Good Intentions October 25, 2021 Issue
Stanford Takes on the Techlash
(スタンフォード大学のTechlashに対する取組み)
With more and more students becoming dorm-room C.E.O.s, three professors cooked up an ethics class for the coding set.
スタンフォード大学では多くの学生が起業を目指して研究を続けていますが、そうした学生向けに3人の教授がテクノロジーと倫理に関する講座を開設しました。
By Andrew Marantz October 18, 2021
2015年の秋、スタンフォード大学の政治学教授であるロブ・リーシュは1人の学部1年生と話をしていました。リーシュは、その時のことを思い出して言いました、「私は彼に何を勉強するつもりか尋ねました。すると彼は、『間違いなくコンピュータサイエンスですね。将来起業することを検討していて、いくつかアイデアもあるんですよ。』と、答えたんです。」と。リーシュは、その時、世間話の延長のような軽い感じで、どういったアイデアがあるのか聞いてみたそうです。するとその学生は、リーシュに対して言ったそうです、「先生にアイデアをお聞かせしても良いのですが、その前に私はあなたと秘密保持契約を締結する必要がありますね。」と。
その学生はスタンフォード大学で学んだことをきっかけにして、後に起業してIPO(新規株式公開)を果たしました。スタンフォード大学で学んで後にIPOを果たす学生は彼以外にも沢山いました。1939年には卒業生2人がヒューレットパッカード社を設立しました。また、1996年に博士課程に在籍していた2人がGoogle社を設立しました。最近行われたある研究によれば、スタンフォード大学の卒業生によって設立された全ての企業で国家を形成した場合、その国の経済規模は世界で10番目の大きさになるとのことでした。長い間、スタンフォード大学のキャンパスでは、ビッグ・テック(Big Tech)は間違いを犯すことはないという空気が支配的です。ですので、キャンパス内にあるゲイツ・コンピュータサイエンスセンターの建物付近でインスタグラムやパランティア社(ペイパル創業者のピーター・ティールが設立したデータ分析企業)の採用担当者が学生を青田刈りしようとしていても誰からも咎められません。また、世間では2016年以降、”techlash”(テックラッシュ)なる語がもてはやされたりしましたが、ここスタンフォード大学のキャンパスでは、ビッグ・テックを良しとする空気は全く弱まっていません。テックラッシュとは、technologyと backlash(反発)の合成語でグーグル、アップル、アマゾン等の米国巨大IT企業に対する米国や世界の反発を意味するデジタル分野の新語です。その語がもてはやされるようになった背景には、デジタル革命によって、ブリトーが効率的に配送される等の恩恵がもたらされたものの、同時に不具合ももたらされることを多くの人々が認識するようになったことがあります。そうした人々は、デジタル革命によって、西洋の民主主義が瓦解しててしまうのではないかと危惧しています。
リーシュは、スタンフォード大学はデジタル革命がもたらす文化的、社会的変化に上手く適応していると認識しています。彼が言うには、医者とか弁護士が専門知識を有した上で職業的倫理観を持って自らを律しているように、スタンフォード大学を出てデジタル革命に関与している者たちも専門知識を持った上で高い倫理観を維持しているとのことです。しかし、実際には、スタンフォード大学を出てシリコンバレーの巨大企業に加わる者は、何の資格も取得する必要はありませんし、高い倫理観を持つことを求められることもありません。
そうした状況を受けて、リーシュはスタンフォード大学教授の2人に連絡をとって新しい講座の開設を計画しました。1人はメヘラーン・サハミ(コンピューター科学者で以前はGoogleで働いてた)、もう1人はジェレミー・ワインスタイン(オバマ政権時に国家安全保障評議会委員を務めた政治学者)でした。2人に共同で学際的な講義をしてもらうように依頼しました。それで、2019年に、”コンピューターと倫理と公共政策講座”が立ち上がりました。それが立ち上がった時には、スタンフォード大学の学生向けサイトでもトップページで取り上げられ、その講座は「テクノロジー関連の倫理コースは、責任を持って行動し、物事をより深く考えるよう促す」ものであると紹介されていました。その講座では、ケーススタディー形式で政策のもたらす功罪両面を分析したり、デジタル技術によって倫理的な問題が引き起こされ無いようにする為にはどうすべきかを議論したりしました。初年度(2019年)には学部生300人がこの講座を受講しました。
その後、新型コロナの影響で講座は通常の形で行うことが出来なくなりました。しかし、スタンフォード大学らしくデジタル技術を活用してその局面に対処することとなり、Zoomを使って講義を継続することとなりました。Zoomを使って講義を行うための特注のスタジオが作られました。そこには、3台のカメラ、照明器具がありました。壁の一面がモニターになっており、そこには数百人の講義を受ける学生の顔が映されました。1台のカメラは入口のガラスの引き戸を向いており、教授陣が講義のために入室する姿を捉えます。最近の講義では、リーシュがその部屋に入った後でマスクを外して講義を始めました。その際に1973年のアーシュラ・K・ル=ギンの小説を題材にしました。それは“The Ones Who Walk Away from Omelas(邦題:オメラスから歩み去る人々)”でした。ル=ギンの中短編集”The Winds Twelve Quarters(邦題:風の12方位)”に納められている短編でした。ル=ギンはその作品はユートピアとディストピアについての物語だと言及していました。オメラスは全ての市民が楽しく平和に暮らす街でした。しかし、オメラスの全ての人の幸福と平和を守るためには、1人の可哀そうな子どもを虐待して地下室に閉じ込め続けなければならないというおぞましい条件がありました。そこに住む市民がその秘密を知ると、さまざまな反応が見られました。自分たちの幸福を維持するために1人の子供の犠牲を黙認しようとする者もいました。多くの者は1人の子供の犠牲を黙認すべきでは無いと抗議してオメラスを立ち去りました。リーシュは生徒たちにズームのチャット機能を使って討議するよう指示しました。最初に討議されたのは、オメラスを去った人たちをヒーローだと思うか、それとも臆病者だと思うかということでした。リーシュは、ズームの投票機能を使って4つの選択肢を提示して選ばせました(ちなみに選択肢は、ヒーロー、臆病者、両方に該当、いずれでもないの4つでした)。チャット機能を使って非常に活発な議論が為されました。議論の中で、沢山の意見が出ました。ユウナ・ブレイジャ・デラ・ガルサは「臆病者たちが去った後に残るのは、多数派による専制政治だ!」と言いました。マヤ・ジッブは「優雅なユートピア維持のためとはいえ、誰かを生贄として差し出すことは許されない!」と言いました。しかし、投票結果が集計されることはありませんでした。その前にシステムがフリーズしてしまったからです。リーシュは言いました、「たとえどんなに素晴らしい試みに取り組んでいても、それがテクノロジーの限界によって完結しないことがあります。残念ながら、そうしたことはしばしば起こり得ることです。」と。
先月、リーシュとサハミとワインスタインは1冊の本を発行しました。“System Error: Where Big Tech Went Wrong and How We Can Reboot.”(本邦未発売。”システムエラー:ビッグテックの失敗と仕切り直し”くらいの意か?)という題名でした。その本は、ジョシュア・ブラーダーに関する記述から始まっていました。ブラーダーは2015年にスタンフォード大学に入学した人物です。入学して3カ月後に、世界初のネット上の「ロボット弁護士」を一人で作りました。そして、駐禁の異議申し立てを支援するチャットボット「DoNotPay」を公開しました。その後、スタートアップ企業のDoNotPay社を立上げ、現在はそのCEOを務めています。現在、その会社の株式時価総額は2億ドル以上に膨らんでいます。本を書いた3人は次のように記しています、「ブラーダーは悪意のある人物ではありません。しかし、新しいテクノロジーがもたらす可能性のある悪影響について十分に考慮するという意識が弱いように感じられます。そうした意識が弱いのは残念なことですが、IT関連のスタートアップ企業を興す者に共通して見られがちなことです。DoNotPayというチャットボットは、人々が駐禁の違反金を払わないことを助長するものですが、それによって維持するための資金が減ってしまうので道路はガタガタになってしまうでしょう。」と。そんな記述があることを知ったブローダーはツイッターに投稿しました、「私はサハミ教授とリーシュ教授の授業をスタンフォード大学で受けたことがありますが、共に素晴らしい内容でしたので2人とも尊敬していました。ですので、2人が著書の最初の章全体を費やしてDoNotPayを批判していることを知って驚きました。」と。
そのツイッターの投稿を見てサハミは「著書を読んでくれてありがとう」と応じました。
ブローダーはそれを見て応じました、「教授たちの講座で時間をとってもらって、私も参加させてもらって討論したいと思います。その際にはさまざまなデータを提供することもやぶさかではありません。」と
z♦
以上
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