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消費者は、商品のパッケージにストロベリーと表示されていれば、それが原材料に含まれていると想像する。しかし、実際にはそうではないと知ってガッカリすることがある。アメリカの消費者にとって、それは日常茶飯事だ。残念ながら、姑息な方法で騙されたと思う。売り手が暴利を貪っているように感じる。映画「クリスマス・ストーリー(A Christmas Story:本邦未公開)の主人公ラルフィーを思い出さずにはいられない。彼は、オバルチン(Ovaltine:製薬会社ノバルティスの子会社ワンダー・アーゲーが製造販売する粉末麦芽飲料)がスポンサーのラジオ番組のプレゼント企画に長年応募し続けていた。ようやく当選した。景品は、暗号の解読パスワードだった。そのパスワードを使って暗号を解読した。オバルチンを飲めというメッセージが隠れていただけだった。多くのアメリカ人は、メーカーや小売業者が巧みな罠をいっぱい仕掛けてくることを認識しています。だから、多少期待を裏切られたくらいで大騒ぎすることはない。しかし、誰もがカモにはなりたくないと思っている。
巨大なスーパーマーケットの中に居ると、メーカーと小売業者の何でも売りつけようという商魂を垣間見ることができる。作家のマイケル・ポーラン(Michael Pollan)が指摘していたのだが、そこには、本物の成分の安価な代替物質が溢れている。嘘や偽りも溢れている。農産品等の生鮮食品の棚にもデイリー食品の棚にもそれらが溢れている。シーハンの訴訟の主な調査対象である加工食品メーカーは、自社の製品が健康的でナチュラルであり、好ましいものであると消費者に信じ込ませようと多大な努力を払っている。一方、消費者もそれなりに努力している。何とかして安全で美味しいものを食べたいと願っている。ハーバード・ロースクールの食糧法研究所のジェイコブ・ガーセン(Jacob Gersen)は言う、「この分野は、言葉であれ映像であれ、良いイメージを植え付けることがすべてです。伝統的に、商品パッケージの表面はメーカーが自由に使います。裏は法規制等で義務付けられた内容の表示で使われます。」と。商品パッケージの表面には、農場や圃場の画像が描かれることが多い。裏面には、抗酸化剤、食物繊維、オメガ3脂肪酸、ビタミン、プロバイオティクスなどが記載されている。加えて、裏面には、天然香料と人工香料(natural and artificial flavors)の記載もある。異性化糖、カラギーナン、大豆レシチン、キサンタンガム、大豆レシチン、キサンタン、グアーガムなどだ。
表面と裏面の表示内容のギャップがシーハンの稼ぎ口である。8月の蒸し暑い日、シーハンと私はロングアイランドのマンハセット(Manhasset)のスーパーマーケットを訪れた。キング・クーレン(King Kullen)だ。シーハンは、素早くお目当ての商品、ポテトロール(Potato rolls)までたどり着いた。「コレだよ、コレ!」と、彼は言った。まるで金属探知機を使っているかのようだった。彼は、その商品を手に取り、懐疑的な表情を浮かべて呟いた、「ジャガイモ粉を主原料とするロールパンを作るのは不可能だと思う。」と。彼は、1940年代から50年代にかけて食品医薬品局(FDA)が設立された経緯、それが何千ページもの基準を制定したこと等について話をした。また、パンの技術的な問題も話した。スプレッドとジャム売場で、彼はポラネール・オール・フルーツ(Polaner All Fruit)の瓶を手に取った。「私はこの製品でも訴訟を提起している」と、彼は言った。「オール・フルーツと謳っているが、全くの出鱈目です。クエン酸と天然香料が使われている。増粘安定剤としてペクチンも使われている」。少し考えた後、こう付け加えた.「オールフルーツの製品を売ることは不可能ではない。技術的な問題は何も無いんだ」。
シーハンの仕事の多くは、「合理的な消費者(reasonable consumer,)」の心理を解析することにある。それは、裁判所で激論を交わす弁護士や裁判官も同じである。合理的な消費者というのは、実体が無く謎に包まれているが、裁判では非常に重要な役割を果たしている。シーハンによれば、合理的な消費者とは高学歴で専門知識を有している人物や、リンクドイン(LinkedIn)で専門知識を披露している人物ではなく、普通の仕事をしている一般人である。合理的な消費者は、商品の名前やパッケージ上の画像は、その中身と大差無いと信じている。また、シーハンは何度も苛立たしい思いをしてきた。多くの公判で合理的消費者は過度に騙されやすいわけではないとの判断が下された。合理的消費者は、ジャムにはフルーツが使われていて、フルーツ・ループス(Froot Loops:ケロッグのシリアル)には使われていないことを理解していると推定されている。シーハンが苛立たしく感じることは他にもある。商品にバニラ(vanilla)の表示が付いていても、合理的消費者は原材料にバニラが使われているわけではなく、フレーバーを表していると理解していると推定された。
シーハンの宿敵であるブルーダイヤモンド・スモークハウス・アーモンド(Blue Diamond Smokehouse Almonds)が並んだ棚を通り過ぎた。裁判は係争中だが、スモークハウス・アーモンドの袋の配色が火を連想させ、中身が本当の燻製のプロセスを経ていると誤認させているという見解に裁判所は同意した。バターとマーガリンが売られている冷蔵ケースの横で、シーハンはマーガリンについて言及した。「油脂含有率80%以上のものは、マーガリンと呼ばなければならない。」と、彼は言った。「それで、メーカーは79%のものを作る。マーガリンと呼ばれたくないんだ」。彼はオリーブオイル入りカントリー・クロック(Country Crock with Olive Oil)の容器を手に取った。カントリー・クロックの訴訟は現在も係争中だ。しかし、既に同社は同製品から”Made”という表示を外している(訳者注:以前の商品名は”Country Crock Plant Butter Made with Olive Oil”で”Made”が付いていた)。その横には、アボカド入りカントリーク・クロック(Country Crock with Avocado)が置いてあった。
トルティーヤのパックが売られていた。シーハンはその製造メーカーに対して訴訟を起こしたことを思い出した。パッケージにメキシコ国旗が標されていた。メキシコ製と誤認させるものだった。ポーランド・スプリング・ブランドの各種炭酸水(flavored Poland Spring sparkling waters)がずらりと並んでいた。彼は目を輝かせた。「私が、この商品のラベルを変えさせたんですよ。まあ、誰もそんなことは知りませんがね。」と、レモン風味の炭酸水を手にして彼は言った。「以前は 『絞ったレモン』の表示が付いていたんだよ。『レモンフレーバー(lemon flavor)』の方が少しはマシですが、問題が完全に解決されたわけでは無い」。この訴訟では、シーハンの訴えは却下された。しかし、同商品のラベルには、知らぬ間に”flavor”が付け加えられた。まるで誰かに強要されたようだ。シーハンの訴訟が全く関係無かったはずはない。なお、ポーランド・スプリング社はこの変更をブランド刷新の一環であると主張している。デイリー売場で、彼はアイスランドのヨーグルト(Icelandic yogurt)を指さした。彼は、この製品でも訴訟を起こしている。ブルックリン辺りで作られたもので、この訴訟は楽勝だろう。彼は、多くの乳製品に対して訴訟を起こしてきた。アイスクリーム売場で彼の足が止まった。ダブ・アイスクリームバー(Dove ice-cream bars)が多種展開されていた。その中のミルクチョコレート・カバー(milk-chocolate-covered)を手にして呆れていた。「この商品は、”ミルクチョコレート・カバー”と書くのではなく、”ミルクチョコレートと植物性脂肪でコーティング “と書くべきだ。」と、彼は言った。
「それって、長くない?見ただけでうんざりしそう。」と、私は言った。
「格式張った表現かもしれない。しかし、消費者がより質の高い決定を下せるようになる。」と、彼は言った。
売場の中をぶらぶら歩いていた。シーハンがカゴを手に取り、商品を入れ始めた。何も買う予定はなかったはずだ。トマト缶が棚の下段に大量陳列されていた。そこで、表示不適合の商品が1つ見つかった。サンマルツァーノ(イタリアのカンパニア地方が原産のプラムトマトの品種)と標されているが、欧州保護原産地呼称認定の基準に違反していた。彼は言った、「おかげさまで、また1件訴訟を起こせそうだ。」と。彼は、シリアル売場でカインド(Kind)社のグラノーラを見て、立ち止まった。そのパッケージ表面には、デカデカと「タンパク質10グラム(10 grams of protein)」と表示されていた。しかし、それだけ摂取するためには、恐ろしい量を食べなければならない。彼は、セルフレジで会計を済ませた。会計した商品は、訴訟を起こせる可能性があるか調べられる。その中にドライアプリコット(dried apricots)のパックがあった。「ドライアプリコットの問題は、袋ごと食べてしまうことだ。」と、彼は言った。それから、私たちはピザを食べに行った。ピザは彼の夕食の定番だ。シーハンは料理をしない。