AI は思考している、それとも何も考えていないか?この問いを考えると、人間の脳の仕組みへの理解も深まる!

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 AI と人間の脳の類似は驚くべきことなのだろうか? 結局のところ、大規模言語モデルは、心理学者や神経科学者が開発に携わった人工ニューラルネットワークであるわけで、驚くべきことではないのかもしれない。驚くべきこともある。それは、大規模言語モデルに単語の予測といった定型的な訓練をさせたところ、人間の脳のような動きを見せ始めたことである。近年、神経科学と人工知能の分野は複雑に絡み合っており、人間の脳の研究者は AI を人間の脳をモデル化したものとして観察することがある。MIT の神経科学者エヴェリーナ・フェドレンコ( Evelina Fedorenko )は、大規模言語モデルを用いて脳がどのように言語を処理するかを研究してきた。「生きているうちにこんなことを考えられるとは思いもしなかった」と彼女は言う。「こんなに優れたモデルができるとは思ってもいなかった」。

 AI はブラックボックスだと言われることが当たり前になったが、実際には正反対と言えるだろう。現在では、個々の人工ニューロンの活動を調べることが可能で、さらにはそれを改変することさえできるのである。「人間の知能の仕組みを可視化する実用的なコンピューターモデルを完成させることが認知神経科学者の夢である」と、プリンストン大学の神経科学者ケネス・ノーマン( Kenneth Norman )は語る。ノーマンはエピソード記憶( episode memory )が保存される脳領域である海馬( hippocampus )のコンピューターモデルを作成したことがある。しかし、従来はそのモデルがあまりにも単純なものであったため、人間の脳に入り込むであろう刺激の粗い形の近似値しか入力できなかった。「今では、人間に与える刺激と全く同じ刺激をそのモデルに与えることができる」と彼は語る。

 ライト兄弟は飛行機開発の初期段階に鳥類をじっくりと研究した。彼らは、鳥が風に向かって飛び立つこと、バランスを取るために翼の先端をひねることに注目した。これらの発見は、初期のグライダー設計に影響を与えた。その後、彼らは長さ 6 フィート(約 1.8 メートル)の風洞を建設し、精密に制御された条件下で人工翼のテストを続けた。それで得たデータを元に何度もグライダー試作機を飛ばし、飛行機の改良を続けた結果、人類初の飛行に成功した。不思議なことなのだが、鳥がどのように飛び立つのかを彼らが正確に理解できるようになったのは、飛べる飛行機を完成させたずっと後のことである。

 AI は、風洞実験でライト兄弟が思考したのと似た方法で思考することができる。「大規模言語モデルの生態について( On the Biology of a Large Language Model )」という挑発的なタイトルの論文で、アンスロピックの研究者チームはクロードがクエリーに答える様子を観察し、「回路( circuits )」、つまり複雑な計算を実行する一連の機能( features )について記述した。適切な記憶を呼び出すことは思考の 1 つのステップであり、それらを回路内で組み合わせて操ることは、また別のステップであるという。大規模言語モデルに対する長年の批判の 1 つは、意味を捨象した記号として単語や文を吐き出すだけであるため、プランニング( plan )や推論が苦手であるというものである。しかし、クロードに韻を踏む二行連句の詩を完成させるように指示すると、ある回路が韻を踏むために二行めの末尾にくる単語を何にするかを検討し始める。それから、逆方向に作業を進めて行全体を完成させるという。アンスロピックの研究者チームは、これをクロードがプランニング( plan )を実行している証拠とみなしている。少し目を細めれば、初めて人間の心の内部の仕組みが見えてくるような気がするかもしれない。