暗号資産業界の凄まじいロビー活動?どんだけお金つぎこむ?無敵やな?逆らえる政治家なんていないわ!

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 シリコンバレーのテック業界のロビー活動が洗練され、高効率になったように見える。2 つの側面がある。1 つは、現代の民主主義がどのように機能しているかを如実に示しているとみなすことができる。著名な民主党寄りのコンサルタント、ピーター・ラゴーン( Peter Ragone )は、「これまでのように一部の金持ちだけで密室でものごとを決めていた状況よりも、多くの有権者が関与して自分たちの手で決めること、規制について意見をぶつけ合い、公の場で意見を述べることを厭わないことを望む」と述べた。アメリカの民主主義は誇るべきもので、婚姻の平等( marriage equality:同性結婚を認めること)、普通選挙( universal suffrage )、環境保護( environmental protections )のための闘いなどでは尽く正しい選択をしてきたと言える。それらの政治闘争で正義が勝利した源泉は、強固な資金力と強固で粘り強い支持者にあった。これらはテック業界にも備わっているものである。しかし、有権者の多くが政策に賛成しない限り、どんなに資金を投じても選挙で思い通りの結果を得ることはできない。「どんなに金持ちでも、過半数、もしくは過半数に近い人の賛同が得られなければ、選挙に勝利することはできない」とラゴーンは語った。この視点に立てば、暗号資産業界のロビー活動は、多くのアメリカ人がしていることと同様で、自らの大義のみをことさらに主張しすぎている。連携して自分たちの声が確実に有権者に届けられるよう奮闘している。

 テック業界のロビー活動のもう 1 つの重要な側面は、アメリカの統治と立法のシステム全体に腐敗の兆候が見られるということである。つまりが金銭によって歪められており、億万長者以外は議論に影響を与えることがほぼ不可能になっている。この国でほんの一部の技術者や金持ちの集団に莫大な富が蓄積していることを考えると、そうした状況は非常に危険である。シリコンバレーに対する多くの批評家の見方では、今日のスタートアップ企業の創業メンバーやベンチャーキャピタリストたちは、一昔前の成金( nouveaux )のように、自分たちの築いた富を利己的な目的のために使っている。それは、彼らが一世紀前の泥棒男爵( robber baron:寡占もしくは不公正な商慣習を利用して産業を支配し、莫大な私財を蓄えた実業家や銀行家の蔑称)や超巨大企業がしていたことと同じである。偶然ではないが、当時ほど所得格差が広がった時代は無かったのだが、足元では急速にそれに近づきつつある。

 一方、ルヘインは、アメリカの政治システムが欠陥だらけであることを認めつつも、自分がそれを改善していると信じている。彼が成功できたのは、より良く、より公平な世界の構築に尽力する多くの才能ある同僚と働いたからにほかならないと彼は語った。「私が常に考えていることは、『大きなナイフを持っていない人たちに、アメリカ経済からできるだけ大きな果実を切り取るためのもっと大きなナイフを与えることはできないか』ということである」と彼は語った。彼の主張では、Airbnb は大規模なホテルチェーンと戦うことで、教師や看護師などの普通の人たちが空いた寝室を貸すことを可能にし、副収入を得られるようにした。コインベースは、多くの人々に大手銀行の煩わしい手数料を回避する方法を提供した。多くの既得権益業界は、一般大衆を犠牲にして自分たちの利益のために政治を利用してきた。そんな中でテック産業のスタートアップ企業などが自社や業界の利益のために奮闘することは何らアンフェアではない、と彼は主張する。彼の主張の根底には、テック業界が賢明に規制されれば、力のない人々が分け前を得るのを助けることができるという熱い信念がある。

 ルヘインを突き動かす熱い信念は、彼を大金持ちにした(彼は、どれくらい裕福になったかは明らかにしていない)。「非常に傲慢な男だと思われるリスクを冒して言うと、私には能力があり、大金持ちになるための手段は他にいくらでもあった」と彼は語った。彼が頑張れているのは、正義の為に戦わねばならないという使命感であるという。彼の X のプロフィール欄には、ボクシンググローブをはめ、パンチを打ちながらやにやしている写真が投稿されている。

 8 月に人工知能大手の OpenAI は、グローバル事業担当副社長としてルヘインを雇用すると発表した。彼が Airbnb やコインベースで戦ってきたような、イデオロギー的な対立軸が明確になりやすい戦いとは異なり、人工知能をめぐる政治的な戦いはより不透明である。しかも、まだ始まったばかりである。テック業界自体が一枚岩ではないし、その内部には多くの利害関係者がいて対立も少なくない。例えば、マーク・アンドリーセンは、基礎となる AI 技術に対する追加規制をほとんど、あるいは全く設けないよう求めてきた。その理由は、彼らが昨年制作した動画で明確に示されている。人類に利益をもたらす可能性のある技術の開発を妨げることは「殺人の一形態である」と主張している。つまり、「 AI を減速させることは、人類全体が損失を被る」ことである。また、彼が明言せず言外にほのめかしたのだが、AI に規制を設ければ、彼や他のベンチャーキャピタリストが急成長企業に投資することがより困難になり、巨額の利益を得られなくなる可能性もあるという。

 アンドリーセンの対極には、自分たちの発明品が間もなく人類の大半を絶滅させるほど強力になるかもしれないと信じている AI エンジニアの集団がいる。彼らは、一部の最も賢明な天才科学者だけがこの神秘的な錬金術に関与できるようにするための規制が急務であると主張する。理由はわからないのだが、このような主張をする科学者たちは、揃いも揃って自分がそのような少数の賢明な科学者の 1 人に該当すると信じている。AI 開発に関する彼らの「より責任ある」ビジョンは、不思議なことにしばしば彼らが属するスタートアップ企業のビジネスプランと一致する。

 中間的な立場にいるのが、ルヘインと OpenAI である。同社は 7 月に最初の攻撃を仕掛けた。CEO のサム・アルトマン( Sam Altman )がルヘインの支援を得てワシントン・ポスト紙( Washington Post )に論説を掲載した。AI 規制をめぐる戦いを民主主義と権威主義体制の対立のように描写した。「結局のところ、民主主義的国家の AI は権威主義的国家の AI をリードしている。なぜなら、アメリカの政治システムが自国の企業、起業家、科学者に力を与えているからである」とアルトマンは書いている。だが、そのリードは保証されたものではなく、連邦議会が OpenAI のChatGPTチャットボットのような重要なソフトウェアの進化を奨励し、「最低限のルール」と「 AI の開発の規範」のような大原則のみを制定することを優先した場合にのみ、そのリードは守られると彼は続けた。アルトマンによれば、OpenAI はデータのセキュリティと透明性に関する現実的な規制を受け入れる用意があり、AI の開発と使用を規制する政府機関の設立を支持しているという。

 アルトマンの主張は高尚に聞こえるかもしれないが、当然ながら、アルトマンの立場はいくぶん利己的でもある。OpenAI のライバルで同社よりも規模の小さい企業からすると、そのような規則や規範は高価で面倒なものに感じられるし、OpenAI よりも遵守する際の難易度は高いだろう。この論説は、ルヘインが知恵を働かせたもので、AI と規制の構図を上手く再定義したと言える。巨大 AI 企業と小規模なスタートアップ企業の競争や、急速な技術の飛躍と遅速だが確実な進歩との間の避けられない緊張について語るのを意図的に避け、アルトマンは AI の戦いを善と悪の戦いとして描き直した。そして、この筋書きでは、シリコンバレーは高潔なスーパーヒーローの故郷である。

 AI 業界を観察する者の中には、このような見方を皮肉に思う者もいる。ブラウン大学でコンピューターサイエンスを教えるスレッシュ・ヴェンカタスブラマニアン( Suresh Venkatasubramanian )教授は、データプライバシーと透明性に関する規制、およびアルゴリズムによる差別に対する保護を訴えるホワイトハウスの「 AI 権利章典の青写真( Blueprint for an AI Bill of Rights )」の共著者である。彼は私に語った、「 OpenAI は、著作権で保護された資料の窃盗疑惑について話したがらない。これは明らかに反民主主義的であり、事実であれば、間違いなく反米的である」( ChatGPT は、著作者に対価を支払うこともなく、ほとんどの場合、その著作者のクレジットを入れることもなく、インターネット上の情報を吸い上げて開発された)。 さらに、アルトマンの再定義については、どのようなプライバシー規制が AI に適用されるべきか、AI データセンターの環境コストを誰が負担すべきかといった、民主主義国家で様々な意見が噴出する可能性のある重要な問題を無視している。

 しかし、アルトマンを強力な政治的代弁者として前面に押し出すというルヘインの戦略は、OpenAI と AI 業界全体が、今後何年もアメリカの政治的対話に影響を与え続けることを保証している。ヴェンカタスブラマニアンは私に言った。「目的はテーブルの席を確保することである。そうすれば、物事がどう進むかについて影響力を持つことができる」。AI 業界の影響力はすでに多くの州都で感じることができる。人事管理関連に強みがあるソフトウェア業界の巨人であるワークデイ( Workday )は、職場における「自動意思決定ツール( automated decision tools )」に関する法律の抜け穴と巧妙な抜け穴となりうるものを追加するよう、いくつかの州でロビー活動を活発化させている。ワークデイは、従業員採用のための AI 搭載ソフトウェアを販売している。そうした企業は、人種差別やその他の偏見に関する訴訟から実質的に免除されている。なぜならば、訴訟当事者が求職者を不採用にした決定的な要因が AI にあることを証明することがほぼ不可能だからである。「すべては、法律のたった 1 つの文言に帰着することになる」とヴェンカタスブラマニアンは言う。「もしあなたがそのテーブルにいて、会話に参加できれば、重要な文言を法案に入れることも、法案から外すことも可能である」。

 ルヘインでさえ、AI 業界のロビー活動はまだ初期段階にあることを認めている。どこを重点的に攻めるかがまだ定まっていない。業界内の勢力図も絶えず変化しており、同盟関係も敵対関係も常に変化している。しかし、今後もシリコンバレーが巨額資金を投じてロビー活動を続けることだけは確かである。テック業界の後ろには巨大な数のユーザーもいる。それは政治家にとって魅力的に見えるわけで、大きな武器となる。

 こうした状況もいつか終焉を迎えるかもしれない。金ぴか時代( the Gilded Age:19 世紀後半の未曽有の経済膨張が見られた時代 )の泥棒男爵( robber barons:不公正な商慣習を利用して産業を支配し、違法に莫大な私財を蓄えた資本家)は最終的には倒された。20 世紀の産業僭主( industrial tyrants )は時とともに恥をかかされ、消えていった。最も有名なテック企業であるGoogle、Apple、Meta、Amazon 

は、右派からも左派からも忌み嫌われる存在( bêtes noires )となった(とはいえ、これまでのところ、それが利益に悪影響を与えたり、幹部が脅迫されたりするような事態は発生していない)。困難な時と栄える時を幾度も経て民主主義が勝利するかもしれない。テクノロジーに関する唯一の不変の真実は、変化は避けられないということである。テック業界の企業のほとんどは「これまで政治に関与することなく運営されてきた」と、アンドリーセンは政治的中立の終了を発表した際に記している。今後、彼はテック業界に歯向かう候補者を徹底的に叩くことになる。アンドリーセンは、他の選択肢は考えられないと言った。「ソビエトの古いジョークがある。『あなたは政治に興味がないかもしれないが、どっこい政治はあなたに興味を持っている』」 。♦

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