4.ナノマシンの実用化は遠い未来のことではない!
オックスフォード大学の物理学者のソニア・コンテラ( Sonia Contera )は、生物学的形状が機能にどのような影響を与えるかを研究している。クロロフィルの環状構造は、植物が太陽光を利用可能なエネルギーに変換することを可能にしている。人間の脳内の極細の神経繊維は認知力を高めている。コロナウイルスの王冠はコロナウイルスが細胞に侵入するのを助ける。2019 年にコンテラは 、「 Nano Comes to Life: How Nanotechnology is Transforming Medicine and the Future of Biology(未邦訳)」なる著書を出版した。彼女は、ナノテクノロジーを利用して病原体を感知するセンサーの開発に関心を持っている。さらには生物兵器( bioweapons )の開発にも関心を持っている。
今年の初め、私はコンテラに電話して治療ツールとしてのナノテクノロジーについて尋ねた。彼女が言ったのは、分子マシンの使い方を学ぶことで、生物学を最も基本的なレベルで操作する能力が飛躍的に高まるということである。「ナノスケールには特別なものがある」と彼女は言う。「ナノスケールは、宇宙が生命を創造するために選んだ尺度である」。ナノスケールは、波動や粒子といった量子の世界と、DNA やタンパク質といった生物学的世界とをつなぐ架け橋のようなものである。これまでの医薬品のほとんどは化学反応が効果の源であった。アスピリン( aspirin )は炎症誘発酵素をブロックし、リピトール( Lipitor )はコレステロールの合成を阻害する。コンテラは、ツアーとサントスの分子マシンを、化学的ではなく機械的に生命の構成要素を操作するという科学的な動きの一部と考えている。「我々は今、細胞の物理的性質に影響を与えることができるところまで来ている」と彼女は言った。
人体内に分子マシンを送り込むことで、例えば細菌が抗生物質を排出するために進化させたポンプを破壊したり、薬剤を寄せ付けない厚い細菌膜を貫通したりすることで、古くなった抗生物質を再び効かせることができるようになるかもしれない。先日、テキサス大学サウスウェスタン医療センターの研究者グループは、ナノ粒子が腫瘍周辺の分子防御を破壊できることを示した。また、彼らは遺伝子編集システムを癌細胞周辺に落とし、免疫システムを回避するために癌が使用する遺伝子を書き換えられることも示した。他にも多くの科学者が分子マシンを研究している。いつか海水からレアメタルを採取したり、大気から炭素を抽出したりする分子マシンが生み出されるであろう。ライス大学を訪れた際、私は工学、細胞生物学、臨床治療に特化した建物の間を行き来した。これはナノテクノロジーの開発において異なる科学領域が収束しつつあることを示している。
サントスに聞いたのだが、分子マシンの出現は、新たなツールを発明というよりは、新たな道具箱の創造に近いという。「私たちは、それぞれの用途にどの道具が最適かを決めなければならない」と彼女は言う。ナノマシンは、科学者が時間をかけて新しい用途を見つけてきた他のイノベーションを思い起こさせる。1960 年にレーザーが発明された後、アメリカ軍はスマート爆弾の誘導システムを改良するためにそれを使用した。現在では、眼科手術、高速インターネット、タトゥー除去などにも使用されている。もちろん、新たに発明されたテクノロジーの中には、それほど有効に利用されていないものもたくさんある。適切な数の分子マシンを適切な場所に配置し、その分子マシンが作られた目的だけを果たすようにするのは、生体内よりもシャーレの上の方がはるかに簡単である。分子マシンの中には、免疫系と相互作用を起こすものもあれば、哺乳類の細胞に有害なものもある。これらの技術が人体で試されるまでには、おそらく何年もかかるだろう。「研究室で何かが機能することを示すことと、それが人体内で機能することを証明することの間には、大きな飛躍がある」と、アメリカ国立科学財団( the National Science Foundation )の上級顧問で、国家ナノテクノロジー・イニシアティブ( the National Nanotechnology Initiative )の設立に貢献したミハイル・ロコ( Mihail Roco )は語った。「これらのナノマシンは新たな治療法のパラダイムになるかもしれない。しかし、人体は非常に複雑である。上手くいくと思っている多くのことが、効果がなかったり、害悪でしかないことが判明するかもしれない。それでも、たとえ期待通りのものが得られなかったとしても、役に立つことを学ぶことはよくある。この先、人類に利益をもたらすかもしれない知識を前進させるしかない」。
サントスが蛾の幼虫を操る力を行使した後、私たちはキャンパスの中庭を一緒に歩いた。研究室にいた時間が長かったので、明るい太陽とパステルブルーの空が心地よかった。リスが木に登り、蜂の羽音が聞こえた。私は科学の進化の歴史に思いを馳せた。科学の進化が最も単純な細胞から、分子マシンの実験を行っている人間に至るまで、あらゆるものを形作っているのである。自然を支配する力は、人類を特徴づける特質の 1 つであり、最も破壊的な特質の 1 つでもある。
歩きながら、私はサントスに、彼女の研究が祖父のような患者に届くことはないかもしれないという見通しについて尋ねた。医学研究のほとんどは失敗する。特に、それが確立された科学的実践から大きく逸脱している場合はそうである。「私は期待を控えるようにしている」とサントスは言った。「でも、決して不可能ではないという確信もある」。ある意味で、彼女の研究は進化の過程を再現しているのだと彼女は言う。分子マシンは私たちの周りにたくさん存在している。個々の微生物を推進させる鞭毛、 DNA を解凍する酵素、細胞間で荷物を運ぶタンパク質などである。「私たちは何か新しいものを発明しているわけではない」と彼女は言った。「私たちは自然界ですでに起こっていることからインスピレーションを得ているだけである。今、私たちは物語がどのように展開するかについて、より多くの発言権を得た状態にある」。♦