アメリカ インフレは収束するのか?経済はソフトランディングできるのか?雇用は?すまん、誰も予測できんわ!

Our Columnists

It’s O.K. to Be Confused About This Economy
現在の経済状況について理解できないあなたは全く問題ない

Even the experts don’t really know where inflation and jobs are headed.
専門家でさえ、インフレと雇用がどこに向かっているのか本当に分かっていません。

By John Cassidy  February 28, 2023

 インフレは順調に収束しつつあるのか否か?雇用は全般的に力強く推移しているとされていますが、なぜビッグテック(tech giants:巨大テクノロジー企業)は何十万人もの従業員を解雇しているのでしょうか?一体全体、アメリカ経済はハードランディング(hard landing)ではなくソフトランディング(soft landing)に向かっているのでしょうか、それともノーランディング(no landing)あるいはローリングリセッション(rolling recession:全国、全産業でなく、一部の地域や産業のみで景気が後退する状況)に向かっているでしょうか?最新の経済関連のニュースを見ていると、経済の実態がどうなっているのか良くわかりません。多くの人がそう感じているはずです。

 月曜日(2月27日)に発表された全米企業エコノミスト協会(National Association for Business Economics:略号NABE)の最新の調査によると、48人のアナリストによって行われたものでしたが、示された数値や内容はいくぶん掴みどころのないものに見えました。2022年第4四半期から2023年第4四半期のインフレ調整後のGDPの予想の中央値(median)は0.3%で、小幅な伸びにとどまるというものでした。しかし、アナリストの予想値の幅(レンジ)は非常に広く様々でした。下はマイナス1.3%で、大幅な低迷を予想する者もいました。上はプラス1.9%で、比較的県庁に推移すると予測する者もいました。しかも、予想値の幅が広かったのはGDPでけではありませんでした。インフレ率や失業率等の労働市場関連指標や金利などの予測も、アナリストによって大きく異なっていてかなりの幅がありました。マクロポリシー・パースペクティブズ(MacroPolicy Perspectives)の創業者でNABEの会長を務めるジュリア・コロナド(Julia Coronado)は述べました、「今後の景気見通しは、アナリストによってかなりのバラツキがあります。景気後退に陥るとする者もいれば、ソフトランディングするとする者、力強く成長するとする者までいます。」と。

 NABEの経済専門家の間でも予測が大きく分かれていたわけですが、先週金曜日(2月24日)にニューヨークで開催されたシカゴ大学ブース・スクール・オブ・ビジネス(the University of Chicago Booth School of Business)主催の金融政策に関する会議でもやはり同じような状況が示されました。元FRB理事のフレデリック・ミシュキン(Frederic Mishkin)を含む経済学者とウォール街のエコノミストたちのグループが発表した論文で主張していたのは、FRBの見立てには疑問符が付くというものでした。FRBは、以前、景気後退を引き起こすことなくインフレ率を目標の2.0%まで引き下げられるとの見通しを発表していました。70年以上も遡って過去のディスインフレ(disinflation:インフレが進行する中で、金融引き締め政策などにより物価上昇ペースが鈍化する経済状態のこと)を調査し、経済モデルでシミュレーションを行った結果、示唆されたことがあって、そのグループが論文に記していたのは、「2025年末までにインフレ率を目標の数値にまで低下させるために、FRBはもっと大胆な引締め政策を取る必要がある」ということでした。その会議に参加していた全てのエコノミストの見解が一致していたことが1つだけありました。それは、FRBがインフレ退治のために金利を上げれば上げるほど、本格的に景気後退局面入りする可能性が高くなるということでした。

 偶然にもシカゴでの会議が開かれた日は、ジェローム・パウエル率いるFRBの理事たちが最も注視している指標の1つであるPCE価格指数(index for personal-consumption expenditures)の発表される日でした。2022年後半にインフレ率の年率は順調に低下したのですが、年が明けた1月の数字は5.4%で上昇に転じていたことが示されました。このニュースは、今回のインフレは一部のアナリストが予想していたよりも粘り強い(stickier)かもしれないという懸念に拍車をかけるものでした。しかし、インフレ率がこの後どのように推移するかは、現時点では誰も見通せていないと言わざるを得ません。

 前月比の数字を見ると上昇したり下降したり一進一退の状況が続いており、公表された暫定値が後に修正されることもあって全体像が見えにくくなっています。ぶっちゃけて言うと、インフレが収束しつつあるのか否かは良く分かりません。ですから、分からないという前提で行動すべきで、FRBは慎重に行動すべきなのです。FFレートを大幅に引き上げる前に、より多くのデータが出るのを待つことが最も賢明な行動なのです。この3年間でアメリカ経済は3つの大きな衝撃に見舞われました。新型コロナパンデミック、ウクライナ戦争によるエネルギー価格の高騰、そして40年ぶりのFRBによる急激な金利引き上げです。いわばトリプルパンチに見舞われた状況なのですから、過去の経済に関する知見は全く役に立たず、経済モデルでシミュレーションすることもできません。現時点では、各種指標を見て分析したって、景気予測なんかできるわけないのです。経済専門家ですら困惑せざるを得ない状況ですので、当然のことながらFRBは慎重な行動をとることが適切に思えます。

 幸いなことに、FRBの何人かの理事はそのように考えているようです。昨年5月にFRBの理事に任命されたデービッドソン大学(Davidson College)のエコノミストのフィリップ  N. ジェファーソン(Philip N. Jefferson)は金曜日(2月24日)のシカゴ大学の会議で講演を行いました。彼はいくつかのカテゴリーでインフレ率が頑固に高い(stubbornly high)ままであると述べましたが、ミシュキンらによる論文で示された主張には異を唱えました。ミシュキンの主張は、ローレンス・サマーズ(Lawrence Summers)前財務長官がここのところ主張していることを事実上繰り返しているにすぎません。ジェファーソンが指摘しているのは、ミシュキンらは経済モデルでシミュレーションしているが、必ずしも経済モデルでのシミュレーションは万能では無いということです。つまり、過去の事例を分析して経済モデルでシミュレーションすればFRBが取るべき行動を教えてくれるという前提自体が誤っているのです。また、ジャファーソンは言いました、「現在のインフレ率が激しく変動する状況は、新型コロナのパンデミックという特殊な要因による部分が大きく、参考にすべき過去のデータは存在していない。」と。つまり、現在の経済状況は、経済学者が参考にすることができる過去の事例がないということです。

 また、ジェファーソンは下のグラフを示しています。それが示しているのは、コア・インフレ率(総合インフレ率から変動の大きい食料品とエネルギーを除いたインフレ)は3つに分解することができるということです。3つとは、自動車や電気機器などのモノの価格、住宅とエネルギーサービスを除くサービスの価格(ホテルの部屋代やレストランでの食事代、医療費など)、住宅価格(主に家賃)です。このグラフは、過去12ヶ月間においてインフレ率を押し上げた原因が変化していたことを示しています。

the New Yorker より抜粋(https://media.newyorker.com/photos/63fe25b852969f7a1cd75ac5/master/w_1600,c_limit/Cassidy%20-%20Post%20Pandemic%20Economy%20-%20PCE%20Chat.jpg)

 グラフを見て明らかなのは、2022年の年初から、モノの価格と、住宅とエネルギーを除くサービスの価格は大きく下落しています。しかし、もう1つの構成要素である住宅価格は大きく上昇しています。今後を予測する際には、2本の下降している線(モノの価格とサービスの価格を示している)が下がり続けるのかという問題と、上昇している線(住宅価格)が上がり続けるのかという問題が鍵となります。それらの問題に対する答えがいずれもイエスであれば、概ねインフレ率の見通しは良好であると思われます。奥ゆかしくもあり賢明というべきなのですが、ジェファーソンは確固とした予測は示していません。多くの地点で家賃が下がりつつあることから、彼は、住宅価格のインフレはいずれ収束すると主張し、経済の中で比較的ウェートの大きいサービス部門に注目すべきであると主張しています。サービス価格の最大の決定要因は人件費です。先日、パウエル議長は、労働市場が逼迫している状況によって労働者が高い賃金を要求することが可能となっており、それがサービスの価格のインフレ率を押し上げている可能性があると示唆していました。もしそれが本当であるならば、インフレ対策の観点から、FRBは労働需要を減らすために金利を上げ続けることを主張することとなるでしょう。しかし、パウエルが完全に正しいとまでは言い切れない状況です。今月(2月)初めに、ホワイトハウスの経済諮問委員会(White House Council of Economic Advisers)は、住宅以外のサービス部門の賃金インフレ率の最新の数値を発表しました。2022年には大きく低下していました。低下していたということは、今後のインフレの推移を推測する際には、好ましい兆候であると考えられ、憂慮すべきものではありません。

 これらのことから、結論として言えるのは何でしょうか?1つは、今後の景気の行く末を正確に読めると主張するような者がいるとしたら、そのような者には注意が必要であるということです。もう1つは、パウエル議長やジェファーソン理事や他のFRBの理事たちにちょっとだけ同情することです。前述の金曜日(3月24日)のシカゴ大学の会議では、元イングランド銀行(Bank of England)総裁のマービン・キングも講演を行いました。キングは、現在のインフレ率の高騰がどのようにしてもたらされたのかとかということと、どのように解決されうるべきかということについて独自の見解を述べた後に言いました、「私は、現在のインフレにどのように対処すべきかということについて、各国の中央銀行に助言することはできません。」と。

以上