軍歴詐称していると疑われやすいようです。軍人イコールたくましいという古いイメージの弊害です。映画「アメリカン・スナイパー」で主人公クリス・カイルを演じているのは華奢なブラッドリー・クーパーであるように、全ての軍人が筋骨隆々であるはずないのです。」と。シブリーは言います、「現在は難しい状況に陥っています。もはや誰もが誰も信じられないような状況です」と。
※余談ですが、「アメリカンスナイパー」の原作は、クリス・カイルが書いた回想録(ノンフィクション)ですが、カイルの死後にインターセプト誌が明らかにしたところでは、回想録の中でカイルが貰った勲章は実際に貰っていた数より2つ(銀星章1つ、青銅星章1つ)多かったのです。

 昨年2月、ユーチューブは、シプリーのチャンネルを停止しました。あまりにも攻撃的な内容があったからです。シプリーは、個人情報の公開に関する規則に違反することが時々あったことを認めています。しかし、政治的な理由で停止されたのではないかと疑っています。シプリーは、ネイサン・フィリップスというネイティブアメリカンの退役軍人の背景を深く調べたことがありましたが、この動画が問題になって停止されたのかもしれません。その動画はかなり拡散しましたが、コビントン・カトリック高校の生徒が1人写りこんでいました(フィリップスはベトナムで戦闘に加わったと主張していますが、実際にはベトナムで奉仕したことのない予備役でした)。現在、シプリーの動画集にアクセスするには月10ドル必要です。そこには軍歴詐称以外の動画も沢山あります。妻ダイアンのレシピ集(クソ巨大肉ボール、クソうまコーンブレッド等)もありますし、シプリーによる鴨狩りのコツに関する動画を見ることが出来ます。
 
 シプリーらによってよって晒されてしまった者の中には、FBIのトム・コットンが言及していたパターンのとおりの者も何人かいます。それは、最初ちょっとした軍歴に関する詐称から始まって、より大きな問題を引き起こしてしまうというパターンです。軍の英雄を装う詐称者は、退役軍人に向けられる尊敬と称賛を悪用して、投資家の信頼を勝ち取るため軍歴を誇張し、退役軍人としての利益を受け取り、公的機関との契約を確保していました。多くのペテン師が戦争の英雄であると嘘をつき、出会い系サイトで出会った女性からお金を巻き上げていました。今では、牧師や保安官や政治家などで信頼される立場にある人で、経歴の中に従軍歴が記されていると、必然的に軍歴詐称者を探すサイトで調べ上げられるようになりました。(シプリーが気付いたことがあって、ジョージア州は他の州とちょっと違う傾向がありました。そこでは、詐称しているのはほとんど白人の人でした。また、ほとんどが予備役であると偽っていました。)

 しかし、そういった詐称の多く事例では、何が動機だったのかは良く分かっていません。海軍犯罪捜査局の捜査員をしている者に教えてもらったのですが、海軍に関する軍歴詐称のほとんどの事例では、詐称で職業や地位を得ていません。軍歴詐称をする人たちは、しばしば金銭を得ることに興味が無いように見えます。それよりは尊敬を集めたいという意識が強いように見えます。虚偽性障害を研究している精神科医マーク・フェルドマンは言います、「虚偽性障害はどちらかといえば女性特有の障害です。病気や精神障害を装ったりします。軍歴詐称はあまり研究例が多くないのではっきりとは言えませんが、虚偽性障害の派生形ではないかと思われます。虚偽性障害については、既に研究で明らかになったことが沢山あります。病気であると偽る目的の1つは、疾病利得(病気である人が受ける利益、メリット)です。病人になれば、いろいろと要求されることは減り、周りの人から注意を向けられます。」と。軍歴詐称をする理由も虚偽性障害の場合と同じで、疾病利益とは異なった形の何らかの利益を得ることが目的である思われます。軍歴詐称の事例では、ほとんど”master criminal(組織を作り様々な犯罪を実行する能力の高い犯罪者)”はいません。どちらかというと、ごく普通の人が特別な人物として扱われたいことを欲していただけという事例が多かったのです。