4.GTDが知識労働者の生産性を向上できない原因
マンというリーダーの1人が居なくなった後も、生産性向上への関心は衰えませんでした。というのは、知識労働者に負荷がかかり過ぎる状況は続いていおり、生産性の向上は全く見られなかったからです。GTDは、いろんな手法と組み合わされて普及しつつありました。ビュレット・ジャーナル手帳が一部の人たちに人気が出たりとか、スマートフォンを使った生産性改善のアプリの爆発的普及等がありました。しかし、そういったもの全てが根本的な問題は何も解決しませんでした。
知識労働者の生産性が向上しないのは、いわゆる「コモンズの悲劇」の問題によると言う者も少なからずいます。つまり、個々人が自分にとって最適と思われる行動をとると、全体の利益は損なわれるということです。知識労働者が同僚に何かを依頼したり、通達文を皆にばら撒いたりするためにメールを送信するのは簡単なことです。しかし、だからと言って、思いついた都度送信したとしたら、意思疎通しやすい組織が成り立っているとは言えず、逆に組織の運営に悪い影響を及ぼします。受信した方は、受信ボックスがいっぱいになり、受信したメールへの対応で手が塞がってしまいます。こうした問題は個々人で解決出来る問題ではありません。もし、出来るだけメールの送信回数を減らして意思疎通を潤滑にしたいという知識労働者が何人かいたとしても、それだけでは皆が方々から受信するメールはちっとも減らないでしょう。また、受信したメールに対応することを優先しないような知識労働者がいたとすると、それは他の者の仕事が遅れることを意味しますので、より軋轢が増幅されます。
そうしたことはGTDのように個人の生産性を向上する仕組みの欠点を明らかにしています。GTDは根本的な問題、組織全体の業務遂行の妨げになる要因には全く対処出来ていないということです。GTDの仕組みを完璧にステップを踏んで実施していっても、日々受信する何百ものメールの対応が上手くなるだけで、届くメールの量が減ることは決してありません。