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シーハンの法律事務所は、マンハッタンから車で40分ほど離れた裕福な村、グレートネック(Great Neck)にある5階建てのオフィスビルにある。グレートネックは、ニューヨーク州第3選挙区の一部である。ジョージ・サントス(George Santos)が下院議員に当選したが、当選直後から経歴詐称や詐欺への関与が発覚した。村の中心部は趣がある。チューダー様式のデザインの建物が建ち並ぶ。さながらブルックライン(Brookline)やフォレストヒルズ(Forest Hills)のようだ。キリンが描かれたベンチには “Great Neck “と書かれている。私が初めてシーハンを訪ねた時、彼は1人で、窓のあるオフィスにいた。オフィスの隣にはいくつかのブースがあった。その辺りは改装中で騒々しかった。法律事務所は3年間で従業員が2人から8人に増えた。シーハン以外の従業員は皆リモートワークをしていた。シーハンの顔立ちには、あどけなさと愛嬌があった。ピンクのギンガムチェックのシャツに厚手の黄褐色のカーディガンを羽織っていた。華氏75度(摂氏23.9度)、小春日和だった。コンフォートゾーン社(Comfort Zone)製の持ち運び式ヒーターが点いていた。
「専門化というのが肝なんですよ。それが稼ぎの源泉になるんですよ。」と、シーハンは言った。この日の仕事には、Zoomでの会談も含まれていた。相手は、アップフィールド(Upfield)社の代理人弁護士だ。アップフィールド社は、マーガリンや植物油を生産しているオランダの企業だ。ベリー風味のファンタ(berry-flavored-Fanta)に関する訴訟で裁判官との会談もあった。クローガー(Kroger)社のアップル・ジュース・カクテルの訴訟に関して原告と状況の確認も行った。商品に「カクテル」と謳われている時、ほとんどの場合、胡散臭いと考えて間違いありません。サワー・ジャックス・キャンディー(Sour Jacks candy)の箱がスカスカすぎる件に関しての訴訟準備もした。目一杯箱に中身を詰めろとは言わないが、”箱スカスカ(slack-fill)”にも限度がある。シーハンは訴状をを”46%完了(46% full)”まで書き進んだ時点で振り返って微笑んだ。「私は、みんなが家に帰った後にもせっせと仕事をしているんですよ。」と、彼は言った。
シーハンには、さまざまなところから訴訟案件が舞い込んでくる。一般市民からも情報がもたらされる。彼自身の洞察によるものもある。彼は私に例を挙げた。「ファイヤーボールの小さなボトルについて、情報を提供してくれる人がいました。」と、彼は言った。ファイヤーボール・シナモン(Fireball Cinnamon)に気に入らない点があるらしい。赤いキャップに赤褐色の液体、ラベルにはファイヤーボール社の製品を象徴する火を噴くドラゴンが鎮座している。しかし、ファイヤーボール・シナモンにはウイスキーは含まれていない。ウイスキー風味の麦芽飲料であることが微細な文字で記されている。シーハンはファイヤーボール社の親会社であるサゼラック(Sazerac)社を詐欺で訴えていた。「誰もがアルコールのミニボトルを見慣れています。琥珀色のミニボトルを見たら、誰だって中身はウイスキーたと思いますよ。」と、彼は言った。
「まあ、ミニボトルにビールを入れて売っても、誰も買わないことだけは確かだね。」と、私は言った。
「それは、その通りなんだけど。」と、彼はいった。「ガソリンスタンドやコンビニのような場所で、タバコや宝くじなどと並んであれが売られていたら、誰だって中身はアルコールだと思うさ。それで、ちょうど欲しかったと思って買っちゃうんだよ」。
彼はファイヤーボールの件を調べた。訴訟を起こせる可能性があることを発見し、集団訴訟のメンバーをソーシャルメディア上で募集する広告を出した。対象となるのは、ファイヤーボール・シナモンをウイスキーだと思い込んで買った人たちだ。彼は言った、「広告の内容は、気がかりな人は連絡を下さいというものさ。『あなたやあなたの愛する人は、9.11テロの後、どのように過ごしていますか?』とか言って集団訴訟のメンバーを募集していた広告があったのを覚えているだろ。あんな感じでメンバーを募る広告がラジオやテレビで溢れてるだろ。」と。
シーハンは広告会社に報酬を支払い、主にフェイスブックに広告を掲載してもらう。時には「Top Class Actions」などの集団訴訟メンバーが集うウェブサイトにも広告を出す。そういうサイトは、集団訴訟に加わりたい者のアクセスが非常に多い。広告を見て反応があった人たちをフォローをしている。そこで、集団訴訟に加わる意味等を説明する。その際、陪審員になることや投票するのが義務であるのと同様であることと、見返りを期待してはいけないことを伝える。それから、訴訟を起こす。どの訴訟でも原告代表を1人決める。その人が集団を代表する形になり、和解が成立した場合、通常は報奨金を受け取ることとなる。「通常は数千ドルです。」と、シーハンは言う。シーハンは和解に伴う手数料の形で報酬を得ている。メンバーに費用は発生しない。
シーハンは自らを大衆の代弁者だと考えている。「私は大衆のために行動しているのです。」と、彼は言う。「各州の消費者保護法の目的を達成するための行動なのです」。食品のラベルや表示に関する規制等のほとんどは、連邦政府、つまり食品医薬品局(Food and Drug Administration)が発出している。しかし、各州はそれらの規制等を補強している。。例えば、ニューヨーク州は糖質に関して警告表示を義務付けている。さらに重要なことに、各州はそれらの規則等を施行する方法を決定することもできる。シーハンに言わせれば、どこの州もほとんど規制等を上手く運用できていない。彼は言った、「ヨーロッパのように訴訟がそれほど多くない国とアメリカでは、大きな違いがある。それは、ヨーロッパでは政府の執行と監督がより広範囲に及んでいることだ。」と。
彼は空き瓶や包み紙でいっぱいの数個のファイルボックスを整理した。ハリボー(Haribo)、アニーズ(Annie’s)、ホールズ(Hall’s)、ペリエ(Perrier)、アイスブレイカーズのスペアミント・アイスキューブ(Ice Breakers spearmint Ice Cubes)、ケロッグのハーベスト・ウィート・トースティーズ(Kellogg’s Harvest Wheat Toasteds, Twizzlers)、ツイズラー(Twizzlers)などだ。それらはすべて訴訟を起こせるか否か精査が終わっていないものだ。「みんなが送ってくれるんだよ。」と、彼は言った。オリーブオイルで作ったカントリークロックの訴訟でアップフィールド社の代理人を務めるボストンの法律事務所フォーリー・ホーグ(Foley, Hoag)のパートナーであるオーガスト・ホーバス(August Horvath)とズームでの打合せの時間だった。「彼は天才肌で、知力が高い。」と、シーハンは言った。彼とホーバスは何度も裁判所で顔を合わせており、その力関係はまるでルーニー・テューンズ(Looney Tunes)のオオカミと牧羊犬のようだ。2人は法廷で対決する前に、冗談を言い合う仲だ。Zoomの画面には、ホーバスの名前だけが表示されていた。
「こんにちは!」。シーハンが言った。「オーガスト、君の顔が映っていないぞ?」
「今日はなかなか髪型がキマらないんだよ」と、ホーバスが言った。シーハンは私にあまりしゃべらないようにと警告した。2人は既に対決モード全開だった。