量子コンピュータって何?今さら人に聞くのはちょっと・・・大丈夫!この記事を読めば大体のことは分かる!

5.様々な企業が量子コンピュータの構築にしのぎを削っている

 2020年初頭、ファイザーの研究者たちは、新型コロナの治療を目的とした何百もの実験的な医薬品の生産を開始しました。その年の7月に彼らはPF-07321332と命名した研究用化学物質を7ミリグラム合成しました。同社は新型コロナの治療に有効である可能性のある物質を、PF-07321332以外にその週だけで20種類も製造していました。PF-07321332は、9月に新型コロナを抑制する効果があることがラットを使った実験によって判明するまで、実験室の冷蔵庫の中で小瓶に入れたまま保管されていました。その後、この物質は別の物質と組み合わされ、パックスロビド(Paxlovid)という名前が付けられました。パックスロビドは、PF-07321332と既存の抗HIV薬であるリトナビル(Ritonavir)とを組み合わせた合剤(drug cocktail)で、新型コロナによる入院を約90%減らすことができました。パックスロビドは、まさに救世主でした。しかし、量子コンピュータがあれば、パックスロビドの開発に至る試行錯誤の過程を短縮することができたと思われます。スタートアップ企業のサイクオンタム(PsiQuantum)で役員を務めるベンチャーキャピタリスト(venture capitalist:革新的な事業(特に先端技術で)のためにお金を儲ける投機家)のピーター・バレット(Peter Barrett)は言いました、「今の薬の開発方法は、設計した薬剤を実際に作ってみて試してみるというものです。実際に試してみなければ薬剤が有効か否か分からないわけですが、決してこのやり方が最適なわけではありません。」と。

 フォールトトレラント(fault-tolerant:障害許容設計)の量子コンピュータは、工業用化学物質の分子の挙動を前例のない精度でシミュレートできるはずで、科学者はより早く結果を出すことができるようになるはずです。2019年に多くの研究者が予測していたのですが、わずか1,000個のフォールトトレラントの量子ビットがあれば、農業用アンモニアのハーバー・ボッシュ法(Haber–Bosch process:鉄を主体とした触媒上で水素と窒素を 400–600 °C、200–1000 atm(標準気圧)の超臨界流体状態で直接反応させてアンモニアを生産する方法)による生産を初めて正確にモデル化できると予測しています。ハーバー・ボッシュ法の効率が改善されれば、二酸化炭素の排出量を大幅に削減することができます。電気自動車用の電池に多く使われているリチウムは、原子番号3の単純な元素であり物質です。フォールトトレラントの量子コンピュータがあれば、たとえそれが初歩的な段階のものであっても、リチウムのエネルギーを蓄積する能力を拡大し、自動車の航続距離を伸ばす方法を示せるかもしれません。量子コンピュータは、生分解性プラスチックやカーボンフリーの航空燃料の開発にも利用できるかもしれません。また、コンサルティング会社のマッキンゼー(McKinsey)が量子コンピュータに関する提案をしていたのですが、それは「界面活性剤をシミュレートして、より優れたカーペットクリーナーを開発する」ことでした。数年前にプレスキルは言っていました、「量子コンピュータは、自然界で起こるあらゆるプロセスを効率的にシミュレートすることができると信じるに足る理由があります」と。

 私たちはマクロなスケールの世界に住んでいます。ビリヤードの玉の挙動やロケットの軌道を支配している通常の物理学や動力学の法則が当てはまる世界です。対照的に、素粒子の世界は量子スケールです。そこは、電子干渉(interference)、不確定性(uncertainty)、量子もつれ(entanglement)など人間の直感では理解しがたい奇妙な効果が支配する世界です。この2つの世界の境界にあるのが、科学者が「ナノスコピック・スケール(anoscopic scale)」と呼ぶ分子の世界です。ほとんどの場合、分子はビリヤードの玉のように振る舞い、私たちが知っている物理学の法則に従いますが、十分にズームインすると、量子効果(quantum effect)があることが分かります。ナノスコピック・スケールの世界の研究が進めば、量子コンピュータが、医薬品開発や材料設計の分野で初めて意味のある問題を解決できるようになることが期待されており、おそらく数百個のフォールトトレラント(fault-tolerant:障害許容設計)の量子ビットがあれば十分でしょう。量子分子化学(quantum molecular chemistry)の分野の進歩が続けば、量子コンピュータで初めて本格的な収益が得られるようになると予想されています。量子物理学(Quantum physics)分野の研究者がノーベル賞を受賞したわけですが、いずれ量子化学分野が収益を生み出すようになるでしょう。

 ライセンス使用料で莫大な収益を得られる可能性があることは、多くの投資家を興奮させています。大手ハイテク企業だけでなく、多くのスタートアップ企業が量子コンピュータの開発に取り組んでいます。量子コンピュータ分野の業界誌である「Quantum Insider」誌によると、この分野に取り組んでいる企業は600社を超えるようです。また、推定では全世界で300億ドルが量子関連テクノロジーの研究に投資されています。これらの企業の多くは、投資というよりは投機的に取り組んでいます。メリーランド州カレッジパーク(College Park)に本社を置くイオンキュー(IonQ)は、収益が全く無いにもかかわらず、昨年株式を公開しました。そこの研究チームは、「イオントラップ(ion trap)」型と呼ばれる方式を採用しており、真空中に浮遊させた希土類元素のイッテルビウム(ytterbium)原子を各量子ビットとして扱い、レーザービームを用いて情報を各原子に蓄積、処理、読み出しを行ないます。イオンキュ―(IonQ)のCTOのジョンサン・キム(Jungsang Kim)は、同社のイオントッラプ型はグーグルのプロセッサよりも上手く量子もつれを維持できると話してくれました。しかし、量子ビットの数を増やすとレーザービームを用いる仕組みがより複雑になるという問題点があることを認識していました。彼は言いました、「レーザービームでの操作性を改良することは、かなり難度が高いと思われます。」と。

 パロアルトにあるサイクオンタム(PsiQuantum)では、光子から量子ビットを作っています。光子とは、素粒子の一つで、量子論で光を一種の粒子と考えたときの光の粒子です。「このアプローチの優れている点は、既存のシリコン製造技術を利用できることです。また、いくぶん高温でも動作させることができます。」と、同社の幹部のピート・シャドボルト(Pete Shadbolt)は述べています。サイクオンタムは5億ドルの資金を調達しました。他にもさまざまなアプローチで研究しているところがあります。マイクロソフトは、キタエフの研究成果を基に、トポロジカル量子ビットを構築しようとしていますが、これを動作させるには、特殊な粒子を合成する必要があり、それが結構な難問です。インテル(Intel)は、半導体の中に量子ビットを埋め込む「シリコン・スピン(silicon spin)」方式を試みています。量子コンピュータの開発競争のための人材獲得競争も激しくなっており、引き抜き合戦が引き起こされています。キムは言いました、「量子物理学の高度な学位を持っていれば、求人市場で求職すると、3週間で5件のオファーを受けることができます。」と。

 最も楽観的なアナリストでさえ、量子コンピュータが今後5年間でそれなりの利益を産み出すことはないと考えており、悲観論なアナリストは10年以上は無理であると警告しています。おそらく、大した耐久性もない高価な機器が大量に開発されることになりそうです。「マウンテンビュー(Mountain View:カリフォルニア州サンタクララ郡内にある都市)にあるコンピュータ歴史博物館の展示ホールを歩いていると、水銀遅延線(mercury delay line)が目に入ります。それを開発した人たちのことを考えるのが好きなんですよ。」とシャドボルトは言いました。水銀遅延線とは、音波を使って情報を保存する1940年代の旧式装置のことです。

 現在、どの方式が優勢かを判断するのは、量子力学に詳しい者でも難しいようです。ネーヴェンは言いました、「シリコンバレーでは、 ピボット(pivot:企業経営において方向転換や路線変更を表す用語) という語が好んで使われます。スタートアップ企業は、ある意味、失敗してナンボの世界なので、幾度となく方向転換をして可能性を見出す必要があるわけです。しかし、ピボットしなければならないということは、プロジェクトが頓挫しそうで瀕死状態にあるということを意味するわけで、私はそれを頻繁にしたいとは思いません。しかし、将来、我々が研究している超伝導を利用した量子ビットが光電子を使った方法などの他のテクノロジーに負けることが明らかになったら、私はすぐにピボットしますよ。」と。実は、ネーヴェンは、この競争を勝ち抜く自信があるようです。彼の研究は多額の資金を要します。それでも、低金利が続いていた間は、資金の調達が比較的容易でした。かつて、アメリカで有人宇宙飛行計画が推進された際も低金利時代であったことが有利に働きました。「現在の金融情勢のせいで、この分野のスタートアップ企業は資金を提供してくれる投資家を見つけるのが難しくなっています。」と実験物理学者のデボレ(Devoret)は言いました。しかし、アマゾンが量子コンピューティングに投資している以上、グーグルも資金を出し続けることは間違いないでしょう。また、アメリカでは国による支援もそれなりにあります。アメリカの諜報機関は、量子コンピュータによる暗号解読技術が確立されるのを期待しています。金利の動向等にかかわらず、量子コンピュータの開発は粛々と進められるべきです。実は、ネーヴェンの最も手強い競争相手は、民間企業ではなく、中国共産党かもしれません。かつてグーグルで量子コンピュータ開発の責任者を務めていたジョン・マーティニス(John Martinis)は、「高品質の量子ビットを作るという点では、中国がリードしていると言えるかもしれません。」と述べていました。