昆虫の黙示録(insect apocalypse)って何?毛虫の研究が暗示する多くの昆虫に迫る絶滅の危機!

6.多種多様な昆虫は食物連鎖の要の役割を果たしている

 哺乳類は約6,500種もあります。両生類は約9,000種、鳥類は約11,000種です。これらの数字は、生物の多様性をイメージさせるものです。しかし、地球上の生物の多様性は、そんな小さな数値で語ることはできません。ほとんど認識している人はいないと思いますが、私たちが普段目にしないところにこそ、沢山の種が存在していて、それは小さなものがほとんどなのです。甲虫の最大の科であるゾウムシ(Curculionidae)科は約6万種、別の甲虫科のゴミムシダマシ(Tenebrionidae)科では約2万種が認識されています。また、寄生バチの一種であるヒメバチ(Ichneumonidae)科には10万種近くが存在すると推定されています。これだけで脊椎動物の全種類を上回ります。ヒメバチは、他の昆虫の幼虫の体内に卵を産みます。ダーウィンは、ヒメバチの存在をインテリジェント・デザイン(intelligent design:生物や宇宙の構造の複雑さや緻密さを根拠に、「知性ある何か」によって生命や宇宙の精妙なシステムが設計されたとする理論)に反対する強力な論拠としました。彼は、「慈悲深い全能の神(beneficent and omnipotent God)」がこのような凶悪な生物を意図的に創造するとは考えられないと主張していました。 話を戻しますが、実際、昆虫の種の数は非常に多く、少なくとも200万種と見積もられています。いや、そんな少ないはずはなく1,000万種以上と見積もる者もいます。オーストラリアの物理学者から理論生態学者に転じたロバート・メイ(Robert May)は、冗談めかして言っていました、「近似的に言えば、すべての種は昆虫であるといっても過言ではありません!」と。

 その多様性が非常に重要なわけですが、昆虫は地球上のあらゆる場所、あらゆる生態系で重要な役割を果たしています。世界の顕花植物(flowering plants)の約4分の3は、昆虫による受粉に依存しています。また、多くの昆虫が種子散布者という重要な役割も担っています。多くの植物が種子に小さなおやつをちりばめています。そうしてアリに運んでもらうよう誘惑しているのです。また、昆虫は重要な分解者でもあります。ちなみに、人間が死ぬと、数分後にはクロバエ(blowflies)が飛んできて、暖かい季節にはクロバエのウジが1週間以内に死体の大半を食べ尽くしてしまいます。

 一方、他の多くの生物が、昆虫を重要な栄養源にしています。食虫性の哺乳類には、ハリネズミ(hedgehogs)やトガリネズミ(shrews)やコウモリ(bats)のほとんどの種が含まれます。ほぼ両生類の全てが昆虫を食べます。同様に、爬虫類(reptiles)や淡水魚(freshwater fish)の多くも昆虫を食べます。鳥類の多くも昆虫を食べます。特に繁殖期には沢山食べます。アメリカコガラ(chickadees)の幼鳥は、1羽で羽化するまでに6千匹もの毛虫を食べます。昆虫は、他の生物よりも多くのエネルギーを植物から動物に伝えています。昆虫は、食物連鎖を繋ぐハンダのような役割を果たしているのです。

 昆虫はそんな重要な役割を果たしているわけですが、少なくともホモ・サピエンス(Homo sapiens)は、それをあまり評価していません。私たちが昆虫に関心を持つことは、ほとんどありません。たまに関心を持つとしても、たいていの場合は、困らせるような昆虫に対してです。ワグナーの研究に敬意を払うのであれば、単なる昆虫の研究だとして無視するのではなく、立ち止まって、じっくりと見てみるべきだと思います。よく見てみれば分かるのですが、次から次へと驚きの発見があるはずです。

 ワグナーの著書”Caterpillars of Eastern North America”(未邦訳:北アメリカ東部の毛虫)を読んで知ったのですが、シルバーセセリチョウ(silver-spotted skipper)の毛虫は、肛門にある空気銃のような器官を使って糞粒を舞い上がらせます。これは「糞発射(fecal firing)」と呼ばれ、スズメバチが寄生しようとするのを防いでいます。シルバーブルー(silvery blue)というチョウの毛虫は、甘い液体を出す「蜜器官」を持っています。そこから出る液でアリを引き寄せて、自分を護衛させるようにします。カモフラージュルーパー(camouflaged looper)は、花びらなどの植物片を噛んで、大きく切り出して、背中に貼り付けます。そうして大きく見せかけることで潜在的な捕食者を混乱させます。キササゲスフィンクス(catalpa sphinx)の毛虫は、脅威を感じると緑色のベトベトしたものを吐き出して撒き散らし、激しく抵抗します。ウォルナットスフィンクス(walnut sphinx)の毛虫も激しく抵抗しますが、ベトベトを吐き出す代わりに、空気穴(気門)から口笛のような音を出します。レースキャップ・キャタピラー(lace-capped caterpillar:茶のレースを被ったような毛虫)は、枯れかけた草木の一部に見えるような色をしています。葉の一部を食べ尽くすと、食べ尽くされたことで出来た隙間に体を入れるようにします。葉と同化するような感じになります。事実上、自分が与えた損害を他からは認識できないようにしています。

 採集の旅も終盤にさしかかった頃のことでしたが、私とワグナーはメキシコとの国境から数キロ離れたところに車を停めました。ワグナーは通常通りに例のナイロン製のシートを広げ、草木を叩き始めました。この時点では、私はちょっとした草木叩きの名手となっていました。何度も草木を叩いてきましたから。ワグナーが貸してくれたナイロン製シートの上に落ちている植物の破片等の中から毛虫を選り分けるのも上手になっていました。選り分けるにはコツがあるわけですが、至って簡単です。何と言っても、毛虫は葉っぱと違って動くからです。デビルズクロー(devil’s claw:一年生植物で、大きな白っぽいか黄色っぽい紫色の斑点のある花と長く曲がったくちばし状のものがある)という植物を叩いた後、私は小さな緑色の毛虫を見つけました。見た感じでは、特に珍しいものには思えなかったのですが、とりあえずワグナーに見せてみました。すると、彼はすぐに何かに気付いたようでした。彼によれば、その毛虫は微細なトゲで覆われていたのですが、同様のトゲを持つキンウワバ属(genus Heliothis)の毛虫によく見られる斑紋が無かったのです。

 「あなたが採集したこの小さな緑色の毛虫は、非常に貴重なものだと思います。」と、彼は私に言いました。彼はそれを小瓶に入れ、遺伝子解析のために然るべきところに送るつもりだと言っていました。その結果次第ですが、それが”Caterpillars of Eastern North America”(未邦訳:北アメリカ東部の毛虫)に書き加えられる可能性もあります。