ロボットアンパイヤー参上!米大リーグが導入検討中の自動ストライクーボール判定機は野球を面白くするのか?

The Sporting Scene August 30, 2021 Issue

Invasion of the Robot Umpires
ロボット・アンパイヤの進出

The minor leagues have been testing the Automated Ball-Strike System. But isn’t yelling and screaming about bad calls half the fun of baseball?
マイナーリーグが自動ストライク-ボール判定装置を試験導入!ミスした球審が抗議される場面は無くなるのか?無くなちゃうのはちょっと寂しい・・・

By Zach Helfand  August 23, 2021

1.野球って誤審多いよね!

 フレッド・デイエスはこれまで幾度となく、ユニフォームを着た多くの選手から罵声を浴びせ掛けられてきました。デイエスは米国の野球の独立リーグで審判をしています。彼は唾を吐き掛けられたこともありますし、試合後に駐車場で暴力を振るわれそうになったこともありました。彼はブルックリンのブッシュウィックで生まれ育ちました。両親はプエルトリコ人でした。身長は5.3フィート(160センチ)しかなく、胸にプロテクターを着けた姿は非常に小柄に見えました。以前、彼のことを「小人症」と言って侮辱した選手がいましたが、その選手は即座に退場させられました。2年前、世界で初めてAutomated Ball-Strike System(自動ストライク-ボール判定装置)が使われた試合でデイエスは審判を務めました。ほとんどの野球選手はその装置のことを「ロボ-アンパイア」と呼んでいます。その装置を開発したのはメジャーリーグ機構でした。それでまずは実験をしてみようということでデイエスが所属している独立リーグのアトランティック・リーグで試験運用することとなっていたのです。「ロボ-アンパイア」という言葉から、R2-D2のような形状のロボットがホームベースの後ろに立って甲高い機械音で「ストライク」とか「ボール」とか言う姿を想像するかもしれません。しかし、全く違いました。まず、メジャーリーグ機構は、甲高い機械音のコールは野球のイメージを損ねるとして、「ストライク」等のコールはデイエスのような生身の人間の審判員がすることになりました。生身の人間の審判はイヤホン越しに「ストライク」か「ボール」かの情報を伝えられ、それをあたかも自分で判定したかのように演じながらコールする仕組みでした。デイエスが頼りにするイヤホンは自動ストライク-ボール判定装置と無線で繋がっていました。その装置はミサイル追尾システムを改良したもので、大きな宅配ピザの箱のような形状で、全体が黒色で、1箇所がグリーンの目のように光っていました。場所はバックネット裏の記者席の上に備え付けられていました。試合が始まって1球目が投じられると、イヤホンから「ストライク」だとの情報を得たデイエスは「ストライク」とコールしました。観客も選手も特に何の反応も示さず、試合は粛々と進められました。

 ロボ-アンパイヤには不気味なところがります。何も声を発しません。今年の夏、私はアトランティック・リーグに所属するロングアイランド・ダックスの本拠地のニューヨーク州のセントラルアイスリップ球場で何試合かを観戦して、ロボ-アンパイヤをチェックしてきました。宅配ピザの箱のような装置は、TrackMan(トラックマン社)の開発によるものでした。トラックマン社は2人のデンマーク人(クラウスとモアテンのエルドラップ-ヨルゲンセン兄弟)によって設立されました。元々はゴルファーの訓練用の装置を製造していました。私が観戦した際には、しばしば無茶苦茶な判定を目にしました。デイエスが球審を務めたゲームの1つでしたが、私はチューリング・テストをするような気持ちで観戦していました(チューリングテストは、アラン・チューリングが考案した、ある機械が「人間的」かどうかを判定するためのテストのこと)。5回が始まる頃から、バックネット裏の痩せた中年の男性がしきりに野次を飛ばすようになりました。その男はデイエスが「ボール」とコールした際に、「いい加減にしろ!どこをどう見たってストライクだろっ!」と言ったりしていました。また、その数分後には、デイエスのコールが気に入らなかったようで、「あのチビの球審を見てみろよ!背が低いからキャッチャーに隠れちゃってボールが見えてないんだよ!」と叫びました。すると、その男の近くに居たメッツの野球帽をかぶった男が自動ストライク-ボール判定装置を指さして、ストライクかボールかの判定は機械が自動で行っていることを説明していました。野次っていた男は、すこし困惑しているようでした。そして、「球審は機械の判定を覆すことは出来ないのか?」とつぶやきました。

 メッツの野球帽をかぶった男は首を横に振りました。野次っていた男は困惑気味に言いました。「あの球審は立派だよ!きちんとやっているよ!そう言えば良いんかね?」と応じました。

 野球は審判が重要な役割を果たします。150年前から変わっていませんが、たったの1球がストライクとされるかボールとされるかで、結果に大きな影響を及ぼすことがあります(ストライクゾーンは、規定上では、幅はホームベースの幅と同じで17インチで、高さは打者の膝から胸の中央までとされています)。監督と審判で言い争いとなることがしばしばありますし、争いが法廷の場に持ち込まれたこともあります。野球がほぼ現在の形になった頃、150年前の審判は有給ではなくボランティアでした。それなのに、観客から罵られたりしました。アメリカ野球学会の論文には、時には「瓶、あらゆる種類の有機物および無機物の破片が投げつけられた」との記載がありました。そこに記されていた「有機物」とは何を意味するのでしょうか?それは特定されていませんが、初期には何人かの審判が命を落としました。

 野球の試合のルールや運営は試行錯誤を繰り返し、進化してきました。今日では、審判員の判定に不服な者が地面を蹴って土を飛ばすことがありますが、球審がブラシで白く維持しているホームプレートの上に土を飛ばすことは許されていません(退場させられます)。審判員に近づいて大声を出したくなることもあるでしょうが、審判に指一本触れてはいけません。映画”Bull Durham”(邦題:さよならゲーム)では、ケビン・コスナー演じる主人公が、「cocksucking call(クソ判定や)!」と言った時には退場させられませんでしたが、審判を「cocksucker(クソ審判)」と言って侮辱した際には退場させられました。越えてはいけない一線があるということです。読唇術やマイクが音声を拾っていて、言い争っている内容が判明することがあります。純粋に観客や監督の期待にこたえようとして熱くなった結果言い争っている場合もあります。しかし、非常に見苦しい時もあって、その言動は家禽以下で擁護のしようが無い場合もあります。まあ、しかし、そういった乱闘シーンを楽しみにしている人も少なからずいるようです。1980年にビル・ハラーという審判員がボルチモア・オリオールズのアール・ウィーバー監督に抗議された際に言い争いになりました。その際の音声は拾われていました。やり取りは以下のとおりでした。

ウィーバー:おまえら今日の審判員は全員くそくらえじゃ!(この時点でハラーは退場を宣しました。)退場?上等、上等!あんた頭おかしいだろっ?
ハラー:おまえこそ、ぬかしとるんじゃねえぞ!(ハラーはウィーバーを指さした。)
ウィーバー:俺を指さすんじゃねえ!(ウィーバーは指をはらいのけるようなしぐさ。)
ハラー:指をさしたけど、おまえに触れちゃいないぞ!
ウィーバー:嘘こけ!指で押したやんけ!
ハラー:触れてないだろっ!嘘こくんじゃねえぞ!
ウィーバー:嘘こいてるのは、おまえだろっ!
ハラー:おまえだろっ!
ウィーバー:おまえこそ大嘘つきだろっ!
ハラー:おまえ、よくそんな大嘘が言えるな!
ウィーバー:だから、おまえこそ、よくそんな嘘が言えるな!

こんなやり取りが延々と3分近くも続きました。

 最初のロボ-アパイヤが導入された2019年のシーズンには、選手の中には、間違った判定をしたとして不満を言う者もいました。しかし、様々な微調整を積み重ねた結果、今年、MLB(メージャー・リーグ・ベースボール)機構は自動ストライク-ボール判定装置は非常に正確であり信頼に足りるので、メジャーリーグでも導入すべきであると判断しました。ダックスの監督ウォーリー・バックマン(元ニューヨーク・メッツの二塁手)は、現役時代には激高して度々退場することで有名でした。彼は退場を宣せられて、去り際に何十本ものバットをインフィールドに投げ入れたことがありました。「クソっ馬鹿野郎!さっさとバットを片付けろよ!ざまあみろっ!」との捨てゼリフを吐きながら退場しました。そんな彼ですが、自動ストライク-ボール判定装置は気に入っているようです。ある時、私はグランドスタンドでマールボロを吹かしているいるバックマンに会ったのですが、彼は「皆が予想しているよりも早い時期に自動ストライク-ボール判定装置はメジャーリーグにも導入されるだろう。」と言いました。MLBは検証した結果、自動ストライク-ボール判定装置は非常に正確で、誤差は1インチ未満であったとの結論を下しています。「自動ストライク-ボール判定装置が導入されたら、判定はより正確になり、審判に対して抗議するような場面も減るでしょう。良いことばかりです。」と、MLBコミッショナーのロブ・マンフレッドは言っていました。しかし、野球に付き物の抗議シーンや乱闘シーンが無くなってしまったら、味気ないのではないかと言う人も少なからずいるようです。また、最近ではLPレコード盤が人間味があって良いとして人気があるのですが、野球から人間味を完全に奪い取ってしまって良いのかと主張する人もいます。現在、MLBのコミッショナー事務局で働いているジョー・トーレ(ニューヨーク・ヤンキースの元監督)は、ロボ-アンパイヤには反対だと公言しています。彼は言いました、「審判員は完璧ではありません。人間ですから、ミスをおかしたりします。でも、それが野球というものなんです。でも、それを変えてしまったら、もう野球ではないんです。」と。