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サマーズを批判する者たちは、サマーズは予測をたくさんしているが、すべてが当たっているわけではないとして非難しています。サマーズは、インフレの原因は主としてバイデン政権の経済政策の失敗にあると主張しています。他の先進国でも物価が急速に上昇しています。それらの国は米国とは全く異なるマクロ経済政策を実施して新型コロナの影響を緩和しようとしてきたのですが、米国同様に物価の急上昇に見舞われています。先月、ユーロ圏の公式推計インフレ率は7.5%に達しました。その数字は、米国のインフレ率とほぼ変わりません。グールズビーは私に言いました、「ヨーロッパでは、米国が実施しているような大規模な景気刺激策は行われていないのですが、インフレ率は米国のそれとほぼ同じです。残念ながら、現在進行している激しいインフレは、世界的な現象で、決して、米国の景気刺激策に起因するものではないのです。」と。
グールズビーや他の何人ものエコノミストが指摘しているのですが、インフレ率がバイデン政権やFRBの予想を大きく超えて上昇している主な理由は、デルタ株とオミクロン株の出現によって新型コロナのパンデミックが長引いていることと、それによってサプライチェーンや労働市場がダメージを受けたことにあります。かつてFRBでシニアエコノミストを務め、現在はジェイン・ファミリー・インスティチュート(Jain Family Institute)でマクロ経済分析責任者を務めるクロウディア・サームは言いました、「バイデン政権が景気刺激策を決めたのは、明確な予測に基づいていました。どういう予測かと言うと、ワクチン接種が進んで、新型コロナのパンデミックが収束するのでインフレ率は高くならないだろうというものでした。ラリー・サマーズは、インフレに陥らないように警鐘を鳴らしていますが、当時はそれよりも新型コロナのパンデミックによる経済へのダメージを最小限にすることを優先すべき状況だったのです。」と。
バイデン政権のメンバーはサマーズの引用している数字にも疑問を呈しています。昨年2月にワシントンポストに寄稿したコラムで、サマーズは議会予算局の試算数値を引用して、産出量ギャップ(output gap)が毎月約500億ドルほどであると指摘していました。産出量ギャップ(需給ギャップともよばれる)とは、実際の総産出量(actual output)と潜在産出量(潜在GDP) との差です。また、潜在産出量(潜在GDP) とは、利用可能な労働力、資本、技術で維持できる最大レベルの産出量(GDP)のことです。サマーズは、「提案されている景気刺激策は1月当たり1,500億ドル程度になるだろう。」と記した上で、「その額は、少なくとも産出量ギャップの3倍規模である。」と主張していました。あるホワイトハウス高官は、ゴールドマン・サックスとムーディーズ・アナリティックスがそれぞれ独自に行なった推計の数字を示し、産出量ギャップは議会予算局の推計よりはるかに大きいと主張していました。また、その高官は、バイデン政権内部で認識している数字を引用し、2021年のアメリカン・レスキュー・プランによる実際の支出額は、サマーズが言及していた1月当たり1,500億ドルではなく、900億ドル程度であると述べました。サマーズが挙げていた数字は大きく間違っていたのです。その高官は、産出量ギャップの額も景気刺激策の額もサマーズが示した数字は間違っており、その数字を正しいものに置き換えるとバイデン政権の景気刺激策によってインフレが引き起こされたという主張は成り立たないと主張しています。
ジョン・ジェイ・カレッジのエコノミストで、ルーズベルト研究所(リベラル寄り)のフェローでもあるJ・W・メイソンにも話を聞いてみました。メイソンは、景気刺激策が既に実施されていた2021年末時点でも議会予算局の試算では産出量ギャップは発生していなかったと指摘しました。実際、インフレ率調整後の総生産量は、潜在産出量を上回っておらず、わずかに下回っていました。メイソンは言いました、「もしサマーズがコラムに記して主張していた通り、景気刺激策が過大であったのならば産出量ギャップはプラスになっていたはずですが、実際にはそうなっていません。彼が予測していたとおり、インフレが急速に進んだわけですが、彼はその原因を何も説明していません。現在、インフレが非常に急速に進んだわけですが、だからといってインフレ懸念を表明していたサマーズが優れているということの証明にはならないのです。また、インフレが急速に進行したのにはさまざまな要因があるわけですから、バイデン政権の景気刺激策が間違っていることを証明しているわけでもないのです。