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シーハンの両親は、言語療法士(speech therapist)と大工(carpenter)で、ロングアイランド(Long Island)に住んでいた。シーハンは、私と車で移動中に、子供の時に住んでいた家を指差した。整備の行き届いた住宅街に建つ凝った作りの家が見えた。シーハンは未婚で、家族とは仲が良い。母親は今も近くに住んでいる。シーハンはベジタリアンで、地元の動物保護団体でボランティアをしている。いつも、犬猫等の捕獲機(Havahart trap)を車に積んでいる。母親の家の裏庭に野良猫のための暖房付の小屋を設置し、地域社会の反猫トレンドに抵抗している。親猫派のラジオ・パーソナリティーで共和党員の変わり者のカーティス・スリワ(Curtis Sliwa)の話を聴き、「伝統的な動物以外の同伴者(nontraditional animal companions)」を持つ人々のためにプロボノワーク(pro-bono work:専門知識・技術を生かして行う社会奉仕活)をしている。それで、1980年代に地下鉄で銃撃事件を起こしたバーバード・ゲッツ(Bernhard Goetz)の弁護を引き受けたこともある。ゲッツはリスと暮らしていて立ち退き訴訟を起こされていた。その訴訟は、法定外で解決された。私が彼のオフィスにいた時も、彼は時折自分の話を中断して両親に連絡を取っていた。母親に電話したことがあった。小麦の成分表示について議論している最中だった。単に、おはようと言うためだった。父親にアライグマの赤ちゃんの動画を送ったこともあった。アライグマがキーキーと鳴いていた。「僕はアライグマが大好きなんだ」と彼は言った。
シーハンは学校の成績は優秀だった。しかし、特に熱中していたものは無かった。ジョージタウン大学(Georgetown)では歴史を学んだ。海兵隊の予備役に就いたこともある。その後、フォーダム大学(Fordham)のロースクールに進学したのだが、特に法曹界に進みたいわけでもなかった。ある時、定額動画配信サービス(streaming service)に対する集団訴訟に携わった。そのサービスはキャンセル不可能だった。それに勝訴して以降、食品関連の集団訴訟を多く引き受けるようになった。いつしか、それを専門とするようになった。2013年に法律事務所を開いた。「私は自分の仕事に真剣に取り組んでいます。」と、彼は言った。「知的な仕事で、日々発見に溢れていて、楽しいですよ」。
彼を批判する者もいる。真剣に取り組みすぎているというのだという。訴訟を起こすことが目的になっているという批判もある。私は、ある弁護士に話を聞いた。その人物は、いくつかの食品会社の代理人を務めたことがあり、シーハンのことを良く知っていた。「シーハンが起こした訴訟の中には、正直言って良いものもあります。」と、彼は言った。「弁護士に必要なものは、依頼人だと思います。というのは、弁護士は純粋に困っている人を代弁するのが仕事だからです」。シーハンは、依頼人から弁護を頼まれるわけではない。ネット広告等を通じて依頼人を募集している。その弁護士の見解では、弁護士が困っている依頼人がいないのに訴訟を起こしまくることは、社会にとって害でしかない。彼は言った、「ちょっと大げさなたとえになってしまうが、19世紀の日本を思い浮かべますね。戦国武将の多くが倒れた時、多くの侍たちがただ走り回っていました。彼らは主を失くした戦士だった。19世紀の日本のあらゆる問題は彼らが引き起こしていた」と。
シーハンは、依頼人がいないのに無闇矢鱈と訴訟を起こしているわけではない。彼の法律事務所には、将来依頼人になる可能性のある者からの電話がひっきりなしにある。私が居た時にも、解体された卓球台を売りつけられた消費者から相談の電話があった。相談してきた男は、引退した音楽プロデューサーだった。ハリー・チャピン(Harry Chapin)、ベット・ミドラー(Bette Midle)と仕事をしたことがあるという。卓球台は、ウォルマート(Walmart)からネットで購入した。海外メーカー製だった。商品レビューには、設置は簡単と書かれていたが、実際は違った。「『パーツは4つのみ 』と書いてあるのに、実際は300以上あった。」と、彼は言った。「組立不要と書いてあったが、全くの嘘だ」。彼は、何とか組み立てようと数日間にわたって奮闘したが、結局、ウォルマートに電話した。ウォルマートが提案したのは、再び同じ製品を発送するということだった。それ以外の対応は無い。結局、パーツはまとめて全部捨てた。彼は言った「けったくそ悪い!」と。
シーハンは、この案件は訴訟をしても無駄だと判断した。ウォルマートに法的責任は無いし、外国企業を訴えても得られるものは無いだろう。彼は言った、「訴訟を起こしたいと相談してくる人には言い難いことだが、納得できないことがあっても、すべて訴訟で解決できるわけではない。また、、そうすべきでもない。」と。
「奴らは、俺をコキュにしやがった!」と、電話してきた男は言った。「材料を集めて箱に放り込んだだけだ。…… 誰だって、車を買って1000個のパーツが家に届いたら怒るだろ」。シーハンは、男に丁寧に説明した。ウォルマートのネットショップに写真付きで詳細な商品レビューを書くことを勧めた。電話を切る前に、食品や化粧品で紛らわしい表示を見かけたら連絡して欲しいと伝えた。彼は、私書箱の件で郵便局を訴えたいと電話してきた女性にも同様のアドバイスをした。
シーハンが起こす訴訟では、原告や集団訴訟のメンバーが証言録取(deposition)に応じることが多い。証言録取とは、アメリカの民事訴訟で、公判前に法廷外で、公証人の立ち会いの下で、宣誓させた上で尋問し、証言を録取することである。しばしばZoomで行われる。真実を語ると宣誓した後、多国籍企業の代理人弁護士からの質問に答えていく。私は、バタースプレーやチーズやパンケーキの訴訟に関する証言録取を見た。証言は、妙に心に響くものだった。集団訴訟のメンバーは、至って抑制的だった。彼らは普通の消費者だ。生活必需品の食料品を買っただけだ。結果、がっかりする経験をしてしまったのだ。ダレン・ウィリアムズ(Darren Williams)らがモルソン・クアーズ(Molson Coors)社に対して起こした訴訟では、被告企業側弁護人が、シーハンの依頼人の1人であるスポーツジムの職員にいろんな質問を浴びせていた。ヴィジー・ハード・セルツァー(Vizzy Hard Seltzer:モルソン・クアーズ社のアルコール入り炭酸水)を購入した経験について聞いていた。その商品は、抗酸化物質ビタミンC(antioxidant vitamin C)入りと謳っていた。
「抗酸化物質ビタミンC(antioxidant vitamin C)という表示を見た時、どんな商品だと思いましたか?」弁護人のクリス・コール(Chris Cole)は言った。
「フィットネス関連の企業に勤めているので、抗酸化物質が日常生活に良い役割を果たすことを知っていました。ですから、アルコールのマイナス面を打ち消してくれると期待していました。」と、依頼人は答えた。しかし、そんな効果は無かった。また、彼女はその商品フレーバーも嫌いだった。
次に、コールが彼女に尋ねたのは、抗酸化物質の効果に気づくとしたら、どういう形で気づくと思うかということだった。「ビタミンCを摂取しても、すぐに明確な効果を感じられるわけではありませんよね?」と、クリスが尋ねた。彼女は、その通りと答えた。些細な点までいやらしい質問を受けたのだが、結局のところ、その訴訟はシーハンの思い描いた結果になった。ヴィジー・ハード・セルツァーはクエン酸(citric acid)を含んでいたが、ビタミンCはほんの微量しか含んでいなかった。それで、950万ドルの和解金が支払われることとなった。ヴィジー・ハード・セルツァーから、抗酸化物質(antioxidants)という表示が取り除かれるようになった。
シーハンがほとんどの訴訟で主張することがある。それは、もしも、商品が正当な形で販売されていれば、消費者はその商品の購入をしなかった、あるいは、もっと安い価格でしかで購入しなかったということである。今年5月に、私は彼が、クローガー(Kroger)社を訴えた際の原告代表のステイシー・キャッスル(Stacey Castle)に証言録取の準備をさせているところを見た。問題の商品は、クルーガー社のプライベートブランドであるプライベート・セレクション(Private Selection)のスモーク・ゴーダチーズだった。キャッスルは、ウィスコンシン州からZoomに参加していた。髪をゆるく束ね、iPadのカメラをあごの下から上に向けていた。ゴーダチーズを買った時、高いと思った。しかし、実際にスモークされているので、正当な値段だと認識していた。しかし、そうでないことに気づいた時、彼女はダイニングテーブルの前に座っていた。「チーズの裏の表示を読んでいたのよ。テーブルの上に置いていたから目に入ったのよ。」と、彼女は言った。「びっくりしたわ。騙されたと思ったわ」。彼女は苛ついていた。
「傷ついたりはしていませんよね?」、シーハンは相手弁護士役を演じて尋ねた。
「財布が傷ついたわ、大損よ!」、彼女は言った。