ロボットアンパイヤー参上!米大リーグが導入検討中の自動ストライクーボール判定機は野球を面白くするのか?

4.球審は生身の人間で良いのでは?

 2010年、デトロイト・タイガースのピッチャーのアーマンド・ガララーガは、完全試合の達成まであとアウト1つというところまで漕ぎ着けていました。9回2アウトで、彼は打者を弱い内野ゴロを打ち取り、打者走者が一塁に到達する一歩前までに、ボールは一塁手まで転送されました。明らかにタイミング的にはアウトに見えました。不可解なことに、一塁塁審のジム・ジョイスはセーフと叫びました。せっかくの完全試合達成のチャンスは潰えました。試合後、その場面のリプレイ画像を見て、ジョイスは呆然としました。彼はクラブハウスに籠って失意に打ちひしがれました。その夜、彼は母親(近くに住んでいた)の家で過ごしました。眠れなかったので、仕方なく煙草をひっきりなしに朝まで吸い続けました。彼には沢山の脅迫文も届きました。その翌日、スタジアムでジョイスと会ったガララーガは、気にすることは無いと言って、彼を抱擁しました。それで、ジョイスは罪悪感から解放されました。ジョイスは泣きました。後に、2人は友情を築きました。

 その件があった数シーズン後には、MLB機構はホームベースや各塁でのプレーがアウトかセーフかを確認するために、スローモーション即時再生システムを導入しました。ジョイスはその件について、私に言いました「おそらく導入のきっかけとなったのは、私の誤審ですね。こんな形ですが役に立てたと思うと嬉しいものです。」と。そこで私は彼に、マイナーリーグでストライクか否かを判定するためのロボ-アンパイヤが試験的に導入されたことをどのように思っているか聞いてみました。すると彼は言いました、「今まで通り審判員を務めるだけです。新たな装置が導入されるというのであれば、その使い方を学んで最大限活用したいと思います。」と。私はジョイスに誤審した時のことについて聞いてみました。当時もしも即時再生システムのようなものが存在していたら、一旦下した判定を覆すことが出来て誤審をせずに済んだと思うのですが、それは良いことだと思いますか?と聞きました。ジョイスは、「分かりませんね。ガララーガに聞いてもらった方が良いと思います」と答えました。

 それで、私はガララーガに尋ねてみました。ガララーガは私に言いました、「誤審と言いますが、結局あの試合では何の問題もなかったんです。それが全てですよ。」と。彼は自動判定装置等を導入することは望んでいないと言っていました。というのは、審判員のミスも野球の試合の一部だと彼は考えているからです。野球の試合をする際には、速い球を投げることも重要なスキルですが、誤審を粛々と受け入れて冷静にプレーすることや、誤審を有利に利用することも同様に重要なスキルなのだ、と彼は主張します。彼は、完全試合を逃した試合の前にシンカーの投げ方を習得し、外角ギリギリ、ホームベースからボール1個分外したところに確実に投げ込むことが出来るようになっていたと言います。それで、彼がそのシンカーをそこに投げ込むと、本来はボールなのですが、球審を誰が務めていても必ずストライクを取ってもらえるということを認識していました。彼は私に言ったのですが、自動判定装置を導入するということは、車を運転する際にナビゲーションシステムを利用することに似ているとのことです。彼は言います、「車を運転する時に、GPSが無ければ自分で行き先を調べて注意しながら走りますよね。それと同じで、自動判定装置が無くても、審判員は細心の注意を払いますから全く問題は無いのです。自動判定装置など無くても、野球は今のままでも十分魅力的なものだと重いますよ。」と。

 ビル・ジェームズは、審判員が時として重大なミスを犯すことも、ファンの観点からすると、野球の試合の醍醐味の一部分であると言います。彼は自動ストライク-ボール判定装置の導入には基本的には反対ですが、導入する場合の妥協案を提案しています。その案は、自動ストライク-ボール判定装置はボールかストライクが明確な時だけ判定を下すというものです。それで、どちらか微妙なゾーンに来た球に対してのみ球審が判定するというのです。球審は微妙なゾーンを判定することが仕事なわけですし、そこが腕の見せ所でもあるのですから、彼は良い案だと信じています。

 カリフォルニア大学バークレー校の哲学部教授であるアルヴァ・ノエは、著書”Infinite Baseball: Notes from a Philosopher at the Ballpark(本邦未発売:無限の野球 球場で考察した哲学者からの主張)”を刊行しました。MLB機構がロボ-アンパイヤの導入の発表をする直前のことでした。私は彼に電子メールを送り、自動ストライク-ボール判定装置について彼が新どう思っているか質問してみました。彼から、返信がありまして、「自動ストライク-ボール判定装置の導入は非常に酷いものだと思います。どうしてMLB機構がこんな酷いものを導入するのかを考ると眠れないこともあるくらいです。」と記されていました。彼は後に会った時に私に言いました、「最近、世間一般では、アルゴリズムを導入して、人間に難しい判断をさせないようにしようという動きが広がっています。その波が野球界にも到達したということです。」と。ピッチャーの仕事というのはある意味でとても奇妙な仕事です。ピッチャーはバッターが打てるゾーンに球を投げないといけないのですが、しかし、打たれないようにしなければならないのです。ピッチャーがその仕事を上手くこなしたか否かを、球審は判断しているのだとノエは主張しました。球審はそれを本能的に判定しているのです。彼は言いました、「今、問題になっている自動ストライク-ボール判定装置を導入すべきか否かという論争では、客観性がそんなに重要なのかということが問われているのです。西欧社会ではしきりに客観性が重視されますが、本当にそんなに重要なのか?そのことが問われているのです。そもそも客観性と言いますが、どうすれば客観的であると言えるのですか?物理的に判断するのでしょうか?数値で表せるようなものなのでしょうか?それとも人間の知覚で判断すべきものなのでしょうか?」と。(訳者注:すいません、この段落の訳はかなり難しく、原文から意味が乖離している可能性があります。)

 ノエは哲学者ですので、ちょっと何を言っているのか分からない部分があります。ですので、彼の面倒くさい、客観性云々という主張からは少し離れるとします。現在、世の中では主観性はあまり重要視されていません。どちらかというと客観性が幅を利かせています。客観性が重視される世の中ですので、Yelp(米国の口コミサービス:評価の星の数が非常に参考になるとして人気がある)の星の数を誰もが参考として重宝していますし、また、Big Data dating appsという出会い系アプリも客観的にデータ分析を行ってマッチングしてくれるので高い人気を誇っています。また、”Rotten Tomatoes”(腐ったトマト)という映画評論サイトも人気です(評論の際に作品へのバイアスが掛からないよう選出された”Tomatometer Critics”(トマトメーター批評家)が評論をするので、非常に客観性が高いとして人気がある)。野球界でも客観性が重視されています。この10年で野球界でも客観的なもの、数字や統計やデータで何でも判断しようという風潮が定着しました。独自の統計データWAR(Wins Above Replacementの略)も作られました。一昔前までは、酒場で酔っ払いがどのピッチャーが一番優秀かを議論していましたが、そんな客観的データが出来てしまったので、そうした議論がされているのを見かけることもすっかり無くなりました。また、野球界以外でもデータは重宝されていて、データ分析のために巨額の費用が投じられています。そのおかげで、ワクチンが早期に開発されるようになりましたし、ロケットが簡単に発射できるようになったのです。あなたが野球チームのオーナーで選手をトレードで獲得したいと思ったら、どうやって選手を探すでしょう。その場合には客観性を重視するでしょう。それで、様々なデータや指標を見ようとするはずです。しかし、何でもかんでも客観性を重視すれば良いというわけではありません。特に何かを楽しもうと考えているなら、別に客観性など重視する必要はありません。野球観戦を楽しもうという時には客観性など必要ないのです。そもそも時間つぶしのために見ているだけですから、自分の主観で好き勝手に楽しみますから、客観性など必要ないのです。

 トラックマン社の元々の事業は測定や最適化を行うことでした。2008年に選手評価分析ツールを提供する形で野球界に参入しました。すぐにどのチームも利用するようになりました。「とにかく全てのプレー、全ての投球のデータを収集するようにしています。それで、そのデータをどうやったら上手く活用できるかを常に考えています。世界中の野球の試合のデータ(アマチュアの試合は除く)を収集の対象としています。」とジョン・オルシャンは言いました。彼はトラックマン社の野球部門の責任者です。ロボ-アンパイヤは開発した時点では、販売する対象はアマチュア以外を想定していました。現在では、オルシャンはプロだけでなくアマチュアにも販売できるだろうと予測しています。リトル・リーグも有望な市場だと考えています。トラックマン社は、携帯できるサイズの自動ストライク-ボール判定装置も販売しています。それは、練習時に使ってもらうことを意図して作られたものです。携帯できるほど小さくても、正確にストライクかボールかを判定することができます。オルシャンは私に、草野球で試しに使ってみたらどうか?と言いました。