5.ワグナーと毛虫の採集の旅は続く
私とワグナーが採集の旅に出たとき、ワグナーは警告を発していました。この旅では、寝たり食べたりする時間はあまり確保できないだろうと言っていました。「1日に2食は必ず摂れるようにします。」と、彼は言いました。「でも、3食は無理かもしれません。」実際には、テキサス州西部を走り回った際には、食事はほぼ毎日3食でした。しかし、ワグナーだけは、毎日かなり夜更かしをしていました。毛虫の数が増えれば増えるほど、その世話に時間がかかるようになっていたようです。
ある夜、アルパインでのことでしたが、私は見るに見かねて彼を手伝いました。出発してから5日目のことでした。ワグナーの巡回動物園には、70匹ほどのお腹を空かせた毛虫がいました。プラスチックの小瓶が、ホテルの部屋のナイトテーブルにずらりと並べられていました。部屋に備え付けの冷蔵庫から袋一杯の葉っぱを取り出して与えていました。
貪欲に食べる生物は、ウンチ(poops)も大量に出します。その夜の最も重要な仕事は、小瓶の中の糞(shit)、もっと正確に言えば糞粒(fross)を除去することでした。ワグナーはこの作業を”小屋の掃除”と呼んでいました。ワグナーは私に紙皿を1枚手渡しました。その皿の上に小瓶の中身を全て出して、小瓶の内側をきれいに拭いて、毛虫を再び小瓶の中に戻します。その際に毛虫の餌となる植物の新鮮な葉も入れます。小屋掃除をしている時、ワグナーが、ウオーガンが見つけた毛虫の内の1匹が行方不明になっていることに気がつきました。これもカクテルソーセージほどの大きさでしたが、先述のものとは異なり艶感のある黒色でした。2人でしばらく床を探し回ったのですが見つかりませんでした。そして、何かを取ってこようとして立ち上がった時に、私は足の裏で何かがギュッと潰れる嫌な感触を感じました。
「毛虫の神は与え、そして奪うのです。」と、ワグナーは唱えながら、絨毯についた黒いベタベタしたものを拭き取りました。彼は私を責めませんでした。比較的よく見かける種だったと言って、私を慰めようとしてくれました。
小屋の掃除をして小瓶に毛虫と葉っぱを戻すこと以外にも作業はたくさんあります。全ての毛虫がどこで、どんな植物から発見されたかを正確に記録しておかなければなりません。最も手間がかかる作業は写真撮影です。ガやチョウの成虫は、美しい標本にしてその姿を何世紀にもわたって保つことができます。しかし、残念ながら、毛虫を標本にして保存することはできません。アルコール漬けにするとふやけてしまい、色も抜けてしまいます。といって、アルコールに漬けなければ腐ってしまいます。ですので、写真に残すしかないのです。
ワグナーは、被写体を非常に丁寧に扱って、1匹ごとに何枚も写真を取ります。さながらファッションモデルの撮影会のようです。小枝を小さなスタンドに取り付け、そこに毛虫をおいて撮影します。その背景には自然な感じの緑色になるように葉っぱ等が飾られています。巨大なマクロレンズで接写します。ワグナーは、撮影時に毛虫が空腹であることが望ましいと言っていました。満腹の毛虫は、動きも少なく小枝と同じ様な色をしているわけですが、小枝が突き出したような形状に擬態して目立たなくなってしまうからです。毛虫はあまり目が良くないので、おそらく光の明暗を認識しているだけです。それにもかかわらず、ワグナーは、彼らがカメラを見ているところを撮るのが好きなのでした。
「アイコンタクト、つまり、互いの目と目を見つめ合うことが重要なんです。」と、彼は言いました。「それがないと、人々は毛虫に親近感を抱きません。」
黒い毛虫を踏み潰してしまった日の夜、私はワグナーがその日に採集したものを撮影するのをしばらく見ていました。何度も撮り直しをしていました。彼は、ジーンズにスニーカー、半袖のボタンダウンシャツを着ていました。キャタピラー社のロゴがプリントされたキャップも被っていました。野外で活動する日には、彼はいつもその格好でした。彼が私に教えてくれたのですが、キャタピラー社(Caterpillar:毛虫の意)のキャップを被っているのは、ちょっとした洒落とのことでした。 彼は撮影していた毛虫と比べるとはるかに大きかったので、私が毛虫を撮影中の彼の写真を撮ったところ、良い写真が撮れませんでした。彼は、何も無いのに必死でカメラを構えている間抜けな男にしかみえませんでした。
ワグナーが超接写で撮影した写真は、見事な出来でした。毛虫が鮮明に写っていました。ワグナーが松の木で見つけた毛虫の写真は特に見事でした。体色は灰色で、影のような凹凸のある黒い斑点が見られ、松の樹皮のような質感が感じられました。また、彼が樫の木の葉で見つけた毛虫は、体色が濃い緑色で、背中に葉の中肋を模したような白いストライプが見え、葉脈を模した薄緑色のストライプも見えました。「多くの人が、、毛虫に嫌悪感を抱いたり、醜いと思っています。」と、彼は言いました。「私には全く理解できないことです。」
深夜0時を回った頃に、私は寝ることにしました。翌朝に気付いたのですが、ワグナーはさらに3時間ほど起きていたようでした。「私が寝る唯一の理由は、次の日に失敗しないようにするためです。」と彼は言いました。