The Real Meaning of Emmanuel Macron’s Victory
エマニュエル・マクロンの勝利の本当の意味
The fact is that, in difficult circumstances, Macron has managed to win the Presidency twice.
マクロンは大統領選で再選を果たしました。勝利したこと自体に意義があります。簡単ではありませんでした。
By Adam Gopnik April 25, 2022
フランスでマクロン大統領の2度目の大統領選があった日曜日(4月24日)、ニューヨーク市在住のあるフランス語好きの一家は、緊張した面持ちでフランスのラジオ局TSF Jazz(以下、TSFジャズ)の放送をストリーミングで聴きながら朝を迎えました。TSFジャズは、フランス文明が輝き続けていることを感じさせてくれます。フランスの営利目的の放送局ですが、選曲されるのはジャズが多く、どのアメリカのラジオ局よりもジャズへの理解と敬意が感じられます。ライオネル・ハンプトンやジョン・コルトレーンの曲が良く流れますし、フランク・シナトラやサミー・デイヴィス・ジュニアなどの曲が、フランス語のコマーシャルやニュースや会話に混じって流れます。フランス人は、我々アメリカ人が過小評価してしまっているものを正当に評価して愛するという能力を持っています。それは、昔から変わっていません。1940、50年代のB級映画から生まれたフィルム・ノワールというジャンルの価値をアメリカの批評家たちが全く見逃していた時も、フランス人はその価値を認識していました。彼らには、芸術の価値を正当に評価する驚異的な能力が備わっているのです。
しかし、フランス人が称賛に値するからといって、フランスの歴史を盲目的に肯定することはできません。フランスの歴史を紐解いてみると、過度にイデオロギー化された政治に依存して悲惨な状況に陥ったことが何度もあります。1789年以降、政治の二極化がしばしば行き過ぎになることがあります。また、選挙で現職が著しく過小評価される傾向が顕著となりがちです。それらによって、フランスは何度も苦境に陥ってきました。2週間前、大統領選の1次選挙で、極左候補のジャン=リュック・メランションは、21.7%を得票しました。偶然にも、その数字はかつての共産党候補の得票率と全く同じでした。メランションは理想主義を掲げて極左思想をアピールしました。フランス人、特にフランスの若者にとって、極左思想はいつの時代にも変わらず魅力的なようです。
ですので、マリーヌ・ルペン率いる極右政党の国民連合(かつて彼女の父親が率いていた国民戦線が改名された)が、選挙戦中に急激に中道寄りに路線変更をしたことは、得票を増やすためには非常に有効だと思われました。しかし、EU離脱の公約を反故にしたことは、あまりにも軽率でした。また、マリーヌ・ルペンが長年にわたってプーチンとの友好関係を維持していたこともマイナスに働きました。あからさまに人種差別思想をアピールしていた超極右の旧戦線(pur et dur)のエリック・ゼムールの得票率は10%未満でした。既に、フランスでは、歴史のある伝統的な保守政党が自らの無能さゆえに瓦解してしまっています。そのため、極右のナショナリズムがフランス国民の間で、より親しみやすいものとなりつつあります。もっとも、アメリカでも極右のナショナリズムが台頭しているわけですから、特に驚くべきことではないのかもしれません。
ニューヨーク時間午後2時時点の開票結果は、ルペンが42%、マクロンが58%の得票率でした。厳しい状況下においても、マクロンが2度目の大統領選に勝利したことによって、彼の逞しさが証明されました。また、フランス国民に政治的な常識が備わっていることも証明され、合理的な選択が為されたのだと思います。アメリカの多くの報道機関や一部のフランスの報道機関が、マクロンの勝利は他にまともな候補者が居ない為に凡庸な人物が当選したものであり、一種の道徳的敗北であると決めつけています。そうした報道には、本当に困惑させられます。マクロンは、得票率で17%もの大差をつけて勝利しているのです。アメリカの大統領選でそれほどの大差がつくのは稀なことです。ニクソンのマクガバンに対する勝利、レーガンのモンデールに対する勝利以降、そのような大差がついたことはありません。たしかに、マクロンを選んだ有権者の中には、対立候補が嫌いだからという理由で彼を選んだという人もいたでしょう。しかし、民主主義国家の選挙では、そうした消去法的な選択をする人は少なくないのです。アメリカの大統領選でトランプに投票した有権者の多くは、長年の共和党員で、トランプに投票した理由は民主党が嫌いであるということにあったのではないでしょうか。また、ジョー・バイデンが大統領選挙で勝てたのは対立候補が酷い人物であったからなのかもしれません。しかし、それでバイデン大統領の勝利の価値が低くなるわけではありません。おそらく、フランスの大統領選において対立候補が嫌いだからという消去法的な理由で得られた得票数は、マクロンよりも、むしろ、ルペンの方が多かったのではないでしょうか。マクロンは現職であるがゆえに、さまざまな批判の矢面に立っていましたし、フランスでは現職が過小評価される傾向が非常に顕著なのです。さて、民主主義国家の選挙では、対立候補に我慢できないからという理由で投じられる票が必ずあります。そうした投票行動には問題があるのでしょうか?まさしく民意が反映されているわけですから、全く問題ありません。むしろ、それこそが民主主義を機能させているのです。
ルペンは極右の過激派として膨大な票を得たのではありません。今回の大統領選では、極右の過激派でない振りをすることで、得票数をのばしたのです。それでも、敗れたわけです。また、彼女は、ゼムールが選挙戦に出ていたことで多大な恩恵を受けています。というのは、ゼムールは、右派の中でも超絶な右寄りで、反イスラム、反移民を堂々と主張していましたから、ルペンはそれに比べるといくらかましに見えたからです。ルペンは、父親の人気を引き継ぎました。選挙戦が終わった後でマクロンが指摘していたようですが、そのことだけが彼女の人気の源泉だったのです。彼女の父親は公然とファシズムを唱えていました。今回の選挙戦で、彼女は、ファシズム的な主張を隠すことに努めていたようですが、逆にそのことで父親時代からの支援者の票が逃げていってしまいました。今回の大統領戦で明らかになったのは、ルペンの人気の源は偉大な父親の娘であるという血統だけであったということです。
選挙に勝利して実際に政権を担う者の言葉は、敗北した候補者の主張よりも華やかではないことが多いようです。イギリスのジャーナリスト、ヘレン・ルイスは、マクロンが前回(2017年)の大統領選で勝利をした際に、その勝利を評価しない報道ばかりであったことを痛烈に皮肉っていました。彼は書いていました、「なぜ、これほど多くの者がエマニュエル・マクロンに投票したのだろうか?そんな疑問を持っている人が多いようですが、その人たちは、マクロンでなければもっと経済が上手くいくとでも思っているんでしょうか?それとも、もっと人種差別的な候補者のほうが良かったとでも言うのでしょうか?」と。5年前の決選投票の時よりも、ルペンがマクロンとの差を縮めたことは事実ですが、だからといってルペンへの支持が拡大したと認識するのは的はずれです。フランスで現職の大統領が再選されたのは実に20年ぶりのことです。それほど難しいことなのです。また、1958年に制定された第5共和制の大統領としては、ドゴール以来初めて、議会の過半数を維持したまま大統領に再選されたのです(ジャック・シラクも再選されましたが、2002年の再選時に左派政権と連立政権を組んでいましたし、フランソワ・ミッテランも1988年の再選時には右派政権と連立していました)。民主主義国家の選挙は接戦になることが多いのですが、今回はそうでなかったことは特筆に値します。マクロンは得票を増やそうとして政策がブレることもなく、右傾化したりもしませんでした。例えば、イスラム教徒の女性がヒジャブを着用することが争点になった際には、ゼムールが新生児にはフランス人の名字しか付けさせないという右寄りの法案を提案していましたが、マクロンは宗教的マイノリティーの尊重を主張していました。
おそらく、マクロン大統領の2期目の政権運営には非常な困難が伴うでしょう。デモが頻発し、大統領は1期目以上に失政続きだと避難されるでしょう。民主主義は死んだと声高に叫ばれるでしょう。政治的混乱が顕著になり、マクロン政権の舵取りは綱渡りが続くでしょう。しかし、歴史を振り返ると、フランスの政権は1958年以来ずっと不安定なのです。もっと言うと、実は1789年以来ずっと不安定なのです。しかし、極右候補が勝利するような最悪の事態は避けられたのです。大差で退けることができたのです。やるべきことはたくさんあり、とりわけ6月の下院選挙で勝利することが重要ですので、マクロン大統領は息をつく暇もないでしょう。残念ながら、未だかつてフランスの大統領になった者で息をつく暇があった者などいないのです。
「勝者は戦利品を得られる」という諺は、民主主義の国の政治においては当てはまりません。なぜなら、政権政党の交代は常に起こりうることですし、またそうであるべきだからです。しかし、マクロン政権には、大統領選で得られた信任に応えるべく上手く政権運営してもらいたいものです。今回の勝利は非常に意義深いもので、人道的な価値観が残忍で専制的な価値観に対して勝利したと言えます。また、リベラルな博愛主義が反動的な排外主義に勝利したとも言えます。それらの勝利は、全世界にとって意義のあることでした。TSFジャズ局がその晩の最後に流した曲は、ジェローム・リチャードソン、ハンク・ジョーンズ、ケニー・バレル(他)の演奏による “Delirious Trimmings(デリリアス・トリミング) “でした。完全に勝利に酔っているような曲調ではないのですが、陽気で勝利を祝うような感じでした。私には、まさにその晩にふさわしいものだと感じられました。
以上
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