量子コンピュータって何?今さら人に聞くのはちょっと・・・大丈夫!この記事を読めば大体のことは分かる!

Annals of Technology December 19, 2022 Issue

The World-Changing Race to Develop the Quantum Computer
世界を変える量子コンピュータの開発競争

Such a device could help address climate change and food scarcity, or break the Internet. Will the U.S. or China get there first?
量子コンピュータは、気候変動や食糧不足に対処するのに役立つ可能性があります。あるいは、インターネットを破壊するかもしれません。米国と中国との競争は、どちらが勝者となるのでしょうか?

By Stephen Witt December 12, 2022

1.量子コンピュータの開発競争が続いている

 カリフォルニア州サンタバーバラの郊外、果樹園と海に挟まれた場所に、窓を茶色に染め、外装がくすんだグレーに塗られた目立たない倉庫が1棟あります。その建物には何の看板も付いておらず、グーグルマップで調べてもその建物の名前は載っていません。ドアに貼られた小さなラベルには”Google AI Quantum “と書かれていて、グ―グルのAI・量子研究チームの建物であることが分かります。建物の内部では、コンピュータの開発がゼロから進められています。

 9月にこの研究所の創設者であるハルトムート・ネーヴェン(Hartmut Neven)に私は施設内を案内してもらいました。ネーヴェンはドイツ出身で、57歳の男性で髪の毛はありません。それなりの地位の高い人物でありながら、神秘的な雰囲気も醸し出しています。彼は、量子コンピュータの未来について話してくれました。科学的な話で難しい内容を興奮気味に嬉々として説明してくれました。彼は革のジャケットに、ボタンがたくさんついたゆったりとしたリネンのシャツ、ファスナー付きのポケットがついたジーンズ、ムーンブーツのようなベルクロスニーカーという出で立ちでした。彼は私に言いました、「研究チームの誰もが知っているのですが、私はバーニングマン(Burning Man:アメリカ北西部の人里離れた荒野で年に1度、約1週間にわたインターネットを破壊したりって開催されるイベント)に参加するのを一度も欠かしたことがないんです。」と。

 倉庫のフロアの真ん中あたりに、金属製の骨組みからシャンデリアのような大きさと形の装置がぶら下がっていました。上からケーブルの束がいくつもの金メッキのディスクを伝って、下にあるプロセッサに垂れています。そのプロセッサはシカモア(Sycamore)と名付けられているのですが、小さな長方形で、表面はタイル状で、数十のポートがちりばめられています。シカモアは、物理学の奇妙な性質を利用して、人間の直感に反するような数学的演算を行います。様々な接続が完了すると、ユニット全体が円筒形の冷凍庫の中に入れられ、1日以上冷却されます。このプロセッサは超伝導(superconductivity)を利用しています。超低温になると電気抵抗がほとんどなくなります。プロセッサーの周囲が宇宙空間よりも冷たくなると演算を開始します。

 古典的なコンピュータが扱う0と1で表された情報の最小単位をビット(bits)と言います。1ビットで表す数字は0か1 かのどちらかです。Googleが開発しているような量子コンピュータが扱う量子情報の最小単位は、量子ビット(quantum bitsもしくはqubits)です。ビットは0か1の状態しかとれないのですが、量子ビットは0と1と、その重ね合わせの状態をとることができます。そのため、量子ビットはビットよりも指数関数的に膨大なデータを扱うことができ、通常のビットではできないような計算を行うことができます。しかし、根本的な違いが大きいわけですから、量子コンピュータを開発するためには、ハードウェアもソフトウェアもプログラミング言語も全てゼロから開発しなければならないのです。また、それらを理解して扱えるプログラマーも育てる必要があります。

 私がその施設を訪れた日、1人の技術者が、グーグルでは「量子技術者(quantum mechanic)」と呼ばれているのですが、小型の工作機械類を脇に置いて量子コンピュータと格闘していました。各量子ビットは専用のワイヤーで制御されます。スツールに座った量子技術者が手作業でワイヤを取り付けていました。

 私のそこで目にした量子コンピュータは、何年もの研究と何億ドルもの投資によって産み出されたものでした。しかしながら、ほぼ全く機能しないものでした。現在の量子コンピュータはガサゴソと音を発してうるさいだけです。つまり、ほとんど何をやっても失敗します。それにもかかわらず、量子コンピュータの開発競争は熾烈なようで、この分野に多くの天才的な才能を持った科学者がなだれ込んできています。おそらく、地球上のどの科学分野よりも優秀な人材が集まっているのではないでしょうか。インテル、IBM、マイクロソフト、アマゾンも量子コンピュータを開発しています。中国政府もそうです。はたしてこの開発競争の勝者となるのはどこなのでしょうか?どこが、情報革命を可能にしたシリコン製のマイクロチップを使ったコンピュータの後継となる装置を完成させるのでしょうか?

 本格的な量子コンピュータが完成すれば、現在使われている暗号化プロトコルは容易に解読されてしまいますし、インターネットは実質的に崩壊してしまうでしょう。ほとんど全てのオンライン上でのデータのやり取りは、金融取引や一般的なテキストメッセージのやり取りを含みますが、暗号鍵(cryptographic key)によって保護されています。暗号鍵は、従来のコンピュータで解読するには数百万年かかります。しかし、量子コンピュータが機能すれば、おそらく1日もかからずに解読してしまうでしょう。これはほんの始まりに過ぎません。量子コンピュータは、数学の新境地を開拓することとなり、そもそも「計算(compute)」の意味さえ大きく変わってしまうかもしれません。量子コンピュータの演算処理能力は、新しい化学物質の開発に拍車をかけるので、気候変動や食糧不足の問題への対処も可能となるかもしれません。また、アルバート・アインシュタイン(Albert Einstein)の高尚な理論と素粒子物理学の御しにくいミクロの世界を調和させることが可能になるでしょう。それによって、空間と時間に関する新たな発見が為されるかもしれません。「量子コンピュータがもたらすインパクトは、これまでに生み出されたどのテクノロジーよりも強力なものとなるでしょう。」と、新興企業サイクオンタム(PsiQuantum)のCEOであるジェレミー・オブライエン(Jeremy O’Brien)が先日述べていました。とはいえ、現時点では、機能する量子コンピュータが開発される目処は立っていません。