4.そもそも四肢の再生は可能なのか?
私は沢山の発生生物学者と話をしましたが、全員がいつか人間の四肢が再生できるようになると信じていました。しかしながら、そうした技術がいつ確立されるかを質すと研究者ごとにバラバラでした。どのくらいの精度で四肢が再生されるかを聞いた際にも、回答はバラバラでした。また、四肢を再生させる研究では、ラヴィンの研究している方法以外にもさまざまな方法が研究されていました。3Dプリンターを利用して細胞片を使って移植用の部位を作る研究が為されていましたし、遺伝子のスイッチのONとOFFを切り替える技術(遺伝子発現制御)や、幹細胞を残っているの手足に注入する方法も研究されていました。四肢の再生の技術を確立するためには、いろいろな技術を組み合わせる必要があると思われます。
レヴィンは四肢の再生だけを研究していたわけではありません。形態形成に関連することは何にでも興味がありました。生体の形態形成にも興味を持っていました。それらをコンピューターを使用してモデル化する方法にも興味を持っていました。彼は私を廊下の先に案内し、手の込んだ1メートル位の高さの機械が置かれている部屋に案内してくれました。その機械は、12個のペトリ皿が有り、照明と記録用のカメラが付いていました。それらはスーパーコンピューターに接続されていました。彼は、その機械はオタマジャクシとプラナリアのIQを測定するための装置だと説明してくれました。
2018年に発表された論文で、レヴィンのチームはカエルのいくつかの胚をニコチンに浸しました。彼らが予想していたとおり、いくつかのカエルには前脳が無い等のさまざまな神経系の奇形が見られました。その後、レヴィンらはBETSE(the BioElectric Tissue Simulation Engine)というソフトウェアを使用しました。そのソフトウェアはアレン・デベロップメントセンターの研究員であるアレクシス・ピタックが構築したものでした。そのソフトウェアを使って、レヴィンたちはヴァーチャルでさまざまな薬品を試して、生体電気信号のパターンや脳の発達状況を研究しました。その研究の目的は、ニコチンが神経に影響を与えて損傷させた過程に介入して損傷を修復する方法を見つけることでした。レヴィンによれば、そのソフトウェアを使うと、イオンチャネルのタイプごとに、どんな機能を果たす時に有用であるかが分かるということでした。レヴィンの研究チームでは、ニコチンによって損傷を受けた実際の(ヴァーチャルではなく)胚にソフトウェアで有用であると予測された試薬を試しました。その結果、損傷を受けていた脳が適切な形に修復されていることを発見しました。ソフトウェアを使うことによって、脳の損傷を完全に修復することが出来たのです。
オタマジャクシとプラナリアのIQを測定する機械を使うことで、脳の損傷がどの程度修復されたかを測定することが可能です。その機械の中では、ペトリ皿が下方からLEDライトで照らされています。LEDライトは2色あり、赤で照らされるゾーンと、青のゾーンとがあります。成長したオタマジャクシが赤のゾーンに入ると、短い電気ショックを与えるようにします。レヴィンが観察して分かったのですが、普通のオタマジャクシは全個体が赤いゾーンに入るのを避けるようになりました。それに対し、ニコチンにさらされたオタマジャクシは、12%の個体しかそうした行動をとりませんでした。ニコチンで損傷した神経細胞を修復するために生体電気信号のパターンを調整しイオンチャネルの活動を変更させる試薬で治療したオタマジャクシは85%の個体が赤いゾーンを回避するようになっていました。このことから、オタマジャクシの脳細胞は修復されIQも回復していることが分かりました。
研究者たちの間では、形態形成において生体電気信号が果たす役割について意見が分かれています。カリフォルニア大学デービス校で発生生物学を研究しているローラ・ボロディンスキーは私に言いました、「生体電気信号の働きについてはまだまだ解明しなければならないことが沢山あります。また、遺伝子情報と生体電気信号との間にどんな関連があるのかも解明されていません。」と。カリフォルニア大学サンフランシスコ校の生物化学者トム・コーンバーグは、細胞間での情報を伝達する仕組みを研究していますが、それは、生体電気信号が関与しない仕組みです。形態形成の指示が伝達される際には、生体電気信号ではなく、特殊なタンパク質が細胞から放出されて細胞間で情報がやり取りされます。コーンバーグの研究室では、形態形成の指示がどのように細胞間を行き来して、どんな指示が伝達されているのかを研究しています。
レヴィンの元論文アドバイザーでハーバード医科大学の遺伝学部学部長であるタビンは、生体電気信号の仕組みを理解することは不可能だろうと言っていました。レヴィンは、生体電気信号は暗号のようなものだと言っていました。しかし、タビンは、生体電気信号には、形態形成を開始させる機能と、伝達すべき情報を電気信号のような形で保存し伝える機能、2つの機能があると言います。タビンは、2つ機能があることを比喩を使って次のように言いました、「掃除機のスイッチをオンにするには、電気が必要です。しかし、電気信号は不要です。掃除機には電気コードを伝って壁の電源コンセントから電流が送り込まれますが、何の情報も伝達されませんし、電気信号も送られてきません。つまり、電気によって掃除機はスイッチがオンになっただけで、情報は伝送されていないのです。」と。
レヴィンは、生体電気信号はそんな単純なものではなく、もっと複雑なものだと考えています。掃除機にたとえて言えば、適切な生体電気信号が伝達されれば、卓上用小型掃除機をダイソンの掃除機に変えてしまうことも可能です。実際、プラナリアの尾部を頭部に変えることができました。生体電気信号のパターンを微調整すれば、プラナリアの頭を非常に特殊な形に変形させることも出来ましたし、遺伝子を書き換える必要もなく、イオンチャネルに働きかける薬を使わず、とがった形や管のような形や帽子のような形の頭を生成することが出来ました。レヴィンは言いました、「生体電気信号が細胞間を行き交う仕組みを乗っ取るなり、ハッキングするなりすれば、人為的に形態変容を起こすことが可能です。しかしながら、現時点では、それを確実に実行するテクノロジーは開発されていません。」と。