脅威!続々と出現する変異株!新型コロナウイルスの変異はいつまで続くのか?どこまで変異するの?

3.楽観的なシナリオと悲観的なシナリオ

 新型コロナウイルスにとって有効なワクチンは脅威でしょうが、レンスキーの実験の大腸菌にとってはワクチンのような脅威は存在していません。レンスキーの実験では、大腸菌が入れられた各フラスコの環境は一定の状態に保たれていました。一方、新型コロナウイルスを取り巻く環境は、人間がさまざまな施策を実施したので多くの変化がありました。パンデミックが始まった頃には、世界中の誰もが新型コロナウイルスに対して免疫を持っていませんでしたが、その時には新型コロナウイルスは、大きな変異を起こしていません。それが、ワクチン接種が進み、多くの人が2回接種を済ませるような状況になってから、沢山の変異株が出現しました。ウイルスを取り巻く環境が異なれば、変異や進化の仕方も変わるようです。これは非常に重要なことです。もしもあなたがテニスファンなら、クレーコートであればナダルに、グラスコートであればフェデラーに、ハードコートであればジョコビッチに賭けるでしょう。ウイルスが変異を繰り返し十分に適応した結果、今後あまり変異しなくなるのでしょうか?それとも変異を続けるのでしょうか?それは、取り巻く環境によるでしょう。時、場所、人間の関与の仕方が変われば、変異の仕方も変わります。

  スクリップス研究所の感染症研究者であるクリスチャン・アンデルセンは言います、「特定の環境下では、ウイルスは変異を繰り返して十分に適応した後、ある時点でほとんど変異をしなくなる段階を迎えます。しかし、新型コロナウイルスが置かれている環境は刻々と変化していますので、そうした状況を迎えることは無いでしょう。」と。ベータ変異株とガンマ変異株が生みだされたのは、新型コロナ感染が始まった初期に感染者が多く出た地域でした。そのため、変異によって人間の免疫防御を回避する能力が高くなりましたが、感染力はいくぶん弱まりました。対照的ですが、デルタ変異株はワクチン接種率が比較的低いインドで出現しましたが、非常に感染力が強くなりました。インドでは一気に感染が拡がりましたが、デルタ変異株は免疫防御を回避する能力は低く、致死率は低いのです。デルタ変異株は感染力が強いという能力だけが高いのです。

 一部のウイルス研究者は、新型コロナウイルスが変異する際に、感染力を維持しながら人間の免疫防御をすり抜ける能力を向上させるような現象が起こることはほとんど無いだろうと主張しています。人間の抗体は、ウイルスが細胞に侵入する際にウイルスの特定の部分(スパイクタンパク質)を認識しています。ウイルスは変異してスパイクタンパク質を変更する可能性がありますが(抗体から認識されにくくなる)、その代償として細胞に侵入する能力が低くなることが多いのです。アンデルセンは私に言いました、「おそらく、新型コロナウイルスが感染力を維持しながら免疫防御をすり抜ける能力を獲得する可能性は非常に低いでしょう。しかし、変異を繰り返してどのようになるのかを予測することは不可能です。変異を繰り返して致死率が低いウイルスになるのか?他の能力を維持したままスパイクタンパク質を変質させて細胞を感染させる能力を増すのか?予測することは不可能です。」と。新型コロナウイルスは人間の細胞に感染する際には、自身がコードするスパイクタンパク質を用いて細胞の受容体ACE2(Angiotenisn-converting enzyme2)と結合して細胞内に侵入します。スパイクタンパク質が受容体と結合して細胞内に侵入するというのは他の多くのウイルスも同じです。新型コロナウイルスは特異な点があり、アンデルセンは次のように言っていました、「スパイクタンパク質が受容体と結合する現象は、しばしばlock-and-key model(鍵と鍵穴モデル:1つのスパイクタンパク質が1つの受容体に対応している)として説明されます。しかし、新型コロナウイルスの場合は、そのモデルでは説明できないのです。新型コロナウイルスは、1つの鍵穴(受容体)に対して有効な鍵(スパイクタンパク質)を何種類も持っているのです。」と。

 フレッドハッチンソンがん研究センターの進化生物学者タイラー・スターは、アンデルセンと同様に新型コロナウイルスがどのように変異するかを予測するのは不可能だと考えています。それでも、現在、スターは野心的な研究に取り組んでいます。その研究は、新型コロナウイルスの変異を予測するもので、様々な変異の可能性をマッピングしています。マッピングする際には、スパイクタンパク質の変質に重点を置きました。彼は、スパイクタンパク質の構造がどうなるかを重点的に調べました。それが変質して受容体ACE2と結合しやすくなるのか否かを重点的に調べていました。受容体にスパイクタンパク質が結合する部分のアミノ酸が変異して変質する際に、スパイクタンパク質の構造はどのように変化しているのかも調べていました。研究した結果、スターが思ったのは、新型コロナウイルスの変異について楽観すべきではないということです。スターは言いました、「新型コロナウイルスの変異が少なくなっていくとは考えにくいですね。変異を妨げる制約はほとんどありません。新型コロナウイルスは人間の免疫防御を回避する能力を高める変異を繰り返し起こし続けるでしょう。様々な変異が起きると思われます。」と。一部のウイルス研究者は、多くの変異株が個々に独自の変異をしたにもかかわらず結果として同じような変異をしているという事実を良い兆候だと捉えています。これは収斂進化(類似した形質を個別に進化させること)として知られる現象です。新型コロナウイルスで収斂進化が見られることを、楽観的に捉えるウイルス研究者はすくなくありません。彼らは、新型コロナウイルの変異の振れ幅は非常に狭いだろうと考えています。一方、楽観的でないウイルス研究者も沢山いて、新型コロナウイルスの変異の歴史は浅いので、現在たまたま収斂進化が見られただけであると捉えています。したがって、今後感染力が高くなりつつ免疫防御を回避する能力も高まるような変異が起こる可能性が無いわけではないと捉えているようです。スターが研究室で観察しているウイルスと異なり、現実の世界の新型コロナウイルスが置かれている環境はさまざまです。さまざまな変異があちこちでたくさん起こっています。そうした事実は、新型コロナウイルスが沢山の様々な変異を繰り返し革新的な進化を果たす可能性があることを示すものです。