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ナデラとスコットが自信を持ってオープン AI に投資できたのは、アルトマン、サツキーヴァ、オープン AI の最高技術責任者( CTO )であるミラ・ムラティ( Mira Murati)たちと繋がりがあったからである。スコットが特に重視したのは、ムラティとの繋がりだった。彼と同じように、彼女も貧しい家庭に育った。1988 年にアルバニア( Albania )で生まれた彼女は、専制政権崩壊後の混乱、ギャング資本主義の台頭、勃発した内戦を生き延びた。彼女は数学コンテストに参加することで、地獄のような状況から抜け出す糸口を掴んだ。ある教師がムラティに言ったのは、彼女が爆弾で出来たクレーターを回避してでも学校に通って勉強するならば、自分も同じように学校に来て彼女をフォローするということであった。
16 歳の時、ムラティは奨学金を得てカナダの私立学校に入学し、そこで優秀な成績を収めた。「私の子供の頃を思い出すと、常にサイレンが鳴っていて、多くの人たちが撃たれたり、さまざまな恐ろしい出来事に見舞われた。」と、彼女は私に語った。「そんな中でも、誕生日を祝ったり、誰かを好きになったり、宿題をしたりした。困難が粘り強さを身に着けさせてくれた気がする。努力を続ければ事態は必ず良くなると信じることができるようになった」。
ムラティはダートマス大学( Dartmouth )で機械工学( mechanical engineering )を専攻し、電気二重層コンデンサバッテリー( ultra-capacitor batteries )を動力源とするレースカーの研究チームに加わった。当時、電気二重層コンデンサを実用化不可能として否定する研究者も少なくなかった。もっと別の原理でさらに複雑な仕組みのコンデンサの開発を目指す研究者も少なくなかった。ムラティは、どちらの立場も極端すぎると感じた。彼女のように爆弾のクレーターを越えて学校に通った経験のない者たちが机上の空論を繰り広げているように思えたのである。楽観主義的であると同時に現実主義的でなければならないのだ。「時々、楽観主義を軽率な理想主義のように誤解する人がいる。しかし、それは本当によく考え、熟考されたものでなければならない。多くのセーフティ・ガードレールを設置しなければならない。そうしないと、大きなしっぺ返しを食らうことになる」。
卒業後、ムラティはテスラ( Tesla )に加わり、2018 年にオープン AI に移った。スコットが私に言ったのだが、10 億ドル規模の投資に同意した理由の 1 つは、ムラティが慌てる姿を見せたことが無いことにあるという。スコットとムラティは、スーパーコンピュータを使ってさまざまな大規模言語モデル( large language model )に学習させる方法について議論を始めた。
彼らはすぐに大規模言語モデルに学習させるシステムを稼働させた。その結果は非常に印象的なものだった。オープン AI が訓練したボットは、「マティス( Matisse )の画風で描かれた、イエスと並んでピザを投げている野蛮人を画像を示す。」というプロンプトに応えて、見事な画像を生成した。また、もう 1 つの成果物である GPT は、英語で質問されると、必ずしも正確に答えられるとは限らないが、答えを返すことができた。しかし、普通の人たちがこれらの技術を娯楽以外の用途でどのように使うのかということは明確にはなっていなかった。また、マイクロソフトが投資した資金(一説によれば 100 億ドルと伝えられている)を回収する道筋は見えていなかった。
2019 年のある日、オープン AI の副社長ダリオ・アモデイ( Dario Amodei )は、幹部連中を前にして興味深いデモンストレーションを行った。彼はソフトウェアのプログラムの一部だけを GPT に入力し、そのプログラムのコーディングを完了するよう GPT に指示した。GPT はほぼ即座に実行した(アモデイ自身が想定していなかった形でコーディングされていた)。GPT がどのようにして指示を実行したのかを正確に説明できる者は 1 人もいない。大規模言語モデルは基本的にブラックボックスである。GPT の実際のコード行はそれほど多くない。GPT が返す答えは、入力されたすべての単語を分析し、次にどの単語が続くかを複雑な確率に基づいて何十億もの数学的な重み付けをして決定したものである。GPT がユーザーの質問に答えを返した際のすべてのつながりを図示して可視化することも不可能である。
オープン AI の幹部連中の中には、GPT の神秘的なコーディング能力を恐ろしいものとして認識した者もいた。結局のところ、アデモイのデモンストレーションは「ターミネーター( The Terminator )」などのディストピア映画のような印象を残しただけなのかもしれない。GPT は非常に優れていたが、時々コーディングで誤りを犯すことがあったが、エンジニアがそれに気づく時があり、それが心強かった。スコットとムラティは、GPT のプログラミング能力の高さを知って若干の不安を感じたが、感動の方が大きかった。彼らが目指していたのは、人々が実際にお金を払って使用したくなるような実用的な AI アプリケーションの構築であった。それを構築することさえできれば、あとはマイクロソフトの販売チャネルを活用するだけだと考えていた。