2.トランプが優勢になった理由
驚くべきことにトランプは起訴されても全くダメージを受けていないようである。3 月第 1 週に、司法省のジャック・スミス( Jack Smith )特別検察官に起訴される数カ月前のことだが、トランプは保守主義活動家集会(Conservative Political Action Conference:共和党の主な大統領候補が一同に会する一大イベントで、各種保守主義活動団体も勢揃いする。略号 CPAC )で講演した。彼は、自分とその支持者が抱くあらゆる不満に対する「報復( retribution )」を旗印にして選挙戦を戦うことを約束した。2023 年の春から夏にかけてトランプに対する起訴が相次いだが、そのことがむしろトランプに有利に働いている。これは多くの政治評論家の意見の一致するところである。彼は、自身が迫害されているというナラティブを軸に据えて選挙戦を戦うという戦略に打って出た。彼は元々、つまり次々と起訴される前から、報復することに執念を燃やしていた。2024 年の大統領選で仕返しをすることが彼の悲願なのである。彼はたくさん悪事を働いてきて次々と起訴されているわけだが、それほどダメージは受けていない。彼は、繰り返し”不正選挙( rigged election. )”と主張することで巧みに論点をずらしている。とにかく、彼は訳の分からない主張をして有権者の視点をずらすことが得意である。2021 年 1 月 6 日に国会議事堂を襲撃し、そのために刑務所に送られた支持者たちを殉教者と崇めている。また、”ディープ・ステート( deep state :闇の政府の意。トランプの定義によれば、反トランプの陰謀を企てる裕福な権力者たちの秘密組織)”の陰謀によって自分が虐げられていると主張している。
CPACで講演した際の彼のメッセージは、2023 年の後半と同様、シンプルなものであった。“This is the final battle.(これは最後の戦いである)” というもので、自分をメシア(救世主)のように見せようとしているところもある。聴衆はそのメッセージを聴いて歓声を上げ、拍手喝采した。彼らは共和党支持者の大半と同様、ネバー・トランパー( Never Trumper:何が何でもトランプを認めない人)ではなく、トランプ信者だった。共和党は 2023 年にトランプの代わりとなる大統領選候補者を見つけられなかった。しかし、共和党員の大多数が熱狂的に支持している人物が 1 人いることを確認できた。
おそらく、2024 年に我々はトランプが引き起こす騒動によって痛みを感じることとなるだろう。2023 年にトランプは、敵失によって恩恵を受けた部分もあった。デサンティスは、2023 年初期にはフォックス・ニュースでの宣伝の効果で共和党献金者層からの期待も高まっていた。それにもかかわらず、カリスマ性の無さと貧弱な政治的判断力が露呈する結果となり、大統領選出馬に相応しい人物でないことが証明されてしまった。彼は、性的少数者について学校で教えることを制限する措置を打ち出してディズニーから批判されて対立していた。それでディズニーワールドに与えていた自治権等の特別対応の制限を検討していた。ミッキーマウスに攻撃を仕掛けたって候補者指名争いでのメリットなんて何も無い。いやはや、そんなことも分からない人物がホワイトハウスを目指していたのである。とても正気の沙汰とは思えない。
バイデンには誤算があった。それは、バイデン自身についてである。バイデンは、前任者であるトランプと共和党によってもたらされる脅威について常に真剣に考えてきた。だから、そこには誤算は無かったのである。しかし、バイデンは、40 年もの間、大統領職を熱望し続けた。実現可能性が低いと思うこともあったが、3 度目の挑戦でようやく勝利を収めた。だから、その座を若い民主党議員に譲るという発想ができないのである。彼は、大統領選でトランプと争って勝てるのは自分だけであるという信念を持っているようである。しかし、世論調査の度に彼の支持率は悪化しており、その信念は根拠を失いつつある。2023 年の末時点の 2024 年の大統領選を想定した各種世論調査では、おおむねトランプがバイデンを上回っている。リアル・クリア・ポリティクス( Real Clear Politics )の調査では、2.3 ポイント差でトランプが上回っていた。
とはいえ、トランプの勝利が確実なわけではない。2024 年にトランプが勝利するという予測は、2023 年年初の不況予測と同じように外れるかもしれない。ここ数年間、トランプに振り回される世界で私が学んだのは、最善を望むことが必ずしも勝利につながる戦略ではないということである。今、アメリカの民主主義が危機に瀕している。大統領選の結果を予測するのは不可能である。結果が出るのを恐怖に震えながら待つしかない。長い 12 カ月になりそうである。♦
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