3.ロボットは杓子定規に判定する!
後日、再び私はダックスの試合を観戦しました。その際に、私は審判のロッカールームを訪れました。デイエスがいました。アトランティック・リーグの審判員の総責任者であるジョン・ドゥーリーも近くに座っていました。2人は、前夜ペンシルベニア州ランカスターで行われた試合について話し込んでいました。その試合ではロボ-アンパイヤが導入されていました。2人の会話は次のようなものでした。
ドゥーリー:その試合はどれくらいの時間がかかったかを聞いて驚くなよ。5時間もかかったんだよ。四球は両チーム合わせて35個も出たんだよ。」
デイエス:えっ35個!それは随分と多いですね?
私はデイエスに35個も四球が出る試合を経験したことがあるか尋ねてみました。彼は答えました、「35個も四球が出たのは、トラックマン社製の自動ストライク-ボール判定装置が導入されたことが関係していると推測します。自動ストライク-ボール判定装置が無い場合、球審は絶妙に試合時間をコントロールするんです。それを誰からも抗議されないように巧妙に行わなくてもならないのです。どういうことかというと、試合がグダグダになった感じがして時間が長引きそうに感じられたら、球審は微妙にストライクゾーンを広げるんです。そうすると四球が減って進行が速くなりますからね。ほんのちょっとのことなんです。また、ストライクともボールともとれる微妙な球が2球続けて来た時には、ストライクとボールを1回ずつコールしたりします。それをすると、両チームがラッキーだと感じることもあるし、アンラッキーだと感じることもあるんですが、それなりに公平感が保てるんです。自動ストライク-ボール判定装置が導入されたら、そうした絶妙なコントロールは出来なくなります。両チームともに不公平感を抱いたまま試合を終えるようになるのではないでしょうか。」と。
過去20年間で、様々なスポーツで、より正確な判定をすること目的として、いろんな対策が実施されました。テクノロジーが進化したことが、より正確な判定が可能となった一因でしょう。また、スポーツが賭博の対象となっているので、正確な判定を担保しなければならないという圧力が高まったというのも一因です。カリフォルニア・エンジェルス監督のジョー・マドン(2016年にシカゴ・カブスを創設180年で初のワールドシリーズ進出に導いた)は言いました、「沢山の人たちが非常に大金を賭けるようになりました。ですから、正確な判定は必須なんです。」と。サッカーにはVideo Assistant Referees(略してVAR。ビデオ・アシスタント・レフェリー)が導入されましたし、テニスでは、Hawk-Eye(ホークアイ)というシステムが導入されました。野球でも、10年ほど前からスローモーション即時再生が利用されています。アウトかセーフが微妙な時や、ホームランか否かが分かり辛い時に活用されています。それは概ね好感を持たれています。とはいえ、正確さゆえに、新たな問題を引き起こす可能性もあります。ある野球の審判員が言っていましたが、彼はスローモーション即時再生から得られた証拠を却下したことがあるとのことでした。再生画像を見たら、野手のグローブの紐が緩んでいて、それが走者の背中に触れていました。厳密に競技規則に照らし合わせれば、それはタッチしたことになり、アウトになるのですが、彼はセーフとコールしたそうです。スポーツ界で取り入れられた各種自動判定装置は基本的には、明確に物理的な境界を越えたとか触れたとかの事実だけを特定しています。ベースに触れたかとか、ラインの中か外かとか、ゴールラインを越えたか等です。各種の自動判定装置は非常に正確に判定します。微妙な判定をすることはありません。明確な一線が引かれ、〇か×しかありません。しかし、野球でストライクかボールを判定する際には、ストライクゾーンを示す線があるわけではありません。ですので、これまでは球審の絶妙なさじ加減が非常に重視され、敬意を持たれていました。
昔から、審判員ごとにストライクゾーンに違いがありました。審判員それぞれの性格が異なるように、ストライクゾーンもやはり異なるのです。一部の審判員のストライクゾーンは非常に厳格で、何があっても杓子定規に規定どおりに判定しています。一部の審判員は非常に柔軟で融通を利かせます。そうした審判員が球審を務める試合で急な降雨に見舞われると、突然、投球は全てストライクとコールされるようになります。最多出場記録を保持する審判員のウェストは、カントリーシンガーとしても活動しています。有名なカントリーシンガーのマール・ハガードと競演することもあります。彼が私に言ったのですが、ある審判員はストライクゾーンは誰かに抗議されるようになったら変更するべきだと考えているそうです。また、ウエストと仲の良いある審判員も、ストライクゾーンと言うのは、時々調整することが必要で、一昔前のテレビの映りが悪くなってチェンネルのつまみを調整したように対処すべきであると言います。それを巧みにしないと、1970~80年代にニューヨーク・ヤンキースのビリー・マーチン監督(瞬間湯沸かし器と呼ばれていた)がアール・ウィーバーに対して激高したようなシーンが頻発してしまうのです。マーチンは、かつて1人の審判員にクリスマス・カードを送りました。「あなたとあなたの家族が素晴らしい冬の休暇を過ごされることを願っています。」と書かれていました。しかし、そのカードには、他にもいろいろと書かれていて、「あなたは夏の休暇時には本当に酷い過ちを犯していましたから、冬の休暇では過ちを犯してほしくないと祈らずにはいられません。」と書いてありました。スローモーション即時再生によって、いくらか誤審は減るでしょう。しかし、依然としてストライクかボールの判定は生身の人間の審判が担っているわけですから、試合展開とか点差とかに応じて審判員によるストライクゾーンの微調整が行われていると推測されます。ピッチャーがストライクをとるのに四苦八苦していたら、ストライクゾーンが50%も広がると言われています。それは”compassionate-umpire effect”(訳者注:翻訳不可能?アンパイヤ同情効果)として知られています。
もちろん、投手に同情するわけですから、当然ですが打者の目からすると厳しく対処されていると感じることになります。ビル・ジェームス(ボストン・レッドソックスの前オーナー)は、「ルールの運用を審判員が恣意的に行える余地があるスポーツは野球だけだと思います。」と言います。彼は、野球界に様々な数値分析手法を導入した始祖だと言われています。スポーツライターであり、自動判定装置の導入を昔から非常に熱心に支持してきたジョー・シーハンは、私に次のように言いました、「私はストライクゾーンからちょっと外れた球がストライクとコールされるようなことがあってはならないと思います。厳格にストライクゾーンを判定すべきで、審判の恣意が入り込む余地は無くすべきです。だって、そうじゃないですか。そうしないと、打者が損をしてしまいます。彼だって仕事をしているんです。ホームベースの後ろの球審の気まぐれで打者が割を食うなんてことがあってはならないと思います。」と。最高裁判所判事のブレット・カバノーは、まあ、職業柄ガチガチの条文固執主義者なわけですが、かつて「審判員が下す判定について」と題した論文を記しました。その論文には、「球審が恣意的にストライクゾーンを広げたり縮めたりすることはすべきでありません。」との記述がありました。
2019年、ロボ-アンパイヤが導入された際、ストライクゾーンはルールブックに記載のある通りに設定されました。しかし、多くの選手が不満を言いました。ストライクゾーンが上にずれていて、しかも狭いというものでした。最先端のテクノロジーが駆使されていましたが、万能というわけではありませんでした。それに対してMLB機構は即座に対応しました。様々なパラメータを微調整しました。3次元データ解析で判定していたのですが、機能を落として2次元で判定するように変更しました。それにより、ストライクと判定されるゾーンは少し広がりました。現在では、ピッチャーの投げた投球がバッターの横を通過する時、1インチ半(4センチ弱)ホームベースに掛かっていたらストライクと判定されるように調整されています。
野球の審判員がストライクゾーンを微妙に調整するということは、何となく皆知っていましたが、特に問題となるようなことはありませんでした。まあ、人間ですからどうしてもその場の雰囲気が判定に影響を及ぼしてしまうことは致し方ないことなのかもしれません。1956年、ニューヨーク・ヤンキースのドン・ラーセン投手は、歴史的な快挙を成し遂げました。なんとワールドシリーズで完璧なピッチングを披露し、完全試合を達成したのです。その試合では最後の打者は三振に打ち取られました。球審を務めたのは、ベーブ・ピネリでした。彼は苦労人で、10歳で新聞配達は始め、12歳で製鋼所の作業員となるという経歴の持ち主でした。彼は審判員として3千4百試合に出場していましたが、一度も欠場したことがありませんでした。完全試合という非常に偉大な記録が達成されたので、多く人がその試合で最後の打者が三振に倒れた場面のことを覚えています。当然、その際にキャッチャーの後ろに立っていた球審のことを覚えている人も少なくありません。そのシーンのことを覚えている人の多くが、最後の投球が明らかにストライクゾーンを外れていたと思ったことを覚えています。スティーブン・ジェイ・グールドは、著書「マッドビルの勝利と悲劇」に記していますが、明らかに最後の投球はストライクゾーンを外れていたのに、球審のピネリはストライクとコールし、打者は三振となり、試合が終わってしまったのです。あれは、回りの雰囲気、球場全体の完全試合を達成させたいという雰囲気が判定に影響を及ぼしたのだと思われます。そうしたことは度々発生してきたのです。グールドは記しています、「野球の審判員の判定は事実を元に為されますが、どうしても場の雰囲気の影響を受けてしまうものなのです。」と。