2.クイドネット社の事例 地下貯水層に水を貯める
ヒューストンに本社を置くQuidnet(以下、クイドネット社)は、ダムを作らなくても蓄電できる技術の研究をしている企業の1つです。先月、私はフォード社のピックアップトラックのF-150キングランチに乗って、クイドネット社の執行担当副社長のスコット・ライトとCOOのジェイソン・クレイグと一緒に、同社がサンアントニオ西部の農村部に保有している研究施設に行きました。クレイグが後部座席から私にクイドネット社が新しい揚水式発電所に関する特許を取得したことを説明してくれていたのですが、広大な農地にいくつも看板が立っているのが目に見えました。同社が特許を取得した新たな蓄電システムは、水を上部調整池に汲み上げるのではなく、1,000フィート下方に繋がっているパイプを通して地下に送ります。水はシェール層の割れ目に入り込み、圧力が作り出されます。発電するときは、水を解放し、押さえつけていた圧力を利用して発電機を駆動させます。ライトとクレイグは長年に渡って石油・ガスの採掘に携わってきました。クイドネット社の技術は、フラッキング(水圧破粉法。シェールガスの採取で用いられる手法。化学物質が使われて環境を破壊する)の技術を応用したものですが、環境への負荷はありません。フラッキングというのは、地下の岩体に超高圧の水を注入して亀裂を生じさせる技術ですが、 天然ガス採掘の際には、特殊な砂粒や、酸・防腐剤・ゲル化剤・摩擦低減剤などの化学物質を添加した水が使われます。クイドネット社は、天然ガス掘削の際と同じ装置を使って同様に水を地中に注入するのですが、その目的が違います。水を岩石の間に挟むようにして貯めて地下貯水層を形成し、必要に応じて放出することができるようにしたのです。
車の中で、私は、2021年2月にテキサス州で停電が発生したことについて聞いてみました。冬の嵐の影響で天然ガス製造所が数日間停止し、何百万人もの人が停電に見舞われました。200人以上が死亡しました。大規模な停電が数日も続いた理由はいろいろとあるわけですが、テキサス州の送電網は他州と繋がっていないことも1つの理由でした。「私たちは、近くのため池の水をバケツで運んでトイレで使いました。そのような時のために送電網を他州と繋げることも必要かもしれませんが、電力を蓄えておく技術が確立することが必須だと思います。」と、ライトは言いました。
クイドネット社のような企業が作る人工地下貯水層は、その形状から掘削エンジニアの間では「レンズ」と呼ばれています。クレイグは言っていました、「私は、”ブーブークッション”と呼んでいるんですが、私以外でそう呼ぶ者はいませんね。」と。当初、クイドネット社には懐疑的な目が向けられていました。というのは、適切なサイズと形のレンズを形成するのは非常に難易度が高く不可能だと思われていたからです。しかし、私が2人に会った時点では、テキサス、オハイオ、アルバータの3州で地下貯水式の施設を問題なく稼働させていました。同社は、ビル・ゲイツが設立したブレイクスルー・エナジー・ベンチャーズ社をはじめ、民間企業や政府から3,800万ドルの資金提供を受けています。
クイドネット社は、電力貯蔵設備への関心の高まりのおかげで恩恵を受けています。2018年、米国エネルギー省は、先端エネルギー貯蔵技術開発プロジェクト(Duration Addition to electricitY Storage:略してDAYS)を通じて、クイドネット社を含む10事業者に3,000万ドルの資金を援助しました。ドナルド・トランプ大統領は退任前に、超党派の「エネルギー貯蔵技術向上法( Better Energy Storage Technology:略してBEST)」を含む「2020年エネルギー法(Energy Act of 2020)」に署名しました。それによって、新しいエネルギー貯蔵技術の研究、開発、実証に5年間で10億ドルが投じられることとなりました。現在、多くの州が蓄電容量目標を設定しています。また、2018年には連邦エネルギー規制委員会が、発電事業者や送電事業者に蓄電施設に関する障壁を無くすよう指示を出しました(order841)。アメリカクリーンパワー協会のジェイソン・バーウェンが私に言ったのですが、現在、蓄電技術の開発が非常に盛んで、非常に注目を集めています。しかし、研究開発が進められていますが、実用化段階ではまだまだ問題点が多いようです。資金援助を受けた再生可能な形の貯蔵技術の多くは、現時点では実用的ではありません。また、高価で、非効率であることも判明しています。このままでは、広く普及することはないでしょう。
クイドネット社の研究施設に向かっている最中に、クレイグは多くのエネルギー貯蔵設備の研究開発をしている企業の取り組みを私に説明してくれました。基本的な原理は、複雑ではなく簡単なものです。高校の物理で扱っているようなレベルです。力を入れてモノを持ち上げると、そのモノには位置エネルギーが蓄えられます。それで、そのモノを落下させると、位置エネルギーが運動エネルギーになり、発電機が稼働し電力が産生されます。モノを持ち上げない場合でも、基本的な原理は同じです。エネルギーを蓄える研究をしている企業の中には、重いモノを持ち上げる方法を採用しているところもありますが、空気や水を圧縮したり、モノを回転させたり、モノを加熱する方法を採用しているところもあります。再生可能エネルギーだけを使って、それを環境負荷の無い方法で貯蔵して、需要に合わせてそれを放出できるようにすることが目標です。そうすれば、環境負荷は全くありません。それは、環境負荷の全く無いバッテリーをつくるようなものです。
クレイグは言いました、「電力を長期に渡って貯蔵する方法を研究開発しているわけですが、その解決策はモノを運び上げることだったのです。結構ローテクだと思いませんか?それなら、特に高度なテクノロジーを必要とするわけでも無いのですから、当社にも十分に勝機があると思います。バッテリーの開発となると、かなり高度な電気化学反応の知識が必要で、クイドネット社にはその分野に詳しい研究者は1人もいません。しかし、その解決策は、クレーンで重いものを持ち上げたり、油圧ジャッキで地盤を押し上げることなのです。ネバダ州の企業は、列車に石を積んで坂道を登らせ、それを下らせる時に電気を生成する方法を研究しているようです。石を高いところに運ぶのであれば、そんなに高度なテクノロジーは必要ないように思えます。原始時代に生きていたフレッド・フリントストーン(アニメ「恐竜時代」の主人公)でも簡単にできそうです。ですので、決して難しくは無いと確信しています。」と。
私たちが乗った車が研究施設敷地内に入ったあたりで、ハゲタカの群れが頭上を旋回していました。
「これが何を意味する分かりますか?」とクレイグが聞いてきました。
「ひょっとして、私が生きてここから出られないってこと?」と私は答えました。
2人は大笑いしていました。
「その通り!あんまり嫌な質問をすると生きて帰しませんよ!」とクレイグが言いました。
私は、頭の中で1つ質問を思いついていました。それは、私はグリーンエネルギーの未来を見ることができるのか否かということです。私は、奇抜だが決して役に立たない技術を見るためだけにテキサスの片田舎まで来たのかもしれないという不安に襲われました。