Ukraine Dispatch どうして?イスラエルが西側諸国の中で唯一ロシア非難を避けている!

Daily Comment

Ties with Russia Compromise Israel’s Stance on Ukraine
イスラエルはロシアとの関係を維持する必要がある。その為、ウクライナ情勢に関与できないのです。

Putin’s invasion raises questions about whether protecting Jewish national interests eclipses democratic solidarity.
プーチンの侵略によって、イスラエルは難しい選択を迫られています。国益を優先すべきなのか?それとも、自由主義諸国の連帯を優先すべきなのか?

By Bernard Avishai February 28, 2022

 先週、水曜日(2/23)に、プーチンが隣国への侵攻を開始したというニュースが流れる中、イスラエル外務省は、「ウクライナ東部での進展と状況の緊迫化について、国際社会の懸念を共有する」との声明を発表しましたが、ロシアを名指しすることは避けました。テルアビブのウクライナ大使館は、非常に失望していました。ウクライナ大使館の報道官は、「私たちは、イスラエルが西側諸国と歩調を合わせることを期待する。」と述べました。木曜日(2/24)、イスラエルの現在の連立政権の実質的なトップであるヤイール・ラピド外相は、傍観する姿勢は撤回したものの、ロシアへの批判は依然として控えめでした。ラピドは記者会見で、「ロシアの侵攻は国際秩序に対する深刻な違反である」と非難し、「ウクライナ国民への人道支援」をすると表明しました。しかし、イスラエルは、ウクライナとロシアの両国と良好な関係を保っていることも強調していました。その日の夜にはナフタリ・ベネット首相が会見したのですが、外務省がしたようなロシアを刺激しないことを意図した穏やかな論調に戻っていました。ベネットは「非常に困難で悲劇的な状況です。我々の心は、この状況に巻き込まれたウクライナ東部の市民とともにある。」と述べるにとどまりました。

 イスラエルの控えめな声明は、行動にも表れています。どうやら、不作為を貫こうとしているようです。金曜日(2/25)に、Times of Israel紙は、ラピドとベネットの連立政権が、バイデン政権からロシアの行動を非難する国連安保理決議の共同提案に加わるよう要請を受けたものの拒否したと報じました。月曜日(2/28)にラピドは、イスラエルは国連総会で米国と共に決議案に賛成票を投じるが、ロシア制裁案への支持は控えるとの声明を発表しました。彼が発表した声明には、「イスラエルは、制裁が自国の経済と政策に及ぼす影響と結果を精査するための省庁横断のタスクチームを設立した。」との文言がありました。

 また、イスラエルは、両国の仲介を依頼された際にも、あくまで中立的な立場を貫こうとしていました。伝えられるところによれば、金曜日(2/25)にウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領は、ベネットに電話をかけ、エルサレムでウクライナとロシアの停戦協議を開催するようイスラエルに要請したと伝えられています。駐イスラエル・ウクライナ大使のイェヴゲン・コル二チュクがTimes of Israel紙に語ったところでは、ベネットは「ノーとは言わなかった」そうですが、その要請は何の効果も無かったそうです。コル二チュクは、「イスラエルは、複雑な状況の中で自国がどんな状況に置かれているかを必死に把握しようとしていました。」と言っていました。日曜日(2/27)の朝、外務省高官がイスラエルのラジオ局レシェット・ベットに出演し、イスラエル政府はウクライナ、ロシアの両国政府との連絡窓口を開いたままであり、イスラエルは引き続き仲介役を務める意志があると発言していました。いささか行動とズレがあり、不可解な発言でした。伝えられるところによると、その日の夜、ベネットはプーチンに電話をして、攻撃をこれ以上エスカレートさせると破滅に繋がると説明して、自制を促したそうです。ゼレンスキーはイスラエルに電話して必死に説得して仲介に乗り出してもらおうと試みたようですが、無駄でした。そのことで明らかになったのは、イスラエルが自国の利益を守るために中立を貫こうとしていることでした。

 ロシアが侵攻を開始する前、ラピドは問われたことがありました。それは、イスラエルは米国に追随してロシアに経済制裁を行うのか否かということでした。ラピドは、西側諸国の同盟国と歩調を合わせると言いながらも、消極的な姿勢を示していました。彼のその返答には少し矛盾があるように思えます。彼は、エルサレム・ポスト紙に、イスラエルは自由民主主義の価値を重視しているが、それ以外にも重視するものがあると語っていました。彼は言いました、「イスラエルは、ある意味、ロシアと国境を接しているようなものです。イスラエルは北部でシリアと国境を接していますが、シリアで内戦が始まって以降、ロシアは同国を支援し続けているからです。」と。彼が言うには、ロシアはそこで「確固たる影響力」を保持し続けています。イスラエルは、時としてロシアのシリアへの影響力に時に頼らざるを得ないことがあるのです。

 ラピドは明確に言及することを避けましたが、イスラエル空軍はプーチンとの合意なしには、レバノン南部のヒズボラに武器を届けるイランの輸送機を爆撃できないのです。というのは、イランの輸送機はシリア上空を通過するからです。また、イスラエルの要請に応じるようにして、プーチンはシリア軍にイスラエルに対して高精度のS-300対空ミサイルを使用させないようにしています。また、イランはロシアと同様に、シリアのバッシャール・アル・アサド政権を支えるために軍事支援を行っています。ロシアは、アサド政権への影響力を強める際のライバルとなりうるイラン軍の拡大をイスラエルが封じ込めることを黙認しています。そうした取り決めは、ロシアにもイスラエルにも恩恵をもたらしています。ロシアは、地中海に面したシリアのタルトュース港の権益を何とかして拡大しようとしています。

 また、ウクライナにはイスラエル国籍を有する者が20万人ほど住んでいて、帰還法に基づいてイスラエルに移住することができます。ゼレンスキー大統領もユダヤ人です。イスラエルの指導者たちは、ロシアの侵攻が長引いたり、ウクライナが占領されるようなことがあれば、数多くのウクライナに住むユダヤ人がイスラエルへの移住を決心すると考えているようです。イスラエル外務省の報道官はニューズウィーク誌に、「ウクライナから移住を希望するユダヤ人は、喜んで受け入れる」と語っていました。しかし、おそらく、イスラエルの行動がプーチンの怒りに火をつけたり、ロシアに根強く残っている反ユダヤ主義が刺激されるようなことがあれば、大量移住は不可能となるでしょう。ロシアには約17万5,000人のユダヤ人が残っており、その中にはプーチンと親しい億万長者のオリガルヒ(オリガルヒとは、ロシアの資本主義化の過程で形成された政治的影響力を有する新興財閥)もいて、イスラエルとの繋がりも強く、イスラエルへの投資も行っています。(その中でも最も著名なのは、石油王ロマン・アブラモビッチです。先日、彼はエルサレムにあるヤド・ヴァシェム・ホロコースト博物館に1,000万ドルの寄付をしました(その博物館の館長はバイデン政権に対するロビー活動を活発化させており、アブラモビッチを制裁から免除するよう働きかけています)。

 「米国は、イスラエルにとって非常に重要な同盟国だが、シリアで内戦が発生して以降、ロシアは実質的に隣国となりました。ですので、イスラエルは、ロシアにも上手く対処しなければならならないのです。」と、イスラエルの元国防副顧問で現在は国家安全保障研究所(INSS)の上級研究員であるオルナ・ミズラヒは私に言いました。また、彼女はさらに言いました、「ロシアがシリアでのイスラエルの軍事行動を黙認することは非常に重要なことです。そのおかげで、イランが武器の移送を行うことやイラン軍の陣地が拡大するのを防げているのです。イスラエルの最優先事項は、ロシアにその態度を変えさせるようなことを
しないことです。また、彼女は、ロシアがシリアに駐留しているので、イスラエルはウクラを支援することに消極的にならざるを得ないと言っていました。例えば、ロケット弾や迫撃砲を迎撃するために設計された短距離防空システムであるアイアンドームのウクライナへの供与は拒否しています。それは、ある意味で、ロシアがシリアにS-300対空ミサイルを使わせていないことに対する見返りのようなものです。

 北で国境を接するシリア国内でロシアが影響力を増しているとはいえ、核保有国であるイスラエルは、単独でアサド政権を弱体化させることが可能な軍事力を持っています。しかし、ラピドは明らかに、シリアの急な民主化は期待していないようです。とりあえずは、国境を守ることを最優先に考えているようです。そのため、プーチンがウクライナに侵攻しても、NATOや他の西側諸国と共同歩調をとることを避けているのでしょう。イスラエルは、常に北方からの脅威を意識して警戒していなければならないのです。北方で友好国のカナダと国境を接している米国とでは、状況が全く異なるのです。 

 また、パレスチナの占領に関して、イスラエルが完全に民主的な方法をとっているとは言い難い状況です。ですので、ロシアがウクライナに理不尽に侵攻しても、あまり強い非難しにくいのかもしれません。エフード・オルメルト元首相は私に言いました、「イスラエル政府の姿勢は間違っています。自分が何者で、最優先する価値は何なのかということが問われているのです。自国の立場を明確に表明すべきです。損得勘定だけで行動すべきではないのです。もしイスラエルがアメリカのように同盟国をまとめようとしたら、可能でしょうか?おそらく、不可能です。同盟国は、イスラエルの立場が明確でないので、追随したくても追随できないでしょう。

 私はオルメルトに、イスラエルが場当たり的な対応をしていることが、中東で紛争が収束しない原因ではないのか、と聞いてみました。するとオルメルトは、前任者のネタニヤフ首相が、パレスチナの人たちのことを軽視していたことが問題であると指摘しました。実際、ネタニヤフは、パレスチナ自治政府を弱体化させ、ハマスを支援しました。そのためハマスの力はかなり強まりました。そのハマスが今やイランの庇護を受けているのです。ですので、イスラエルには、ロシアを他国の自治権を侵害しているとして非難する資格などないのです。イスラエル自体が、パレスチナ民族の自治権を45年間も否定しつづけているのです。

 ラピドのウクライナ情勢に関する態度はどっち付かずで非常に分かりにくいものです。しかし、ラピドの思考が分かりにくいのは、今に始まったことではありません。彼は、中道主義をとっていますが、国政でも非常に立場が曖昧なことが多いのです。それは、ユダヤ人国家の複雑さに起因しているのかもしれません。ラピドは、2月上旬に開かれた国家安全保障研究所の年次総会で、自らが率いている党”イェシュ・アティッド(未来がある)は、民主主義とシオニズムを信奉するリベラルな政党であると語っていました。彼は、ほとんどのイスラエル人には、パレスチナ問題に関する共通認識があると言っていました。彼が言うには、多くのイスラエル人は、パレスチナ人の分離(ヨルダン川西岸から入って来れないようにすること)を支持し、政教分離を是としつつも、パレスチナ難民の帰還権やエルサレムの分割には反対しているのだそうです。建前上はパレスチナ人を尊重しつつも、ユダヤ人の利益を優先することを望んでいるのです。

 その演説でラピドは、民主主義についてさんざん語りました。しかし、彼の言う民主主義とは、ユダヤ人の多数派にとって最善のものを実現することでした。ラピドは、ロシアが自国の利益のために他国の主権を侵害しているのに、声高に非難することを避けていました。それは、イスラエルも同じことをしているという自覚があるからなのかもしれません。民主主義とシオニズムの価値観を両立させるには、ユダヤ人国家が強力な権力を行使する必要があり、そのために民主主義の原則は、時には切り捨てられることもあるのです。ラピドとベネットは、連立政権発足当初に、パレスチナ自治政府と外交的交渉をすべて凍結することで合意していました。おそらく、国際法違反と指摘されるパレスチナ自治区への入植活動を支持するなど強硬姿勢で知られるベネットが、パレスチナの完全併合を支持しないことに同意するのと引き換えに、そのような合意が為されたのでしょう。

 ラピドは、政教分離を是とすると主張しています。しかし、グレーター・エルサレム(エルサレム大都市圏)の主権は、ユダヤ人に独占的なものであると主張しています。しかし、そこの住民の約40%はアラブ人です。また、東側のアラブ人居住区は、現在でもパレスチナ自治区の中枢で、将来の首都であることは明らかです。彼は、パレスチナ人の分離(パレスチナ人がヨルダン川西岸から渡って来れないようにすること)を支持しています。また、彼の連立政権は、ユダヤ人市民(ユダヤ人とは、ユダヤ教の聖職者に証明される法的地位)が外国人の配偶者を国内に呼び寄せることを許可し、配偶者を市民として遇すると定めている古い法律を支持しています。しかし、アラブ市民がヨルダン川西岸から配偶者を呼び寄せることは違法とされています。

 本来、自由民主主義とは、単に多数派の意見を尊重することではありません。公正な選挙が行われて正当な方法で多数派になったからと言って、何をしても良いわけではありません。現在、キエフの人たちは、それを命がけで守ろうとしています。自由民主主義を守るためには、宗教や国家や人種に関するデマゴギー的主張を排さねばなりません。自由民主主義国家では、議論は尊重されますが、宗教や信教や民族や血統などは尊重されません。右派で強硬論者であったベンジャミン・ネタニヤフから中道派のラピドが権力の座を引き継いだことで、ある種の安堵感が生まれました。しかし、彼は、指導者として、国民国家の成立がシオニズムの終焉を意味すると考えている可能性があります。イスラエルには、そうした指導者がこれまでも沢山いました。もし、そう考えているならば、国民国家が成立するということは、全ての市民が平等に扱われるわけですので、ユダヤ人国家の堕落だと捉えるでしょう。そのような考え方は、ワシントンにいるバイデン大統領の価値観とは相容れません。トランプ大統領と全く同じ考え方に見えます。プーチンの侵攻によって、イスラエルはさまざまなことが問われているのです。イスラエルは、決して部外者ではありません。ゼレンスキーが国民のために戦っているように、傍観するのではなく、為すべきことを為すべきです。

以上