ロボットアンパイヤー参上!米大リーグが導入検討中の自動ストライクーボール判定機は野球を面白くするのか?

5.ロボ-アンパイヤの試験運用に立ち会って考えた

 パセーイク・ブルズはニュージャージー州男子リーグに所属する野球チームです。選手兼監督を務めるジョー・モランは、このチームを非常に気に入っています。彼は私に言いました、「あなたが私たちのチームの名前を口にすると、地元の人は誰でも知っていると言うと思いますよ。」と。モランは26歳で、元々は建設現場で働く労働者でした(Local 754という建設技能工が加わる労働組合の一員)。新型コロナのパンデミックの影響で職を失ったため、新型コロナ関連で消毒作業をする仕事に就きました。「何人かで現場に行って、防護服を着て消毒液を噴霧する仕事です。特に技能は必要としない仕事です。本当は、もっと野球の練習をする時間を確保したいんですけどね。」と彼は私に言いました。

 私がモランにロボ-アンパイヤをブルズの試合で試しに使って欲しいと依頼したところ、彼はこころよく承知してくれました。彼は私に言いました、「私たちが所属しているリーグでは審判員が大幅に不足しているんです。また、審判員の中にはとてもレベルの低い者もいるんです。」と。私は、マイナーリーグ関係者からそうしたことをよく言われます。かつてボランティアで(無給で)審判員を引き受けていたギル・イムバーは、審判員の供給は一般的には景気に反比例すると言っていました。つまり、景気が悪くなると職に就けない人が多くなるのですが、その人たちが審判員をしてくれるようになるというわけです。しかし、奇妙なことに現在は新型コロナの影響で失業率が非常に高くなっているにもかかわらず、新たに審判員になろうという人が全く増えていません。イムバーが推測するに、審判員の貰う手当の額は増えていないのに、抗議されたり侮辱されたりということだけが増えていることに原因があるようです。

 試合はサードワードパークにあるパセーイク・ブルズのホームスタジアムで行われました。そのスタジアムには、外野には古い石垣があり、ホームベースの後方に通勤電車の線路がありました。芝生が立派に育っていて、ちょっと伸びすぎていました。プレーリーに草が生い茂っているようでした。ソードとマクフェイルは草刈機を数台持ち込んで芝を刈り揃えました。ホームベースの10フィート(3メートル)ほど後ろにウィル・ギルバート(トラックマン社の社員。かつてマイナーリーグでピッチャーをしていた)が三脚を立てて上部に自動ストライク-ボール判定装置を取り付けました。以前に球場の観客席上部に据え付けたものを小型化したものでした。装置には小さな目が付いていて、三脚にセットされた姿は一つ目小僧のように見えました。審判員は初めて球審を務めるマークイス・エラーゾでした。今回は自動ストライク-ボール判定装置を試すことが目的でしたので、試合の前半では、ストライクかボールか微妙な際にはエラーゾがトラックマン社の自動ストライク-ボール判定装置に確認をしても良いという形式にしました。また、比較対象するために、試合の後半は旧来通りの方法で球審を務めることにしました。

 ブルズは初回の守備時に、いきなり4人の打者に連続して四球を与えてしまいました。その時点でブルズは少し不満を持ったようでした。ブルズの初回の攻撃時には、エラーゾがボールとコールした時に、相手チームが「今のストライクだろっ!」と叫ぶことがありました。それで、エラーゾはギルバートに自動ストライク-ボール判定装置の判定を確認してもらいました。ギルバートは「ボールです。5インチ(13センチ弱)外れてます。」と言いました。エラーゾの判定は合っていました。「確認、ありがとうございます。」とエラーゾは言いました。判定が合っていたことが分かって、エラーゾは落ち着きました。試合の前半が終わった時、エラーゾの判定と自動ストライク-ボール判定装置の判定がほとんど一致していたので、彼は球審として回りから信頼されるようになっていました。判定が一致しなかったのは4球だけでした。その内の、2球は本当にストライクとボールの境界あたりに投げ込まれた微妙なものでした。四球と判定した際に、ブルズの選手がストライクではないかと抗議したことがありました。エラーゾは自動判定装置を指さしました。そのゼスチャーには、判定を確認しますか?という意味を込めていました。するとブルズはすんなりと抗議を止めました。試合の途中で、モランはフェンスに駆け寄り、「この球審は本当に正確だね!リーグで最高の球審じゃないか?間違いない!」と叫びました。トラックマン社の自動ストライク-ボール判定装置は非常に好評でした。その日使った小型の自動ストライク-ボール判定装置の価格は約2万ドルでした。試合中盤には、モランがギルバートに1台購入したいと持ちかけていました。

 しかし、その日の試合は四球の連発で非常に時間がかかっていました。午後10時を回っても、まだ8回でしたが、ブルズの一塁手のジョー・ルッソ(23歳、害虫駆除が本業)がスパイクを脱いで、グローブも外して、座りこみました。彼はロボ-アンパイヤの導入に反対して抗議したのでした。彼は言いました、「何で誰もが最新のテクノロジーを駆使して、完璧を追求するんですかね?何でも完璧にすることなんて不可能じゃないですか?完璧を求め過ぎたら逆に窮屈になるだけじゃないですか?全部の試合に勝つつもりですか?仕事ではいつも完璧で成果を出せるんですか?失敗するときが有ったって良いじゃないですか?いつも十分なお金を持っていないといけないんですか?車が故障することは無くいつも絶好調だなんてことはありえないじゃないですか?ロボ-アンパイヤを導入するってことは、そういうことを求めているのと一緒なんですよ!」と

 そかし、ルッソは、次は自分の打順だと気づくと、あっさり抗議を止めてスパイクの紐を縛り直しました。いよいよ彼に打順が回ってきました。ブルズは8点リードしていました。試合開始から既に3時間を超えていました。トラックマン社製の自動ストライク-ボール判定装置は、既に取り外されていました。ルッソにピッチャーが投じた1球目はかなり高めの速球でした。エラーゾはストライクをコールしました。2球目もストライクでした。3球目も速球でした。ストライクゾーンを外れて脛のあたりを通過したので、ルッソは悠々と見送りました。エラーゾは大声でストライクとコールしました。あえなく三振したことが分かると、納得がいかないブルズのベンチは一斉に抗議しました。すると、モランが大声で言いました、「ロボ-アンパイヤをもう一回設置した方が良いですかね?」と。ルッソは大人しく引き下がりました。バッターボックスから去る際に、彼はエラーゾに言いました、「3球目のストライクは無いでしょ!あれは絶対にストライクじゃ無かったですよ!まあ、でも、しょうがないですね。これが野球というもんですからね!」

 試合後、駐車場で私はエラーゾに会って話をしました。私はルッソが三振した時のストライクの判定について聞いてみました。すると、彼は私に言いました、「時間が押していましたよね。ですから、試合を早く進める必要があったんです。まあ、あの投球は本当はボールでだったでしょうね。」と。それを聞いて、私は彼に良い判断だったと思うと伝えました。そもそも完璧に正確な判定などできないのです。♦

以上