2.新型コロナウイルスの今後の変異の予測 3つの可能性
私は新型コロナのパンデミックの研究をしている多くの疫学者に話を聞きましたが、なかなか状況を把握するのは難しく分からないことだらけだと感じました。それで、私は全てを把握しようとしても無理なので、一番興味があることを中心に調べるべきだと思いました。それで、現在は変異株を中心に取材しています。さまざまな変異株が出現していますが、それらは感染力が強いのか否か、重症化率が高いのか否か、人間の免疫防御を掻い潜る能力が高いのか否か等々を明らかにするのは重要なことです。人間の免疫防御を掻い潜る能力が高い場合には、それはウイルスが抗体(ウイルスの侵入を認識するとそれに結合することによって感染を防ぐ)の攻撃を掻い潜るからなのか、それともT細胞の攻撃を掻い潜るからなのかを明らかにすることも重要です(T細胞は感染した細胞内のウイルスの断片を認識し、それを排除します。感染を防ぎはしませんが、ウイルスの増殖を抑えます)。
ミラノのヴィータ・サルーテサンラファエル大学の医学部教授のロベルト・ブリオーニは、イタリアで最も有名なウイルス感染症研究者です。彼は最近書いた論文で、新型コロナウイルスの変異株について論じています。彼の予測によれば、いずれ非常に感染力の強い変異株が出現し、それが新型コロナウイルスの大半を占めるようになるとのことです。そして、その状況になった後は、大きな変異や進化はほとんど起こらなくなると予測しています。ブリオーニの予測する新型コロナウイルスの未来は3つです。1つは、一番楽観的なものですが、ワクチンから逃れられるような変異は起こさないというものです。それは、十分起こり得ることです。というのは、実際に多くのウイルス(はしか、おたふく風邪、風疹、ポリオ、天然痘など)は、ワクチンを回避するような変異を起こしていませんし、また、現在接種されているワクチンはこれまでのところ変異株(デルタ変異株を含む)に対しても非常に有効です。
2つめは、ワクチン接種が進んでレベルが上がった人間の免疫力に対して、新型コロナウイルスが変異によって回避する能力をもつというものです。ウイルスがそういった能力を獲得するためには犠牲が必要で、感染力は弱まり、致死率も下がるでしょう。新型コロナウイルスが人間の抗体を回避するためには、人間の免疫防御がウイルスを認識する際の手掛かりとなるスパイクタンパク質などの成分を変化させる必要があります。そうした変化が為されると、結局のところ、人間の細胞にウイルスが感染する際のスパイクタンパク質が受容体に結合する能力が低下するでしょう。実際、新型コロナウイルスでも人間の免疫防御を回避する能力がベータ変異株やガンマ変異株はいくぶん高いのですが、感染力はアルファ変異株やデルタ変異株よりも低くなっています。同じようなことは、HIVウイルスでも起こっていて、1990年代に突然変異が起こりM184Vという変異株が出現しました。その変異株はラミブジンという抗ウイルス薬に対して耐性を持ちました。当時、抗ウイルス薬が効かなくなってしまったので大騒ぎとなりましたが、その後、M184V変異株に感染した患者のウイルス量は押しなべて低いことが判明したのです。その事実は、変異によってそのウイルスは宿主の体内で自己複製する能力が弱まったことを示していました。HIV感染者がラミブジンを長期間服薬し続けた結果ウイルスがその薬に対して耐性を持ち、その代償として自己複製能力が下がるという現象は非常に多く観察されるようになりました。
3つめは、最も懸念すべきものです。新型コロナウイルスが変異を繰り返し、人間の免疫防御を回避する能力を向上させ、なおかつ、感染力や致死率が弱まらないという可能性があります。そうしたことが現実になるとしたら、レンスキー実験で大腸菌がクエン酸塩を代謝できるようになったのと同じような画期的で重大な変異が起こることが必要でしょう。万が一そうした事態になったとしても、ブリオーニが言っていますが、悲観する必要はありません。というのは、そうした変異株が出現したとしても、人類は素早くワクチンを改良することが出来るからです。しかしながら、特定の変異株にのみ有効なワクチンを製造し分配するのには非常に苦労するでしょう。現在、世界の人口の4分の1の人が2回接種を済ませていると推測されますが、これだって非常に困難でした。