第 3 章 地元サウスカロライナ州でも支持は多くない
「サウスカロライナ州の政治は血みどろの闘いであるという評判が定着している。」とヘイリーは 2012 年に出版した回顧録に記している。サウスカロライナ州に来たトランプは、以前はヘイリーを「鳥の脳 ( Birdbrain )」と呼んでいたのだが、 「脳死( Brain-dead )」に改めた。彼は党員集会の冒頭で、フライドチキンの動画を披露した。それには、「結末は誰もが知っている。ニッキー・ヘイリーにフォークを突き刺せ。止めを刺せ。」というテキストが付いていた。トランプは、ヘイリーの夫が州兵で現在はジプチで活動している理由はヘイリーから逃れるためであると主張した。サウスカロライナ州の選挙運動が血みどろの闘いと称されるようになった発端は、リー・アトウォーター( Lee Atwater )にあると考える者が多い。アトウォーターは、政治コンサルタントであり、1970 年代以降に共和党で選挙参謀を務めた人物である。彼は、対立候補を徹底的にこき下ろす戦術を採用した。その激しさ故に「焦土作戦」と呼ばれていた。「サウスカロライナの有権者は、闘争的なスタイルを好む。」とファーマン大学( Furman University )の政治学教授ダニエル・ヴィンソン( Danielle Vinson )は言う。「反奴隷制を掲げるリンカーンが大統領になって一番最初に合衆国から脱退したのがサウスカロライナ州である。サウスカロライナ州が脱退した根本には奴隷制の問題があったのだが、隣のノースカロライナ州や他の州から指図されたくないということもあったようである。ここでは、個人主義こそが正義である。それが私たちの DNA に深く刻み込まれている。トランプはそのすべてを体現する人物である」。
指名争いに最後まで残った2人の候補者の激しい論戦は非常に盛り上がった。ヘイリーは資金集めに拍車をかけている。ヘイリー陣営の関係者がウォール・ストリート・ジャーナル紙に語ったところによれば、トランプがヘイリーの夫を揶揄して以降の 48 時間で彼女は 100 万ドルの資金を集めたという。ヘイリーは、トランプを糾弾するよう求められても、ずっと応じず中立を保ってきた。しかし、後に彼女はその立場を変え、トランプに反対すると表明するようになった。それで、見事なイメージチェンジを果たした。勝者のイメージは醸し出せていないが、リズ・チェイニー( Liz Cheney )のような伝統的な保守的価値観を身を挺して守ろうとするイメージを植え付けることができている。トランプの側近の 1 人が言ったのだが、ヘイリーの反トランプの姿勢が明らかになったのは、トランプを指名候補者として支持するか否かを聞かれた時だという。ヘイリーは支持しないと答えた。トランプ陣営は、もはやヘイリーは RINO(リベラルすぎる共和党員)でもなく、民主党員であると非難している。サウスカロライナ州選出下院議員でトランプ陣営の戦略家のチップ・フェルケル( Chip Felkel )は、ヘイリーは孤立無援の戦いを強いられていると指摘する。「サウスカロライナ州の共和党は完全にトランプ支持で固まっている。彼女がトランプをいくら批判しても、ここでは何も起こらない」。
サウスカロライナ州第 2 の都市コロンビア郊外のイルモ( Irmo )で行われたイベントでは、芝生の真ん中にある見晴台の周りにアメリカ国旗とサウスカロライナ州旗が設置されていた。「 TRUMP 2024 ULTRA MAGA 」のロゴと星条旗の図柄がプリントされた旗を掲げた白いピックアップトラック 1 台が、付近の道路を静かに周回していた。このイベントの参加者の多くは「 Too Chicken to Debate(討論するにはチキンすぎる)」というステッカーを貼っていた。ヘイリーと対面で討論することを拒否し続けているトランプを揶揄したものである。退役軍人のカレン・ヘス( Karen Hess )は、私に言った、「彼女は悪あがきをしている。彼女は勝てない。」と。白いピックアップトラックは、イベントが行われている間、ずっと辺りを走っていた。アメリア・シェーファー( Amelia Schafer )という教師は私に言った、「私はヘイリーを支持する熱心な信者である。奇跡を信じている。神は不可能を可能にする。」と。