GTD(Getting Things Done)の盛衰!知識労働者の生産性を上げるのが難しいのは何故?

Annals of Technology

The Rise and Fall of Getting Things Done
GTD(Getting Things Done)の盛衰について

How personal productivity transformed work—and failed to.
知識労働者の生産性を上げる取り組みが上手くいかないのは何故?

By Cal Newport
November 17, 2020

1.GTDの誕生と隆盛

 2000年の初め、マーリン・マンは、ソフトウェア会社でフリーランスのプロジェクトマネージャーとして働いていました。彼は、ウェブデザインに詳しく、マッキントッシュの熱狂的なファンでした。彼は何年も同じような業務をこなしていたので、その一部始終を把握していました。しかし、時に業務に追いまくられていると感じることもありました。業務をこなしていく上での能力が足りていないからではありません。原因は、常に大量の電子メールが届いて、あまりにも多くのこまごまとした管理業務をこなさなければならないことでした。会議日程を調整したりするのが面倒でした。彼はその時のことを回想して言いました、「本当にいつも情報の山の中に埋まってしまうんじゃないかと思っていました。私は大学を出て知識もありましたし、仕事も出来る方でした。しかし、当時はとても大変でした」と。

 業務に追いまくられているのは、マンだけではありませんでした。1990年代に、電子メールが普及して知識労働者の働き方が変わりました。いつでもどこでも簡単に相手とコミュニケーションすることが可能になりました。電子メールを受信するということは、その後やらなければいけないことが増えるということを意味します。メールの内容を読んで理解したり、会議の調整をしたり、返信メールを送ったりということです。かつて、知識労働者の仕事というのは、数時間は続けて落ち着いて取組むものでした。しかし、今では会議や電話などで中断されるので、小間切れで取り組むしかありません。ですから、必死になって、その場その場で時間をやりくりするフレキシブルな対応をすることが必要で、信じられないほど負荷は高くなっています。「現在は誰もが電子メールに振り回されている状況です」と、マンは言っていました。

 2003年、彼は、自分のイライラした気分にどう対処すべきかが記されているように思える本に出くわしました。それは「Getting Things Done:The Art of Stress-Free Productivity(邦題:仕事を成し遂げる技術―ストレスなく生産性を発揮する方法)」という著書でした。マンにとって、それは素晴らしい本で、イライラが無くなりました。その中には、「GTD」という仕事術が書かれていました。GTDは「Getting Things Done」の頭文字です。それはその本の著者のデビッド・アレンが考案したものです。彼は、コンサルタント業から転じて起業家になりました。カリフォルニア州オーハイに住んでいます。彼は、禅宗の教えと、クライアント企業をコンサルする際に磨き上げた厳格な組織管理術を組み合わせました。彼は、人の心がどのように機能しているのかを明らかにしていました。彼が言うには、人は頭の中にやるべきことを覚えておこうとすると、脳は構造的に何度も忘れて何度も思い出すように出来ているので、無限のループに陥って次々と心配事が湧いてくるということです。それでとても不安になるのです。その不安が、効果的に考える能力を低下させます。何をやるべきかを考えて不安になるようなことを避けられれば、今やっていることに完全に集中できるようになります。アレンはそのような状態を「mind like water(水のような心)」と呼びます。

 そのような心を維持するためには、やるべきことが発生したら、それが忘れたり思い出したりを繰り返すループに入ってしまわない内に処理する必要があります。GTDはいくつかの段階を踏んでいく仕事術です。最初にするのは、「把握する」ことです。イメージとしては、箱を用意して自分の頭の中にあるやるべきことを全てそこに保管する感じです。実際には、箱に入れるのではなくて、やるべきことを紙に書き出して机の上のトレーに入れたりします。例えば、次の会議までに終わられなければならない仕事があることに気が付いた時には、それを忘れないように紙にメモしてトレーに放り込むだけにしてください。そうすれば、それによって集中が途切れることなく今やっている作業を続けられます。いつでも、やるべきことが頭に浮かんだら、同じようにします。紙をトレーに入れる代わりに、パソコンやタブレット端末に書き込んでも良いです。しかし、メモに書き出しておくだけでは、心配事が無限に湧くループから逃れるには十分ではありません。トレーの中に保管したやるべきことは何時でも見ることが出来るし、実施可能であると信じる必要があります。アレンは、「見直し」することが重要だと言います。「見直し」することによって、たまたま頭に浮かんでメモしておいたやるべきことについて、次に具体的にどうしていくかを検討します。それで、具体的なやるべきことのリストを作ります。

 そのリストを作ることによって、やるべきことに取り掛かりやすくなります。アレンは著書の中で、そのリストの中の沢山ある項目を@phoneや@computerという見出し語を付けて分類整理することを推奨しています。そうしたら、見出し語で分類されたやるべきことのリストを確認して、例えば@phoneの見出し語の下に分類された複数のタスクは同時に行うことで効率が良く実行できるので、タスクを次々に実行することが可能になります。

  マンと同じように技術畑の人にとって、GTDは効率を上げてくれることが魅力的でした。進め方自体も年月を経ることによって洗練され最適化されていたことも魅力的でした。2004年9月、マンは「43 Folders(43個のフォルダ)」という名称のブログを始めました。それは、アレンが著書で、組織を活性化するために備忘録用に43のフォルダを作ることを推奨したことにちなんでいます。ブログ「43folders」は、12月分+31日(1カ月)分です。ブログ初期の投稿でも、マンはアレンの著書の中の文章をもじったものを記していました。その趣旨は難解ですが、要するにGTDは仕事にも私事にも役に立つということを言いたかったようです。マンは、ブログを始めた最初の月に、GTDに関する投稿を9回しました。非常に専門的な内容のものがかなりありました。ある投稿では、GTD用の新たなXMLフォーマットを作ることを提案していました。私には理解できない用語が沢山ありましたが、それにより、さまざまなアプリで、グラフィカルマップ、アウトライン、RDF、構造化テキストなどの複数の形式で同じタスクを表示できるようになるそうです。作家コリイ・ドクトロウがマンのブログ「43folders」の初期の投稿にリンクを貼ったことにより、ブログ訪問者が急増しました。ドクトロウがオタク文化に関するサイト「Boing Boing(ボーンボーン)」を運営して非常に人気があったことの影響は絶大でした。それで、わずか30日間で、マンのブログのユニーク訪問者数は15万人を超えました。ブログが非常に人気になったので、マンは仕事を辞め、ブログの運営に専念するようにしました。影響力が増したので、彼が作った造語で広く使われるようになったものもありました。例えば「productivity pr0n」という語がそうでした。「pr0n」は、「o」を「0」に置き換えたもので「pron」は「pornography」を略したオタク用語でした。彼のブログが人気を博したことからも明らかですが、多くの人が何とかして生産性を改善したいともがいていたようです。

 マンや彼の仲間が生産性を改善しようとしていることは、ごく自然なことに思われます。彼らは、ますます制御が難しくなっているように見える知識労働者の職場の生産性を高めようとしています。彼らが理解したいのは、知らない間に起こった職場環境の大きな変化にどのように対応すれば良いかということです。