アルゼンチン ハビエル・ミレイが大統領選勝利!インフレ退治のためのペソ・ドル置換計画は上手く機能するか?

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The Free-Market Fundamentalism of Argentina’s Javier Milei
アルゼンチンのハビエル・ミレイの自由市場原理主義


The President-elect, a right-wing populist with authoritarian instincts, has been compared to Donald Trump, but his radical views on the economy set him apart.
権威主義的な本能を持つ右翼ポピュリストである次期大統領はドナルド・トランプと比較される。しかし、経済に対する彼の急進的な見方はトランプとは異なる。

By John Cassidy November 21, 2023

 月曜日(11月20日)、南米第二の経済大国の次期大統領に極右の急進派ハビエル・ミレイ(Javier Milei)が選出された。多くの政治評論家(そして多くのアルゼンチン人)が不安げにその動向を見守る中、多くの投資家たちが歓喜に沸いた。ニューヨークでは、アルゼンチンの株式価格と債券価格が急騰した。アルゼンチンの政府系石油会社YPFの株価は40%上昇した。ギア・キャピタル・マネジメント(Gear Capital Management)の創設者ホルヘ・ピエドラヒタ(Jorge Piedrahita)はブルームバーグに、「これは新たな出発のチャンスだ」と語った。

 たしかにアルゼンチンは経済的に再出発することが可能となるだろう。100年前、蒸気船の開発によって牛肉や生鮮食料品がヨーロッパや北米に輸出できるようになった後、アルゼンチンの一人当たりGDPは多くの西欧諸国と肩を並べた。しかし、現在では大きく遅れをとっている。2000年以降で3度にわたって債務不履行に陥っている。ここ数年、長引く干ばつで農業部門は壊滅的な打撃を受けている。同国経済は不況に陥り、インフレ率は142.7%に達した。アルゼンチン国民の4割が貧困状態にあり、過去4年間でアルゼンチン・ペソの価値は米ドルに対して90%以上も下落した。

 ミレイは53歳の経済学者である。元々は深夜のテレビ番組に出演していた。それで有名になった。彼は、アルゼンチンの経済的苦境の原因をアルゼンチンの既得権層と政治体制にあると非難し、現状の打破を約束した。彼は、過去20年間政権を担ってきた中道左派の正義党を集中的に非難したが、2015年から2019年まで政権を担っていた中道右派のマウリシオ・マクリ(Mauricio Macri)政権についても保守的ではないとして批判した。彼が公約として有権者に掲げたのは、政府支出の削減、減税、政府規制の強化、アルゼンチン・ペソの米ドルへの置き換え、中央銀行を含むほとんどの政府機関の廃止だった。「今日、アルゼンチンの退廃の時代は終わりを告げる。」と、彼は勝利演説で高らかに宣言した。

 ミレイは、権威主義的支配者を礼賛する右派ポピュリストである。それ故、彼をドナルド・トランプと比較する報道も少なくない(彼は1974年から1983年にかけて何千人ものアルゼンチン人を殺害した軍事独裁政権の犯罪を軽視している)。しかし、経済政策に関して言うと、両者には全く類似点がない。ミレイとトランプはともに経済ナショナリズム(国家による経済活動の統制を重視する政策や、それを支持するイデオロギー)を掲げている。トランプは保護主義を掲げ、製造業者に工場を国内に移すよう指示を出していたが、その点でミレイは違う。アルゼンチン経済にはそんなことをしている余裕はない。ミレイの強硬な経済自由主義に知的インスピレーションを与えた人物には、ミルトン・フリードマン(Milton Friedman)とロバート・ルーカス(Robert Lucas)というシカゴ大学の名高い経済学者や、あまり有名ではないが、オーストリア学派の経済学者で自由市場無政府主義の理論体系を提唱したニューヨーカーのマレー・ロスバード(Murray Rothbard)がいる。ちなみに、ミレイは5匹のマスティフ犬を飼っている。そのうちの4匹はミルトン、ロバート、ルーカス、マレーと名付けられている。5匹目は英雄コナンにちなんでコナンである。

 ミレイはブエノスアイレスで育った。プロサッカーチームのチャカリタ・ジュニアーズ(Chacarita Juniors)のゴールキーパーとして短期間活躍した後、経済学に転じて2つの修士号を取得し、金融世界大手英HSBCを含むいくつかの金融機関に勤務した。ミレイは、9月にエコノミスト(The Economist)誌のインタビューで語ったのだが、1995年に亡くなったロスバードの論文を読んだことがきっかけで、無政府資本主義者(anarcho-capitalist)、つまり自由市場の自治を重視し、福祉国家は敵であると考える人物に変わったのだという。ミレイは、いまでも無政府資本主義(anarcho-capitalism)を信奉しているが、その哲学を実践することの難しさも認識していると語っている。つまり、現実的な言い方をすれば、彼はミナーキスト(minarchist:最小政府主義者) である。国家の機能を防衛と法の執行に限定することによって、国家を可能な限り小さくするべきであると主張している。

 ミレイは自由市場原理主義(free-market fundamentalism)を信奉している。したがって、MAGA(アメリカを再び偉大に)を標ぼうするトランプよりも、レーガノミクスを推進したレーガンに立場が近い。それに近い立場の者がこれまでにしばしばラテンアメリカには登場している。1971年代から80年代にかけて軍事政権を率いて強権政治でチリ経済を自由化したピノチェト将軍下のシカゴ・ボーイズ(シカゴ大学出身のエコノミストたちで新自由主義政策を導入した)や、1990年代にペソをドルに固定し新自由主義政策を掲げたアルゼンチン経済相ドミンゴ・カバロ(Domingo Cavallo)らである。ミレイは彼らの正統な後継者である。しかし、1人の経済評論家として、あるいは、大統領選の候補者として急進的な政策を掲げるのと、それを実行するのは全く別のことである。特にアルゼンチンのように分断された国では、そうである。

 ミレイがクリアしなければならないハードルは非常に高い。大統領令による政策の実行が否定されているので、中道右派と中道左派の2政党が多数を占める上下両院の承認を得なければならない。仮にマクリ元大統領率いる中道右派の政党「変革のために共に(Together for Change)」が下院でミレイの提案を支持したとしても、上院で正義党(the Peronists)の一部も取り込む必要がある。それは容易なことではない。

 こうした政治的現実を踏まえると、ミレイは年金カットや生活保護費削減を含む超緊縮財政政策を押し通すのに四苦八苦するだろう。また、彼が公約として掲げた目玉の政策である「ドル化(dollarization:ペソをドルに置き換える)」も実現の見通しは立たない。経済学者としての彼の主張は単純である。彼が喝破したのだが、アルゼンチンのインフレ問題の根本原因は、経済的困難に直面するとあらゆる政党の政治家がいつでも印刷機に頼ってきたことにあるという。無闇矢鱈とお札を刷れば問題が解決するわけではないのだ。また、アルゼンチン中央銀行を廃止し、ドルを唯一の法定通貨とすれば、インフレが発生する余地は無くなり、政府は収支を均衡せざるを得なくなるという。既にラテンアメリカの他の3カ国がドル化を実施済みである。エクアドル、エルサルバドル、パナマである。しかし、その3国の経済規模がアルゼンチンよりはるかに小さいことを考慮しなければならない。

 ミレイが指摘しているのは、アルゼンチンが過去に同じようなことを実施しているということである。1990年代初頭にカルロス・メネム(Carlos Menem)大統領時代の経済相カバロがハイパーインフレを抑えるためにペソをドルに固定する完全兌換化を実施した。同時にレート維持には外貨準備を充当し、新規通貨発行を外貨準備で裏づけるという、一種のカレンシーボード制を導入した。数年でインフレ率は1,000%超から20%未満に低下した。カバロの兌換制度に対してミレイが1つだけ批判していることがある。それは、ペソの流通を維持し続けたことである。それは兌換制度が廃止される可能性を残してしまう。実際、2002年に廃止されてしまった。ミレイのドル化計画では、アルゼンチン人は最終的にすべてのペソをドルに交換しなければならなくなる。

 ミレイの提案には多くの潜在的な問題がある。非常に基本的な問題も1つある。そもそも現在、アルゼンチンにはドル化するのに必要なドルがない。多くのアナリストが指摘しているが、アルゼンチン中央銀行の外貨準備高はマイナスである。つまり、アルゼンチンが保有する外貨よりも、借金の方が多いということである。数カ月前、国際通貨基金(IMF)の元高官アレハンドロ・ヴェルナー(Alejandro Werner)はブルームバーグに対し語った、「ドル保有無しでのドル化は、ナイキのスニーカーを製造しておらず、それを購入する資金もないのに、全国民にナイキのスニーカーを履かせたいと言っているようなものだ。不可能だ」。

 ミレイのアドバイザーを務める経済学者で歴史家のエミリオ・オカンポ(Emilio Ocampo)は、ドル不足はそれほど問題にならない可能性があると主張する。「アルゼンチンの国民は2,000億ドル以上のドル紙幣を銀行の貸金庫や自宅の マットレスの下 に隠している。」と、オカンポは主張する。「これは……ある意味、自然発生的なドル化と言える」。しかし、そのようにドルがたんまり貯めこまれているのが事実だとしても、ほとんどすべての経済専門家は、ミレイの計画を実現するには、アルゼンチン政府が海外から多額のドルを借り入れる必要があると考えている。ミレイもこうした問題は認識している。「もし誰かがやってきて300億ドルの現金をくれれば、1日で全てを解決できる。」と彼はエコノミスト誌(The Economist)とのインタビューで語った。「もし300億ドルの現金がもらえなければ、1日では解決できない」。

 では、ミレイは何とかして必要なドルを調達することができるのか?既にアルゼンチンは国際通貨基金(IMF)に400億ドル以上の借金がある。その大半はマクリ大統領の任期中に借りたものである。その結果、ワシントンを拠点とする金融機関がドル化に必要な資金を提供してくれる可能性は非常に低い。近年、アルゼンチンは中国からも多額の借金をしている。しかし、ミレイは熱烈な反共主義者である。彼はアメリカやイスラエルとの同盟を強化したいと考えている。(彼は、ローマ・カトリックからユダヤ教への改宗を検討している。)

 仮にドル化が実現できたとしても、いずれ大災害に陥る可能性は残る。1990年代後半にカバロの兌換制度がまだ機能していた頃、ドル(つまりペソも)の価値が急上昇した。それで、世界の貿易市場でのアルゼンチンの輸出力は急速に失われた。アルゼンチン経済は深刻な不況に陥り、資本が国外に流出し始めた。2001年にカバロが経済相に復帰したが、資本逃避は加速した。最終的に、銀行からの預金引出制限措置を発動しなければならなくなった。2001年12月、ブエノスアイレスやその他の都市で暴動が発生し、カバロは辞任した。フェルナンド・デ・ラ・ルア(Fernando de la Rúa)大統領も辞任した。その直後、アルゼンチンは債務不履行に陥り、最終的に兌換制度を放棄した。

 こうした失敗は、第一次世界大戦後の数十年間で、19世紀の金本位制の復活を主張した多くの西側諸国の政府が経験したことでもある。硬直的な通貨体制は、インフレ対策としては効果的かもしれない。しかし、国内外で発生するさまざまな経済ショックに対応する能力を奪う。また、完全なドル化をして中央銀行を廃止すると、最後の貸し手がいなくなってしまう。それは、アルゼンチンの金融システムを著しく脆弱にするだろう。

 「ドル化は潜在的に危険な『出口なし(no exit)』戦略である。」と、米財務省元高官で国際通貨基金(IMF)元米国代表理事のマーク・ソーベル(Mark Sobel)はミレイの提案についての記事に記している。「経済を立て直すという大変な作業から国民の関心を一時的にはそらすことができる。しかし、大規模な景気後退と債権暴落の種が蒔かれるだけである」。ワシントンに本拠を置く進歩的シンクタンクのアメリカ経済政策研究センター(Center for Economic and Policy Research)のラテンアメリカ専門家のマーク・ワイズブロ(Mark Weisbrot)によれば、アルゼンチンは深刻な経済問題に直面しているにもかかわらず、経済状況をさらに悪化させる自虐的なアプローチを採用しようとしており、それは狂気の沙汰としか思えないという。既にアルゼンチンは経験したことがあるわけだが、事態をさらに悪化させるだけである。

 あくまで、そうしたことはミレイの計画が実行に移された場合の話である。しかし、議会は分裂しており、議会での彼の立場も非常に弱い。月曜日(11月20日)にフィナンシャル・タイムズ(the Financial Times)紙のラテンアメリカ担当編集者マイケル・ストット(Michael Stott)は、「ドル化計画を含む彼の提案の多くは、少なくとも短期的には日の目を見ることはないだろう。」とコメントした。歯に衣を着せず激しい批判を繰り返して選挙戦を戦ったミレイのような人物が、盗賊と揶揄していた議員たちに対して頭を下げるだろうか?彼は、エコノミスト(The Economist)誌とのインタビューで語った、「もし議会が私の提案を阻止するならば、その時は、我々が必須と考える構造改革について国民投票にかけるつもりである」。どうやら、ミレイは自ら掲げた急進的な政策を簡単には手放しそうにない。♦

以上