昆虫の黙示録(insect apocalypse)って何?毛虫の研究が暗示する多くの昆虫に迫る絶滅の危機!

3.ワグナーと毛虫の採集の旅に出発

 ワグナーと私がデビルズ川沿いの低木を離れ、北西のチワワ砂漠の奥へと向かったのは、午前10時頃のことでした。そのあたりでは2週間前に雨が降ったようでした。それがワグナーがそこに向かった理由でもありました。草木の葉は驚くほど青々としていました。途中でワグナーは何度も、興味深い植物を見つけてはハイウェイを降りていました。白いナイロン製のシートが張られたフレームを草木の下に広げていました。ちょうど凧のような形状のものでした。それから、草や木をトントンと棒で叩いていました。興味を引くものがあると、プラスチックの小瓶に入れ、肩から下げた帆布製の採集袋に入れていました。車を運転する際には時速90マイル(144キロ)以上で走っていたのに、何度も寄り道することになっていたので、それほど距離を稼げませんでした。そして、ようやく午後9時前になって、スル・ロス州立大学(Sul Ross State University)のあるアルパイン(Alpine:テキサス州)という町に入りました。ワグナーは当地で次の日の朝に誰かと会う約束をしていました。

 ワグナーの口癖は、”協力者が必要である”(It takes a village)というものでした。彼は自分1人では出来ることに限界があることを認識していたのです。どんなに毛虫に熱心な人な人がいても、すべての草木を調べ尽くすことは不可能です。この10年間で、ワグナーは多くの協力者を獲得し、そのネットワークを構築してきました。昆虫学の専門家もいれば、奇妙な幼虫に目を光らせてくれるように説得したアマチュアもいました。また、希少種が潜んでいそうな牧場を所有している人やその知り合いなどもいました。協力者が珍しいものを発見するとフェデックス(FedEx)で送ってくれることも少なくありませんでした。

 私は、ワグナーのテキサス州の協力者の何人かに会いました。時には協力者の家に泊めてもらうこともありました。その中に、デビルズ川の近くに住んでいる2人、トレーシー・バーカー(Tracy Barker)とデイブ・バーカー(Dave Barker)がいました。いずれも爬虫類学者でした。

 「デイビッド(ワグナーのこと)は人を集めるのが得意です。」と、トレーシーはワグナーを評して言いました。 「彼が私たちのような協力者に声をかけると、突然、たくさんの小瓶が集まってくるんですから。」

 「デイビッド(ワグナーのこと)から、連絡が来なくなることはほとんどありません。」と、引退した弁護士のデルマー・ケイン(Delmar Cain)は言いました。「こちらが暇していると思っているからなんでしょうが、いろいろやるべきことを指示してきます。ひっきりなしに、いくつもです。それで、私はいろいろ探すべく動き回らなくてはいけないんです。」

 「デイビッドの熱心さが皆に伝染してしまっているようです。」と、協力者のネットワークの3番目のメンバーでテキサス州西部に住む植物学者マイケル・パウエル(Michael Powel)はため息をついていました。

 アルパインに向かう途中、ワグナーはパウエルの友人のケルシー・ウオーガン(Kelsey Wogan)という女性と仲が良いと話していました。ただし、恋愛に発展するようなロマンティックな関係ではないそうです。ワグナーは、彼女へのプレゼントとして、例の凧の形に似た枠付きシートを持ってきていました。私とワグナーは、スル・ロス州立大学のキャンパスにある植物標本館でウオーガンに会いました。彼女はジップロックの袋がたくさん入ったバスケットを持っていました。ワグナーはジップロックの1つを手にしてその口を開け、毛虫を1匹を取り出しました。

 「これは珍しい!こんなの見たことないよっ!」と、ワグナーは声を上げました。そして、首に紐で吊るしていたルーペに手を伸ばしました。

 肉眼で見た限りでは、その毛虫は灰色でところどころに黒い斑点があるように見えます。10倍に拡大すると、とても不思議なことなのですが、全く違って見えます。それこそ20倍奇妙なものに見えます。そもそも体表は灰色ではなく、埃っぽい薔薇色(dusty rose)で、体側にはサーモンの体表に見られるような斑点による縞模様が見られます。その縞模様より上に沢山の目がありました(ちなみに、多くの毛虫には12個の目があって、体の両側に6個ずつ並んでいます)。斑点は黒く、小さな丘のように盛り上がっていて、さらに小さな白い小紋で囲まれていました。

 「これは超クールだ!」 とワグナーは言いました。彼は、この毛虫が何という属のものなのかもわからないと言っていました。ということは、この毛虫も新種である可能性があります。

 ウオーガンは彼に別のビニール袋を手渡しました。その袋の中に入っていた毛虫は、比較的大きなものでした。カクテルソーセージ(cocktail sausage:豚肉と牛肉は細かく挽き、豚脂肪は荒く挽き、乾燥ラスク食塩及び白こしょう、メース、ナッツメグ、セージなどの香辛料を加えたもの)に近い大きさでした。ビロードのようになめらかな青銅色の体毛があり、ターコイズブルーの斑点がありました。私はその毛虫は大きくて美しかったので非常に興味をそそられました。先ほど見たものよりもクールだと思いました。しかし、ワグナーはその毛虫が両側アゲハチョウ(two-tailed swallowtail)の毛虫であることをすぐに見抜きました。特に珍しいわけでもなく、学術的な価値はそれほど高くないと言っていました。私が落胆しているのを察したのか、彼は毛虫の胸部をつまんで見せてくれました。すると、隠れていた区画があったようで、そこから2本の触手が出てきました。ゲロのような臭いのするベトベトしたものも出てきました。彼が説明してくれたのですが、それらは鳥に襲われそうになった際の防御策だそうです。多くの毛虫が同様の防御策を取るようです。ウオーガンは、ちょっとうんざりしている感じでした。彼女は他の毛虫が入った袋をいくつも手渡しました。