ナノマシンの台頭!ナノマシンを駆使して癌細胞を駆逐できるようになる日は遠くない?

3.ナノマシンの自己複製にはリスクがある

 1989 年に、J・ドイン・ファーマー( J. Doyne Farmer )は、「 21 世紀には人工生命が台頭し、地球上で最も醜い災厄となるか、人類の最も美しい創造物となる可能性がある」と予言した。彼はマンハッタン計画の名の下に多くの科学者たちが集って原爆を開発したロスアラモス国立研究所の物理学者である。彼は、人工生命体が自己複製するように設計されたり、あるいは新しい能力を進化させるように設計されたりして、「その結果、自己修正型の自律的なツールが作られる」可能性を懸念した。それから十数年後、マイケル・クライトン( Michael Crichton )は、ナノボットの暴走を描いた小説「 Prey(邦題:プレイ)」を出版した。作中、科学者たちが医療用画像処理に使用するため、太陽エネルギーを動力源とするナノ粒子( nanoparticles )を開発するが、野心と貪欲さによってこの技術のリスクが無視されてしまう。自己複製可能で人工知能によって誘導されるその粒子は新たな特性を示し始める。最も効率的な複製方法は、人肉などの有機物を餌にすることであることを発見し、捕食者の群れとなって飛び回り始める。(ネタバレ: 主人公は最終的にナノボットに致命的なウイルスを感染させて全滅させる)

 分子マシンが病原体に対して強力であるのと同じ理由で、分子マシンは人間にとって危険であることが判明する可能性がある。人類は、自然淘汰によって分子マシンに対処する備えができていない。「生物システム( Biological systems )は、多くのナノテクノロジーの機能や能力を認識して妨害するようには進化していない」と、2019 年に学術誌「ヘルスセキュリティ( Health Security )」で 2 人の防衛専門家が主張した。2 人は、不正な科学実験よりも、危害を加えるためにナノマシンを設計する可能性のある悪質な科学者の出現を心配した。人間の身体がナノマシンほど小さなものに遭遇したことがないわけではない。火山灰、特定のウイルス、花粉や鉱物の粉塵などの最小の断片はすべて、ほぼ同じサイズである。「人間は実際に、無数のナノ粒子とともに進化してきた」と、アリゾナ州立大学のリスク・イノベーション・ラボを率い、以前は国家ナノテクノロジー戦略( U.S. National Nanotechnology Initiative )の委員を務めていたアンドリュー・メイナード( Andrew Maynard )は言う。「ナノ粒子は私たちの身の回りに常に存在している」。メイナードが指摘しているのだが、ナノマシンがナノ粒子と異なるのは、特定の目的のために設計できることである。「能動的なナノマシンの登場で、複雑な生態系に悪影響を与えるリスクを負うことになる。悪影響は長期に及ぶ可能性が高い」。

 ツアーの研究室が開発中の分子ジャックハマーにとって、エネルギー源として可視光を使うことには利点と欠点の両方がある。可視光は人間の皮膚表面から数ミリしか浸透しないため、このマシンは身体の奥深くの問題を解決するよりも、表層部分の症状を治療するのに適している。(分子ジャックハマーを作動させるのに近赤外線を使うと可視光より深くまで浸透する。ツアーの研究室は、今後の研究では近赤外線を使った研究に注力する予定である)。しかし、光は一種のオン・オフスイッチとして有用である。ツアーによれば、このマシンは作動に強い光を必要とするため、不注意で作動する可能性は低いという。また、すでに普及している技術よりも危険ではないとも主張する。彼が言うには、理論的には、誰かを押さえつけて非常に強い光を当てて身体内部の機械を作動させることができるという。それでメスを使うのと同じ効果を期待できる。ナノマシンに取り組む研究者は他にもたくさんいる。熱、酸、磁石、音波によって作動するナノマシンの実験が行われている。

 私は、ツアーに私でも分子マシンを作れるかと聞いてみた。実のところ私は、小さなロボットに指示して原子を組み立ててプラモデルを組み立てる作業を顕微鏡下で行うビデオゲームのようなものをイメージしていた。しかし、実際のプロセスは、高校時代の化学の実験に近かった。

 ツアーの研究室のポスドクのボーエン・リー( Bowen Li )は、この反応には 3 つの粉末が必要だと説明した。私が到着する前に彼が合成した 2 つの塩と、彼がネットで購入した一般的な化学試薬である。それらの学術名は、一部の香水に含まれるベンゾインドール塩( benzoindole salts )とグルタコンジアニル塩酸塩( glutacondianil hydrochloride )である。これらの成分を溶液に溶かして華氏 200 度(摂氏 93.3 度)近くまで加熱すると、化合物が融合して近赤外光に反応するハイブリッド分子が生成される。

 リーは、それぞれの粉末を正確に測ってガラス瓶に入れ、それを強火にかけた。適量のエタノールを吹き込むと、調合液は濃い紫色になった。数分後、彼はそのガラス瓶を蒸発器(練乳を作るのと同じ種類の機械)に移した。すると、森のような緑色の液体が残った。

 私はガラス瓶を空中に持ち上げた。天井の照明によって、ガラスの側面を這い上がるアリのように見える小さなスライムの飛沫が照らされた。私は、この微細なマシンがいかに単純に作られたか、そしてそれらが影響を及ぼす生物学の複雑さに驚嘆した。

「それで終わり?」と私はリーに尋ねた。その工程は 30 分もかからず、材料費はたったの 100 ドルほどだった。

彼は私を見て微笑んだ。「そうだよ」。