GTD(Getting Things Done)の盛衰!知識労働者の生産性を上げるのが難しいのは何故?

5.目を向けるべきは個人ではなく組織

 知識労働者に負荷がかかり過ぎている状況を修正する方法はいくつかあります。そういった解決策を語るには、知識労働者の自律性を重視したピータードラッカーの主張を再評価することから始める必要があります。認識しておく必要がありますが、生産性というのは、全く個人に起因するものではありません。仕組みの問題なのです。仕組みを分析して改善しなければならないのです。

 近年、知識労働者の生産性を真剣に研究している学者は数少ないのですが、バブソン大学情報学部教授でバブソン大学経営学部教授でもあるトム・ダベンポートはその中の1人です。ダベンポートが言うには、多くの組織が生産性の向上に関心があるが、ほとんどの場合、漸次いろんな仕組みを導入するくらいのことしかしていません。新しいソフトやウェブベースのアプリや共有ツールなどです。知識労働者はドラッカーが提唱していたように自律性を持てと言われても、すんなりそれを受け入れないだろうと一般的には思われています。現在のメール等が多すぎて意思疎通が上手く出来ない組織を、何らかの介入をすることによって意思疎通がし易い組織に置き換えるというアイディアは検討されたことはほとんどありません。

 ダベンポートの2005年の著作「Thinking for a Living(邦題:ナレッジワーカー)」では、知識労働者の生産性をどうやって改善するかについて具体的なアドバイスを記しています。しかし、彼のアドバイスでは、自律性を優先するのではなく強制的に実施させるような内容が多々ありました。たとえば、ある章では、ある種の知識労働者に図表等で説明して最適なルーティンを繰り返すことを強制することの効果を研究していました。しかし、彼はそのように作業のルーティン化することは熟練を要する業務の従事者には適さないと記していました。そうした者たちは、いつ誰と協力すべきかとか入念に示した作業指示書があっても興味を持たないだろうと彼は推測していました。結局、この著書はあまり売れませんでした。彼によれば、著書の中でも1番売れなかった本でした。それで、彼はもっと興味を持たれそうな分野に目を向けました。ビッグデータやAIです。

 人々は無駄に細部まで管理されたくないということは認めますが、それでも、知識労働は全て個人の裁量に任せなければならないということにはなりません。もし、あなたがコンピュータープログラマーであれば、プロジェクトマネージャーにコーディングに関して教えてもらおうなんて考えはしないでしょう。しかし、他の部署からのミーティング参加要請やひっきりなしの面倒くさいメールを削減出来る明確なルールを作ってくれるのであれば、大歓迎するでしょう。

 上長からの指示や介入が、注意を促すと同時と自律性を維持することも目的としているならば、それは素晴らしいことのように思われます。1999年にドラッカーが発表した論文で、20世紀には100年間で平均的な肉体労働者の生産性は50倍向上したと指摘していました。それは、主に、1つ1つの作業を改善することに執着したことが積み重なった結果でした。ある統計によると、米国では、知識労働者の数は肉体労働者のそれを上回っています。4倍といわれています。しかし、ドラッカーは、知識労働者の生産性の研究はまだ始まってもいないと言っていました。

 マーリン・マンの話題に戻ることで、生産性の向上に関するな明確なビジョンを導き出すことができるかもしれません。ブログ「43folders」の運営を彼が止める数年前から、マンはポッドキャスティングに手を出し始めました。ブログ「43folders」を閉鎖した後、彼は新しいメディア、ポッドキャストに大きな関心を持ちました。彼は現在、4つのポッドキャストを運営しています。1つは、友人であるロデリック・ウィンターズ(ロング・ウインターズというバンドのリードボーカル)との忌憚のない会話が主です。他には、生産性向上に関するものもあります。IT技術を活用したGTDの手順や目的などが主です。TaskPaperというやるべきことリストを作る際に使うアプリについても述べたりしました。

 マンはもはやGTDの仕組みを使わなくなりましたが、引き続きデビッド・アレン(マンからすると、GTDを一番上手く使っているように見える人物)のファンです。しかし、マンはアレンの最近の著作を読んでも、2004年に著作を読んだ時のように感動することは無いと言います。マンが必要としているのは単純なことです。ただ、ポッドキャスト4つの運営をスムーズにするためのスケジュール管理がしたいだけなのです。やるべきことが書き出してあればこと足りるのです。しかし、アレンの手法は、GTDの仕組みにこだわった大がかりなものです。たとえば、スケジュール通知機能を利用して、植物に水をやったり、猫のトイレを掃除したりということをアラートを発することにより忘れないようにするというものです。しかし、マンはそんな手法は使っていませんが、自律的に創造的な仕事に集中して取り組めています。まさしくドラッカーが経済の成長に不可欠と論じていた熟練した知識労働者の仕事と言えます。

 私たちのほとんどは自分の仕事を上位職の立場から冷静に俯瞰して分析することが出来ません。ですから、自分の仕事の構造を大幅に見直すということは難しいのですが、マンの最近の投稿には、それに関するちょっとしたヒントがありました。それは次のような考え方でした。まず、何とかして自分の目標を達成する妨げとなる他部署からの依頼などに対応する時間を最小化する仕組みを導入できないか検討します。それで、日々、少数の手に負えるだけの具体的な目標に集中して取り組みます。しかし、他部署が要求を出してくるということは、その部署の人たちも私たちと同様に目標を達成しようとしているから故のことです。ドラッカーは自立性の重要性を論じる際に、負荷が多すぎる状況を何とか回避して目標に集中するべきであると論じていましたが、負荷が多すぎる状況というのは他の誰かが自律的に行動した結果生み出されたものなのです。つまり、個々人が自律的に行動するだけでは不十分なのです。組織全体に管理者が介入して手を入れなければ知識労働者の生産性は向上しないのです。

 これまで、生産性向上に関して個人ではなく組織に目を向けるという思考の転換をする者は多くありませんでした。ダベンポートが発見したように、ほとんどの知識労働型企業は、新たな顧客を産み出す可能性のある技術的革新を起こし続けることに重点を置いていました。より多くのことを成し遂げるためには、単に従業員にもっと一生懸命働くように言うだけでも十分でした。パソコンとスマートフォンが普及したことで、知識労働者が業務を遂行するための時間が減り、時間の余裕が生まれるはずでした。しかし、そうはなりませんでした。組織が機能的でないために負荷が多すぎる状況だったので、遂行にかかる時間が減ったことにより生まれた時間は相殺されてしまっていました。さらに、covid- 19による影響が加わります。

 あっという間に、コロナウイルスの蔓延によって世界中のオフィスが閉鎖されました。この予期せぬ変化は、上手く機能するように構築されていない組織の非効率性を増幅させました。個々人は、ブログ「43folders」に示されているような仕組みを使って何とか生産性を向上させようと奮闘しています。ズームでのミーティングに参加し続け、業務と私事でさまざまな要求に対応する必要があります。多岐に渡るさまざまな項目をスケジュールに落とし込み抜け漏れなく効率的に処理することがにわかに必要となりました。

 しかし、マンが学んだように、個々人の努力だけでは不十分であることが明らかになりつつあります。現在、各企業は部分的にロックダウンを解除し始めていますが、当面の間、かなりの量の業務は在宅で行われるでしょう。現在の危機を乗り切るために、知識労働型企業がドラッカーがかつて主張していたように自律性を重視し、従業員に仕事をどのように達成するかを厳しく問うようになるかもしれません。

 生産性を確実に向上させるには、誰が何に取り組んでいるのか、そしてそれがどのように取り組まれているのかを理解することが必須になります。現在、業務の中で受信メールの対応に多くの時間を取られている状況において、受信トレイにやるべきことリストを保存するような形にすることは便利なことに思われます。しかし、その手法では、やはり組織が上手く機能しておらず負荷が多い状況は何の対応もされず改善されません。もし誰かが他人がどれくらい負荷を負った状況であるかを理解していないならば、平気でその人に他の業務も依頼するでしょう。もし誰も自分の属している組織の状況を把握していなかったら、各人の負荷が不平等になっていても是正しようなどとは思わないでしょう。(たとえば、カーネギーメロン大学のリンダバブコック教授が行った実験が良い例を示しています。女性は、地位に見合わない余計な業務を押し付けられがちです。宴会を計画したりするような業務です。男性に頼むよりも断られることは少ないように思われます。そう思われる状況が、ついつい女性に頼んでしまうという行動に繋がっているのです。)

 個々人ではなく、組織をどう機能的なものにするかということを考えなければなりません。ソフトウェア開発企業ではよく使われていますが、仮想タスクボードを使用するべきかもしれません。そのボードには、1タスク毎に1枚のカードに誰が担当かを記してピン止します。ピン止めする際は縦に時系列に並べます。そうすれば、それを一目見ただけで、自分の組織のさまざまな業務の進行状況が把握できますし、どの人がいつどれくらい余裕があるかも分かります。この方法を使えば、組織の最適化は不可能ではありません。

 たとえば、ソフトウェア開発では、プログラマーが一度に1つのことだけに取り組み、完了するまで気を散らすことのなく集中した時に最も効率が上がるということが広く信じられています。ソフトウェア開発以外の知識労働においても、集中できるように業務を割り振ることによって効率を上げることは可能だと思われます。ですから、毎朝、タスクボードを前にしてチーム全員でチームの状況を確認するミーティングをするのは良い方法かもしれません。そうすれば、各人がその日に取り組むべき事項が明確になるでしょう。そして、他の人がこなし切れなくて自分に業務を割り振られることに怒るのではなく、チーム全員にとって最適な結果を得るために共同してどうやってこなすべきかを考えるようになるでしょう。

 作業をより適切に視覚化する機能により、業務をよりスマートに実施できるようになります。会社の他の部署からの要求が非常に多くなって自分や自分が属している組織の負荷が過大であると感じられる時には、自分たちで何とか解決しようという風になるでしょう。以前とは大違いです。問題があやふやで認識できていなかった時、生産性の向上は個人の意志の問題だと考えていた時には、組織の問題を解決しようなどという考えが思い浮かぶことはありませんでした。