5.予測は不可能 必要なのはたゆまぬ研究と対策!
新型コロナウイルスがどのように変異し進化するかを予測する中で、私はイタリアのウイルス学者ロベルト・ブリオーニと会話した際に聞いたことが非常に参考になると感じています。彼は3つの可能性を挙げていました。1つめは、新型コロナウイルスが変異し進化してもワクチン接種で向上する免疫防御を掻い潜るような能力を得るようなことは起こりえないというものです。2つめは、新型コロナウイルスがいくぶん人間の免疫防御を掻い潜る能力を向上させるものの、その代償として感染力が弱まり致死率も下がるというものです。そして3つめは、最悪の想定ですが幸いにもほとんど実現する可能性は無いと思われますが、新型コロナウイルスが変異してワクチン接種で向上した人間の免疫防御をも掻い潜る能力を獲得し、なおかつ、感染力が弱まらず致死率の高さも維持するというものです。そうなると悲惨な状況に追い込まれるでしょう。
3つの可能性が考えられるわけですが、その内のどれになるかというのは地域や国によって異なるでしょう。ワクチン接種が進んでいる地域や国で最も脅威となるのは、免疫防御を掻い潜るような変異株の出現でしょう。しかし、ワクチン接種があまり進んでいない地域や国では、残念ながらそこに何十億人もの人が住んでいるのですが、免疫防御を掻い潜る変異株よりも感染力の強い変異株の出現がより脅威となります。先進国では、ほぼ確実に、必要となれば特定の変異株用のブースターショット(免疫増強のための追加接種)をタイムリーに確保できるでしょう。しかし、発展途上国等でそれを確保できるようになるのはとても時間がかかるでしょう。一方、既に感染が拡大してしまっている地域や国では、ワクチン接種が進んでも、高齢者や免疫機能不全者はウイルスに対して脆弱なままです。おそらく、何度もいろんな種類の変異株が出現するでしょう。地域や国によって流行する変異株は異なるでしょう。それぞれの変異株は、前述の3つの可能性のどれに該当するかは様々でしょう。新型コロナウイルスの今後を予測するとしても、簡単な1枚の絵で示すようなことは不可能です。
観察した期間という尺度で見ると、ミシガン州の研究室でレンスキーが行っていたLTEE実験のフラスコ内の大腸菌と、現在流行している新型コロナウイルスの間には大きな差異があります。フラスコ内の大腸菌は何十年にも渡って注意深く観察されてきました。SARS-CoV-2ウイルスの観察はせいぜい1年ほどしか行われていません。SARS-CoV-2は今後も変異を起こし続けるでしょう。しかし、取り巻く環境が変わるので(ワクチン接種が進み、公衆衛生対策が為される)、変異が発生する頻度が変わる可能性があります。大腸菌がクエン酸塩を代謝できるように変異したのと同レベルの大きな変異を、SARS-CoV-2ウイルスが起こす可能性は非常に低いもののゼロではありません。ですので、疫学者や医療関係者がすべきことは、そうしたことが実現する可能性を減らすために、できる限りのことをするということです。
以上