化石燃料の使用を止めることは可能か?再生可能エネルギーの利用を増やすには、エネルギー貯蔵設備の開発が必要!

3.エネルギーを貯蔵するにはコストがかかる

 つい最近まで、エネルギーを貯蔵する新しい方法についてあまり考える必要はありませんでした。化石燃料は前時代的なエネルギーの貯蔵庫であり、それを燃やして発電装置を駆動させることでエネルギーを使うことができました。燃やすべき燃料は常にふんだんにありました。太陽光発電に長年投資し、最も資本力のある蓄電技術開発企業の一つであるエナジーボールト社(Energy Vault)の共同設立者であるビル・グロスは私に言いました、「世界のほぼすべての電力は、作られると同時に使われています。」と。逆に、すぐに消費されない電力のほとんどは、失われてしまっているのです。非常にもったいないような気もするのですが、技術的な側面からすると、致し方ないことなのです。というのは、現在のテクノロジーでは、電力を生み出すよりも、電力を貯めておく方がコストがかかるからです。現在では、太陽光発電設備や風力発電設備の効率はかなり高くなっていますので、石炭火力や天然ガス火力発電設備より発電コストが低いものも少なくないのです。しかし、蓄電のコストを加味すると、再生可能エネルギーは化石燃料にコスト面では劣ってしまうようです。

 私たちの身の回りでは、さまざまな形でエネルギーが蓄積されていて、それが時に放出されます。冷蔵庫の中の炭酸水の中には、圧力という形でエネルギーが蓄えられていて、栓を開けるとエネルギーが放出されます。積み上げた本もエネルギーを蓄えていて、崩れ落ちて落下する時にエネルギーが放出されます。エネルギーが蓄えられていてそれが放出されたものでもっと大きなものは、火山の噴火や雪崩などです。しかし、それらが蓄えていたエネルギーは放出されても全く有効活用されていません。蓄えたエネルギーが有効に使われるようにするには、予測可能で、扱いやすく、濃縮して小さなスペースに多くのエネルギーを詰め込むことができるようにする必要があります。気候変動を引き起こすという点は置いておいて、化石燃料は、そうした条件をすべて満たしています。ガソリンは容易にパイプラインを通して移動させることが可能である上、たった1ガロンのガソリンを燃やすだけで、揚水式水力発電所で数千ガロンの水を下部から上部調整池に移動させるのに必要なエネルギーを放出することができるのです。

 現在巷で流通しているリチウムイオン電池は、それに比べると低密度です。揚水式水力発電などの再生可能エネルギー貯蔵システムも低密度ですし、扱いやすいわけではありませんし、設備も大掛かりです。圧縮空気を使ってエネルギーを貯蔵する技術の根幹は、何十年も前に確立されました。地下洞窟(人工のものも自然のものもある)に空気を送り込んで圧縮し、必要な時にそれを再び放出させます。最初の地下圧縮空気貯蔵施設は、1978年にドイツで作られました。膨大な量のエネルギーを貯蔵し、放出することができました。しかし、揚水式水力発電所と同様ですが、圧縮空気貯蔵施設を作るには必要な広さがあり条件を満たす敵地を探し出す必要があり、それなりの建設コストがかかります。また、効率が高いわけでもなく、通常、ガスの加圧に費やしたエネルギーの半分ほどしか利用することができません。

 エネルギーの貯蔵法を研究している研究者の多くが、エネルギー密度を高めることと、エネルギー効率の向上を目指しています。トロントにあるエネルギー貯蔵スタートアップ企業のハイドロスター( Hydrostor )社は、3億円ドル以上の資金を得て、カリフォルニアやオーストラリアなどの数カ所で、今後5年以内にエネルギー貯蔵設備を稼働開始する予定です。同社の設備が画期的なのは、圧縮された空気をタンクに貯め、空気圧縮時に発生する熱を保持し、圧縮された空気が膨張する時にその熱が当てられます。それによって、タービンを回して発電する能力が飛躍的に高まります。また、イギリスのハイビュー・パワー(Highview Poewr)社では、さらに斬新なテクノロジーを確立しようとしています。空気を零下300度を超える低温に冷却して液体にするという方法を採用しています。液化した空気は密度が高いので、温めることによって急速にガス化し、タービンを勢いよく回転させます。ハイビュー・パワー社のコリン・ロイ会長が私に言ったのですが、タンクを開けると、空気が猛烈な勢いで噴き出すそうです。ハイビュー・パワー社は、液体空気を使ってエネルギーを貯めておく施設のプロトタイプを構築中です。イギリスとスペインで商業プラントの実験中です。

 クイドネット社も、空気を圧縮する技術を洗練させようと研究を続けています。クウィドネット社の研究施設に私は行ってみました。その土地のオーナーであるジェイコブとセイディのシュワーズ夫妻にも会いました。約1年前にクイドネット社はその施設に掘削装置を配備していました。それは、トラックに70フィート(21メートル)ほどの支柱が付いたようなものでした。現在、井戸の青い坑口は、地表面から10フィート(3メートル)ほどの高さになっています。近くには船用のコンテナほどの大きさのポンプ室が1つあり、いくつもの黄色いタンクもあります。それらはたくさんのホースやパイプや管で繋がっています。それらのタンクから水が汲み上げられ、井戸に貯められます。井戸内では水に圧力をかけて貯蔵し、再びタンクに戻す際に圧力が減じられます。先月、クイドネット社は、サンアントニオ州の電力会社と協力してエネルギー貯蔵技術の実証実験をすると発表しました。

 私は、案内してくれたシュワーズ夫妻とともにポンプ室の中に入りました。たくさんのピストンやフライホィール(はずみ車)、パルセーションダンパー(圧力変動を吸収するために設けられている)などを眺めました。奥には500馬力の黄色いディーゼルエンジンが静かに鎮座し、ポンプを動かす準備をしていました。「私は、大きな機械と大きな音と油のにおいが好きなんだよ!」とライトは言いました。私が見たのはプロトタイプだったわけですが、現在も開発が進められていて、このシステムが実用化されて市場に投入される際には、ポンプのモーターはクリーンなエネルギーによって駆動して水を汲み上げ、その水が戻る際に発電されます。完全にクリーンで理想的なエネルギー貯蔵施設になります。

 私たちは、その施設内から炎天下の屋外にもどりました。すると、ライトは地面から突き出ている10本の塩ビのパイプを指差しました。それらは、地下に埋設されている傾斜計に繋がっていました。傾斜計は、岩盤の変位を追跡することによってレンズ(人工地下貯水層)のサイズと特性を評価するためのものでした。その装置は、月の満ち欠けをも感知することもできるとのことでした。私たちが立ち話をしている時にクレイグが言ったのですが、この実験施設ではたくさんタンクが置いてありますが、見栄えの良い池に置き換えることも可能なようです。セイディ・シュワーズが私たちに言ったのは、この施設全体がソーラーパネルとクイドネット社のエネルギー貯蔵設備のみで全ての電力を賄えるようになる日が来ることを夢見ているということでした。

 ライトが運転するピックアップトラックに乗って戻ったのですが、車中で私はクイドネット社が研究している技術が確立されたらどうなるだろうかと考えていました。現在の揚水式水力発電所は大きな湖が必ず必要なわけですが、クイドネット社の施設では、地中に圧力をかけて水を蓄える形になります。同社の技術が完成すれば、想定では、井戸の口の部分を半マイルほどの間隔で点在させることになります。それ4個で、湖1個と同等のエネルギーを蓄えることができるそうです。それで、圧縮された水が膨張して上方に吐き出され、上を向いたタービンが勢い良く回転し発電するのです。それは、ある意味、巨大なバッテリーのようなものです。