The Hidden-Pregnancy Experiment
妊娠したことを隠す実験
We are increasingly trading our privacy for a sense of security. Becoming a parent showed me how tempting, and how dangerous, that exchange can be.
プライバシーと引き換えに安心感を得る傾向が強まりつつある。自分が親になったことで、そうした取引は魅力的であると同時に、危険であることも認識できた。
By Jia Tolentino May 4, 2024
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第二子を妊娠した直後の 2022 年秋に、私はささやかな実験を試みることにした。自分のスマホに妊娠したことを隠せるかどうか試してみたのである。私は 20 代を通じて熱心にオンラインで何ができるかを研究し、自分の生活の詳細をオンラインで公開してきた。しかし、もうそろそろテクノロジーを駆使してプライバシーの壁を築く頃合いだと感じたのである。それで、スマホからほとんどのアプリを削除した。ほぼすべてのアプリのカメラ、位置情報、マイクへのアクセスもオフにした。元々、私は Siri を無効にしていた。私にとって Siri は煩わしいだけであった。スマートデバイスも一切持っていなかった。この実験では、さらにいくつかの制約を課すことにした。妊娠についてググらない、ベビー用品等をネットで購入しない、あるいはクレジットカードで購入しないことにした。その制約を夫にも課した。なぜなら、知らない間に多くの企業によって私たちの IP アドレスや、消費者を正確に特定するための種々の膨大な個人データが収集されているからである。私は、インスタグラムの妊娠に関するアカウントや Reddit の妊娠フォーラムも見ないようにした。生理を記録するアプリも更新せず、妊娠アプリも使用しないようにした。
私たちがアプリやウェブサイトで新しいコンテンツを読み込むたびに、ほぼ毎回、私たちが目にするものを正確に特定するために、グーグル等のアドエクスチェンジ企業( ad-exchange company )に私たちの興味、経済状況、脆弱性に関するデータが発信されている。アメリカでは、こうしたトランザクションが 1 時間に 10 億回以上行われている。個人情報の専門家であるウォルフィー・クリストル( Wolfie Christl )が私に語ったところによれば、私たち一人ひとりに「何十あるいは何百もの」デジタル識別子が付けられているという。ちなみに、位置情報だけで も 180 億ドル規模の産業になるという。2022 年 8 月にモジーラ( Mozilla )は 20 の妊娠・生理記録アプリを調査した。その内の 15 アプリが、住所、IP アドレス、性的履歴、健康状態など、個人データを一覧にして選び放題の状態で第三者に公開していることを発見した。ほとんどの場合、これらのアプリは収集したデータがいつ、どのような形で法執行機関に共有されるかについて、曖昧な表現しかしていない。ちなみに、ACLU (アメリカ自由人権協会)が 2020 年に起こした情報自由法( FOIA:Freedom of Information Act )に基づく訴訟では、国土安全保障省が令状なしで個人を追跡するために数百万人の位置情報データへのアクセス権を購入していたことが明らかになった。その後、移民・関税執行局( ICE )と税関・国境取締局( CBP )はこのようなデータの使用を中止すると発表した。社会心理学者のショシャナ・ズボフ( Shoshana Zuboff )は、企業が個人情報を収集することで、消費者の行動を個別に分析し、予測し、変容させ、利益を上げる仕組みを監視資本主義( surveillance capitalism )と名付けた。そこでは、企業によって広範な個人データが、知らないうちに抽出され、予測のために商品化されて販売されている。私たちは携帯電話を通じて、私たちがどのような人間なのか、誰に投票するか、何を買うか、どういう行動をしがちかというデータを売買する企業の永続的な監視下に置かれているのである。
10 年前、社会学者ジャネット・ヴェルテシ( Janet Vertesi )は、より厳密な形でグーグル等の企業に妊娠した事実を隠せるか否かを試すべく実験を行った。妊娠を連想させるような単語をスマホやパソコンに打ち込むことを巧みに避け、高度な匿名性が担保されている Tor ブラウザを使い、彼女は出産するまで妊娠した事実をグーグル等に秘匿することに成功した。タイム紙( Time )がこの実験を報じたのだが、その記事の中で彼女はフィナンシャル・タイムズ紙( Financial Times )のレポートに言及していた。それによると、データ・ブローカー( data broker:データを売買する企業)にとって、1 人の妊婦を特定して年齢、性別、居住地の情報を知ることの価値は、妊婦でない者 200 人以上の情報を得ることと同等の価値があるという。また、彼女は企業に情報を収集されないようにするため、ベビーカーを買う際等にはクレジットカードを使わないようにするためにギフトカードを何枚も購入したという。そうした行動によって、彼女と彼女の夫はしばしば詐欺師に間違えられたという。
私はそれほど手の込んだことをするつもりはなかったし、厳格にするつもりもなかった。私は自分の妊娠についてテキストメッセージや電子メールを送信したり、スマホを近くに置いて妊娠に関する話をすることは制限しなかった。推測になるが、おそらくどこかのタイミングで私が妊娠していることがスマホを介してデータ・ブローカーに漏れ伝わったのだろう。というのは、インスタグラムにおむつの広告がポップアップ表示されるようになったからである。私にとって、私の頭の中を常に監視しているスマホという物体に、できるだけ妊娠していることを悟らせなくする実験は結構楽しいものだった。それがある時点まではできていたのである。それは私にとって衝撃的なことだった。
妊娠は、個人の自由とプライバシーの両方を侵食する傾向がある。妊娠後期のある時期を過ぎると、見知らぬ人たちが膨らんだお腹を見ながら、生まれる子は男だとか、女だとか勝手に推測して講釈を垂れる。しかし、私が妊娠した期間のほとんどは新型コロナの感染者数が多い時期だったため、そうした事態を免れることができた。私は、今回の数カ月間の実験で、見守られていることと監視されていることは違うということを認識できた。本当に楽しい瞬間は監視の手が離れたところで起きていると認識できた。監視が無く楽しく感じられる時の私の精神は、平穏だった。充実した時間を過ごし、誰にも頼らずにお腹の中の胎児を育てているという充実感を感じた。もう一度あのような感じを味わいたいとさえ思うことがある。