ここまで進んだ!四肢再生の研究!将来、切断されてしまった手足の再生が可能になる!

Annals of Science May 10, 2021 Issue

Persuading the Body to Regenerate Its Limbs
ここまで進んだ!四肢再生の研究

Deer can regrow their antlers, and humans can replace their liver. What else might be possible?
鹿は枝角を再生することができ、人間は肝臓を再生することができます。他の部位の再生は可能でしょうか

By Matthew Hutson
May 3, 2021

1.発生生物学者マイケル・レヴィン

 毎年、人工知能や機械学習に関する世界最高峰の国際会議の一つである”Neural Information Processing Systems(略してNeurIPS)”には、世界中から研究者が集まります。議題として取り上げられるのは、自動翻訳ソフトウェア、自動運転車、人工知能分野における数学的課題などです。したがって、2018年にモントリオールで開催されたその会議でタフツ大学の発生生物学者マイケル・レヴィンが、講演をした際には少しだけ場違いな感じがしました。レヴィンは、51歳で薄緑色の目の顎髭を生やして親しみやすい雰囲気を醸し出しています。彼は、たった1つの細胞である受精卵(胚)から成体ができる過程を研究しています。また、細胞の修復、再生についても研究しています。満員の展示ホールで、Facebook社のAI研究者の1人が彼のことを「生体計算モデルを研究している発生生物学者」と紹介した後、彼は演台の前に立ちました。

 レヴィンが講演を始めると、彼の後ろのスクリーンに1匹の虫の写真が映し出されました。彼は、プラナリアを使った実験を行ったことで有名です(訳者注:プラナリアは、扁形動物門有棒状体綱三岐腸目(さんきちょうもく)に属する動物の総称)。プラナリアは、長さ2センチほどの扁形動物の一種で、顕微鏡で見ると男根のような形をしていて、寄り目の状態の2つの目が付いています。レヴィンはプラナリアの特性に非常に興味を持っていました。プラナリアは、頭部を切り落とされても頭部が再生し、同時に、切り落とされた頭部からは腹部以降が再生されます。これまでの研究によって、プラナリアを無数の断片になるまでぶった切っても、各断片から残りの部分が正しく再生されることが分かっていました。ある実験では、1つのプラナリアをぶった切りにして、279個の断片が再生して、同数の新しい完全なプラナリアが出来ました。どういう仕組かは解明されていませんが、各断片は欠けている部分を認識していて、それを新たに作り出します。レヴィンが聴衆に前部と後部に頭部があるプラナリアの動画を見せました。聴衆は興味津々でした。その動画の中では、プラナリアの尾部が切り落とされ、欠けた部分には頭部が再生されていました。そのプラナリアの再生された頭部の部分を切り落とすと、何回切り落としても頭部が再生されて2つの頭部を持つ個体になりました。

 驚くべきことですが、レヴィンはそのプラナリアのゲノムには全く手を加えていませんでした。尾部があったところに頭部を再生させるために彼が行ったのは、プラナリアの細胞間の電気信号を変更するということでした。レヴィンが説明したのは、電気信号のパターンを変更することによって、プラナリアの個体が持っている記憶(どんな形状をしているかという記憶)を修正したということでした。要するに、彼は電気信号をいろいろと変えることによって、前後に頭部があるプラナリアを作り出したのです。彼は、その技術を使って前後に頭部があるプラナリアの個体を元の状態に戻すこともできます。

 レヴィンが講演したのはAI(人工知能)の会議でした。彼の専門は発生生物学でしたが、彼の研究は生物学者だけでなく、コンピューターサイエンスの研究者も注目していました。過去50年の間に、多くの科学者たちが、脳が機能する仕組みはコンピューターのそれに似ていると主張するようになりました。脳の中では何兆もの神経細胞が相互間で電気信号を行き来させています。レヴィンはそうした考え方に同意していて、また、電気信号は脳の中だけでなく、体中を行き来していることに着目していました。彼は、身体の各部位に送られる電気信号のパターンを完全に理解することができたら、身体の任意の場所に任意のものを再生させることができるようになると確信しています。彼の研究室では、電気信号のパターンを変更することによって脚を切断されたカエルに脚を再生させることに成功していました。また、オタマジャクシの腹部に眼球を再生させることにも成功していました。

 「再生が可能なのは、下等動物だけではありません。」と、講演の中でレヴィンが述べた時、プロメテウス(訳者注:人間を創造したとされるギリシャ神話の男神)の画像が彼の後ろのスクリーンに映し出されました。鹿は枝角を再生することができますし、人間は肝臓を再生することができます。彼は聴衆に語りました、「知っている人も知らない人もいると思いますが、大体7歳から11歳未満の人間の子供は指先を再生することができます。」と。しかし、なぜ人間は他の部位を再生させることが来ないのでしょう?なぜ、切断された手や足、不全な臓器、脳卒中によって損傷した脳組織などを再生することが出来ないのでしょうか?

 レヴィンの研究によって従来からの概念は覆されました。従来は、脳はコンピューターのように機能していて元の形状を記憶し再生の指示を出しているが、対照的に脳以外の部分、筋肉や骨にはそうした機能は無いと考えられていました。ところで、怪我した場合に、その部位が元通りに治癒するのはどういう仕組みなのでしょうか?また、未だ脳が出来ていない段階で胎児の四肢が形作られるていくことから推測すると、脳以外にも再生の指示を出す機能があると考えられます。毛虫が蛾に変わる際に、毛虫の脳細胞の大部分は死滅し新しく作り変えられますが、これまでの研究で明らかになっているのは、脳は変体に関して大した指示を出していないということです。そうしたことなどから、レヴィンは、脳以外の部位にも、原始的なレベルで、体の形状を記憶し指示を出し再生させる機能があるのではないかと推測します。また、他の研究で、植物や細菌でも脳が無いにもかかわらず、同様の機能を有していることが明らかになっています。レヴィンは、再生する際に脳以外の部位が記憶したり指示を出している時には、生体電気信号が重要な役割を果たしていることを突きとめました。

 レヴィンの研究は論文として発表されています。また、読みやすくするためにマンガ版も出版されています。彼は毎年30~40本の論文を発表しています。生物学者やコンピューター研究者や哲学者などと共同で研究しています。彼は、今後ますます多くの生物学者が、生体電気信号を解読したり、電気信号で細胞に指令を出すことができるようになると確信しています。旧来は、生体の細胞の再生に関する研究では、遺伝子の働きに焦点が当てられていました。しかし、バージニア大学の副学長でバイオ工学研究者トム・スカラクが言うには、レヴィンはそうした風潮に風穴を開けるほど大きな影響を及ぼしました。スカラクは言いました、「レヴィンの研究は、『遺伝子がタンパク質のアミノ酸配列を決定し、そのたんぱく質の機能によって表現型が決まる。』という概念を覆しました。遺伝子とタンパク質を理解すれば、生体の細胞の再生の仕組み理解できるという旧来の概念を覆したのです。」と。

 レヴィンは、生体電気信号を理解できれば、体に再生の指示を出す新たな手段が得られると信じています。彼は私に言いました、「意図した形状を再生させる技術が確立できれば、医療で活用できます。その技術を使って体の任意の部位に意図した形状を再生させられるのであれば、感染症を防ぐことはできませんが、さまざまな疾病を治療できます。先天性欠損症や外傷性疾患や老化や変性疾患や癌などは治療可能になります。」と。