脅威!続々と出現する変異株!新型コロナウイルスの変異はいつまで続くのか?どこまで変異するの?

Annals of Medicine

How Will the Coronavirus Evolve?
コロナウイルスはどのように進化しますか?

Delta won’t be the last variant. What will the next ones bring?
デルタは最後の変異株ではありません。次の変異は何をもたらすのでしょうか?

By Dhruv Khullar  August 11, 2021

1.新型コロナウイルスがどのような変異を起こすかを予測するのは難しい

 1988年にリチャード・レンスキーはある実験を始めました。当時、彼は31歳で、カリフォルニア大学アーバイン校で生物学を研究していました。彼は12種類の大腸菌を12個のフラスコに入れました。個々のフラスコは摂氏37度に保たれました。また、どのフラスコにも同じ分量の水、ブドウ糖、その他の栄養素が満たされていました。日々、大腸菌は自己複製を繰り返していましたが、レンスキーは各フラスコの中から数滴掬い出しては、新しい別のフラスコに入れていました。また、サンプルを冷凍庫に保管することもよくありました。彼が実験をしていた目的は、進化のメカニズムを理解することでした。大腸菌等の微生物は、迅速に、効果的に、創造的に、かつ一貫して進化し続けて環境に適応しています。彼はそれについて深く知ろうとしていたのです。

 レンスキーが行ったその実験では、各フラスコ内では、1日に6世代の大腸菌が生み出されていました。分かりにくいのですが、朝にフラスコ内にいた大腸菌を赤ちゃんにたとえると、夜には曾祖父母の祖父母になるという計算になります。その実験を繰り返し、レンスキーの研究室は33年間で7万世代以上の大腸菌を研究してきました。実験を開始した頃の33年前の遠い祖先の大腸菌と比較すると、最新世代の大腸菌は70%も速く繁殖します。かつては細胞数が2倍になるのに1時間かかりましたが、今では40分未満でそれを行うことができます。実験の結果、さまざまなタイプの大腸菌が出現しましたが、いずれも環境に適応する形で進化を遂げたようです。数十年間実験を続けてきたので、さまざまなタイプが生まれたものの、それらを増殖率という観点から見るとほとんど差がないのです。増殖率の低い大腸菌と高いものとの差は僅か2~3%しかないのです。

 上述の実験は、現在では”レンスキーの長期進化実験(LTEE=Long-Term Evolution Experiment)”として有名です。その実験によって、微生物の突然変異する能力への基本的な洞察がもたらされました。現在、レンスキーは60代になりましたが、ミシガン州立大に務めています。彼はその研究のために、マッカーサー財団の「天才助成金」グッゲンハイム記念財団の助成金を受けました(訳者注:いずれの助成金も後にノーベル賞を獲るようなレベルの一部の”天才”しか受け取れない)。先日、ハーバード大学医学部の進化生物学者であるマイケル・ベイム氏は、雑誌ディスカバーのインタビューで次のように語っていました、「レンスキー氏の実験にどれだけ影響を受けたかを言い表すのは簡単なことではありません。あの実験が無かったら、おそらく私がこの分野に身を投じることはなかったでしょう。」と。

 その実験の重要な発見の内の3つは、現在の新型コロナが蔓延している状況下においても非常に示唆に富んだものです。1つめの発見は、一般的に世代が下っていくほど突然変異によってもたらされる利点が小さくなるということです。大腸菌の場合では、大きく生殖的に有利になるような突然変異のほとんどは出代が若い内に起こっていました。2つめの発見は、しかし、大腸菌の環境への適応が止まることは無いということでした。実験では7万世代を追跡調査したわけですが、大腸菌は常に進化し続けており、その速度はいくぶん緩やかになったとはいえ、現在も続いています。先日、レンスキーは私とZOOMで会談しました。その際に彼は言いました、「私は突然変異は減っていき、やがて起こらなくなるのだろうと予測していました。しかし、どうやら突然変異や進化や適応が起こらなくなるようなことは永遠に無いようです。もし、突然変異等が起こらなくなるとしても、我々が実験して観察するような期間でそうしたことが起こることは無いでしょう。人知を超えたもっと長いスパンで見た時には、そうしたことが起こりうる可能性があるのかもしれません。」と。

 レンスキーは、フレンドリーで表情豊かです。目は淡いブルーで手入れしたあごひげを生やしています。彼は自分の実験の意義等を説明する際に、興奮気味に熱心に話します。彼は3つめの発見についても私に話しました。2003年に、実験開始から約15年が経ち、世代数は3万ほどになった頃のことですが、レンスキーは朝に研究室に着いた時に、大腸菌を入れたフラスコは通常は半透明なのですが、1つのフラスコが一夜にして曇ってしまったのに気付いたそうです。そのフラスコの中で大腸菌が爆発的な増殖をしたのです。通常、大腸菌は主にブドウ糖をエネルギー源としますが、そのフラスコの中の大腸菌はクエン酸塩を新しいエネルギー源として取り込めるようになっていたのです。クエン酸塩をエネルギー源として代謝する能力を有した大腸菌は非常に珍しく、その実験でも、それが出現したのは初めてのことでした。また、それ以来そうした大腸菌が出現することはありませんでした。そうした大腸菌が出現したことは、人間にたとえるならば、突然変異によって塩水を飲んで生きられる集団が生まれることと同じくらいに有り得ないことです。

 クエン酸塩を食べる大腸菌の出現は非常に稀ですが、それが出現したことは、非常に重要で大きな突然変異がある日突然起こる可能性があることを示唆しています。それは、小さな突然変異が長い間続いた後で突然起こる可能性があります。レンスキーは疑問に思いました、「どのようして、こうした重大な突然変異が起きるのか?非常に稀な突然変異が起こったが、それが再び起きる可能性はあるのか?」と。彼は、次のように推測ています。1つの可能性として、数十年間、数万世代に渡る実験を続けてきて、たまたま非常に稀にしか起こらない突然変異を観察できたのかもしれません。そうではない可能性もあって、それまで脈々と続けられてきた進化や突然変異が積み重なってクエン酸塩を代謝できる機能を獲得できたのかもしれません。おそらくどちらも正しいのでしょう。つまり、クエン酸塩を代謝できる大腸菌が生みだされたのは、非常に稀な大きな突然変異が起きたことと、かつ、それ以前の変異や進化の積み重ねがあったことによると推測されます。

 COVID-19(2019年に発生した新型コロナウイルス感染症の略)を引き起こすSARS-CoV-2ウイルスは、既に大腸菌がクエン酸塩を代謝するようになるのと同様じくらいに稀なレベルの突然変異をしています。おそらく2019年のどこかかそれ以前に、大きな突然変異を経て人間に感染する能力を得たのでしょう。それ以来、このウイルスは多くの世代を経て無数の突然変異や進化を繰り返してきました。繰り返していく中で、たとえば人間の細胞への結合方法を変更したり、人間の免疫防御をすり抜ける新しい方法を見つけたりしたのでしょう。そうしたことによって、このウイルスはより効率的に増殖する能力を獲得できたのです。そうしたことが起こったのはSARS-CoV-2ウイルスだけではありません。過去の歴史を振り返ると、さまざまな感染症(はしか、結核、黒死病、インフルエンザなど)でウイルスは同じようなプロセスをたどっていました。SARS-CoV-2ウイルスはそれらの感染症のウイルスと異なる点もあります。それは、そのウイルスが起こしている突然変異を世界中の疫学者がリアルタイムで監視できているということです。

 現在はパンデミック下ですが、人類はかつて無いほど素早くワクチンを開発し展開しています。こうしている間もSARS-CoV-2ウイルスは、レンスキーの実験ように12個のフラスコ内ではなく、数千万の人間の体内で自己複製を繰り返しています。そのウイルスに感染している者の中にはワクチンを接種して免疫を獲得している人もいるでしょう。ワクチンを接種していようがいまいが、そのウイルスは常に新しい宿主を探して常により効率的な自己複製の戦略を練っているので脅威が去ることはません。そのウイルスはこの先何十年も、毎日のようにあらゆる瞬間に変異をし続けるでしょう。恐れなければならないのは、そのウイルスに2度目の重大な突然変異(大腸菌がクエン酸塩を代謝できるようになるような)がもたらされることです。それは、1つの重大な突然変異かもしれませんし、小さな突然変異の積み重ねかもしれません。いずれにしても、現在使われているワクチンは有効でなくなるでしょう(これまでのところ、現在使われているワクチンは非常に効果があり持続性があることが証明されています)。ワクチン接種を受けていない人にとっては、全世界で見れば大半の人が該当しますが、感染力が強く致死率も高い変異株が出現している状況は脅威です。数カ月ごとに変異株が発生したとの報道が為されています。アルファ変異株、ベータ変異株、ガンマ変異株、デルタ変異株と順に出現しました。SARS-CoV-2ウイルスの変異株は発生順にギリシャ文字の順に命名されますが、だんだんウイルスは強力になっています。より増殖が速くなり、より巧妙に人間の免疫防御を潜り抜けるようになっています。このウイルスの突然変異や進化や適応はいつになったら終わるのでしょうか?もうすぐでしょうか、まだまだ先のことでしょうか?残念ながら現時点で予測はつきません。