Letter from Siberia January 17, 2022 Issue
The Great Siberian Thaw
シベリアの永久凍土の融解
Permafrost contains microbes, mammoths, and twice as much carbon as Earth’s atmosphere. What happens when it starts to melt?
永久凍土には、微生物やマンモスだけでなく、大気に含まれている量の2倍の炭素が閉じ込められています。それが溶解し始めると大変なことになります。
By Joshua Yaffa
1.シベリア 永久凍土が溶け始めた
ロシア北東部のヤクート上空を飛行機で飛び越えた時、私は眼下に北方林の濃い色合いと草原の淡い色が混ざり合っているのを見ました。私は、アントノフ2の機内にいて、硬い金属製のシートに座っていました。アントノフ2は、単発の複葉機でソ連時代にはククルーズニク(ロシア語で”とうもろこし男”の意)と呼ばれていました。その複葉機は、カラマツとシベリアマツが織りなす森林と泥色の湖の上を、ごう音を立てながら飛んでいました。機上の薄汚れた舷窓から見る限りでは、眼下に広がる大地の息吹を感じることはありません。しかし、そこに見える大地は確かに呼吸しており、大量の二酸化炭素を吐き出し続けています。
300万年前、北極点あたりから大陸のような巨大な氷棚が拡がって、シベリアの気温は摂氏マイナス62度まで下がり、広大なエリアの土壌が凍結しました。その後、地球は氷河期と間氷期を繰り返し、その凍土の多くは、解けては凍るということを何度も繰り返しました。1万1,500年前に、最後の氷河期が間氷期に変わり、それが今も続いているわけですが、気温は上昇し始めました。そんな中でも、一年中凍ったままの土壌もあります。それが永久凍土です。現在では、北半球の陸地面積の4分の1にあたる900万平方マイルの土地の下に永久凍土が存在しています。永久凍土が一番多い国はロシアです。ロシアでは、地表の3分の2を永久凍土が占めています。
ヤクートは、永久凍土の深さが1マイル近くもあるのですが、産業革命以降で年間平均気温が2℃以上も上昇しました。それは、世界の平均の2倍です。気温が上昇したので、地表の温度も上がりました。ヤクートでは森林伐採が進み、山火事が頻発するようになって深刻な問題となっています。土壌の表層を保護する役目を果たしている植生が減ってしまい、地下の永久凍土の温度も上昇しています。
数千年に渡って、シベリアの凍土は、あらゆる有機物を飲み込んできました。木の切り株等の植物だけでなく、マンモス等も飲み込んでいます。永久凍土が解けてしまうと、凍土の中で眠っていた微生物が目を覚まし、解凍された生物由来の有機物を食べて代謝し始めるでしょう。それは、ちょうど冷凍庫の電源を切って扉を開けたままにして1日後に戻ってきた状態と似ています。冷凍室の奥にある鶏胸肉が腐り始めるように、微生物が活発に活動を始めます。冷凍室の場合と違って、永久凍土が解ける際には、眠りから覚めた微生物の活動によって、二酸化炭素とメタンガスが絶えず放出されることとなります。科学的な分析がさまざまな形で行われているのですが、永久凍土には1兆5,000億トンの炭素が含まれていると推定されています。それは、現在地球の大気中に含まれている量の2倍に相当します。
永久凍土が気候変動に与える影響を研究している気象学者トロフィム・マキシモフもアントノフ2に同乗していて、私の隣のシートに座っていました。しきりにコックピットで操縦しているパイロットに指示を出していました。月に一度、ヤクート上空の温室効果ガス濃度を測定するために、マキシモフは飛行機をチャーターしています。彼が言うには、シベリアは凍土の融解による悪循環に陥っているそうです。つまり、永久凍土が解けることで温室効果ガスが放出され、気温が上昇することで、さらに永久凍土が溶けるという無限ループになっています。彼は私に言いました、「これは純粋な自然現象です。工場の稼働や自動車の排気ガスなど人類の活動が原因であれば対策することが可能でしょう。しかし、そうではないのですから、この無限ループがいったん始まったら人為的に止めることはできないのです。」と。
飛行機の翼に取り付けられたホースを通して、機内の床に並べられた12個のガラス製シリンダーに空気が取り込まれるようになっています。マキシモフは、長期間に渡って温室効果ガス濃度をさまざまな高度で計測し続けています。それによって、温暖化による永久凍土への影響と、永久凍土の融解が温暖化に及ぼす影響を調べています。5年前に飛行機を使っての計測を始めた時に、彼はヤクート上空の二酸化炭素濃度が、過去の平均の2倍の速さで上昇していることを発見しました。メタンガスは二酸化炭素よりも大気中にとどまる期間は短いのですが、熱を閉じ込める効果は25倍以上もあるのです。マキシモフのデータによると、メタンガスの放出量も加速度的に増えており、10年前に比べると50%も増えています。
ともあれ、今はまさに飛行機が着陸するための降下し始めたところで、少しきりもみ状に揺れており、胃が心なしかムカムカします。地上から数百フィートの高度まで降下したので、マキシモフの同僚の気象学者、ローマン・ペトロフ(33歳)が低高度でのサンプルを採取し始めました。飛行機はかなり揺れました。ペトロフは胃がムカムカしたようで、ビニール袋に嘔吐しました。それを見て、私も同じように嘔吐しました。草の生えた滑走路に着陸した後、私はまだ気分が悪いまま、よろよろと機外に出ました。マキシモフが、プラスチックのコップにコニャックを注いでくれました。一口飲んでみると、私の頭の回転は鈍くなったようで、足下の大地が再び不安定になったように感じられました。しかし、私が酔ったわけではありません。固い大地だと思っていた私の足元が、腐って柔らかくなった鶏肉のようになっていたのです。