タイトル : UNESCO’s Quest to Save the World’s Intangible Heritage
ユネスコの無形遺産を保存する取り組み
For decades, the organization has maintained a system that protects everything from Ukrainian borscht to Jamaican reggae. But what does it mean to “safeguard” living culture?
何十年にもわたって、ユネスコはウクライナのボルシチからジャマイカのレゲエに至るまで、あらゆるものを保護するシステムを維持してきた。生きた文化を「守る」とは何を意味するのか?
By Julian Lucas March 2, 2024
第 1 章 ユネスコの無形文化遺産保護活動のあらまし
昨年 12 月 7 日、ボツワナ( Botswana )のカサネ( Kasane )にあるサファリリゾートで行われたユネスコ( the United Nations Educational, Scientific, and Cultural Organization:略号 UNESCO )の専門家会議で、ウクライナは絶滅の危機に瀕している自国の重要な文化を文化遺産に登録するよう説明を行った。空爆の脅威にさらされている修道院ではない。ロシア軍に収奪された絵画や貴重な文献や骨董品でもない。ボルシチ( borscht )である。東ヨーロッパで何世紀にもわたって親しまれてきたビートを煮込んだスープである。2022 年 2 月にロシアがウクライナに侵攻を開始した。キエフでは広大な野畑が焼かれ、多くのレストランが閉鎖され、熟練の料理人の多くが逃げ出した。そうした状況を受けて、ウクライナはユネスコに請願を行っていた。ボルシチ料理の文化を「緊急に保護する必要がある無形文化遺産の一覧表(略して”緊急保護一覧表”)」に登録すべきだと主張したのである。現在、ロシアとの戦争では苦境を強いられているものの、このスープの請願はすこぶる順調で、すぐに認められていた。専門家会議でウクライナの政府関係者の 1 人が、美食フェスティバルの開催や絶滅の危機にある料理の目録作成など、ボルシチ関連の新たな取り組みについて報告した。その人物は、ボルシチ料理の文化が「緊急保護一覧表」から外れ、「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表(略して”代表一覧表”と称されることが多い)」に登録されることを目指していた。しかし、代表一覧表への登録がきまったのは、イタリアのオペラ、バングラディシュの人力車アート、ペルーの名物料理セビーチェ、ウズベキスタンの陶磁器工芸のみだった。
ユネスコといえば、世界遺産一覧表が有名である。しかし、ユネスコの最も興味深い試みは、人類の文化的慣習の研究、保存活動かもしれない。この 20 年間、ユネスコは世界の無形遺産の目録を作ってきた。いろんなものを無形文化遺産として登録した。トリュフ狩りからカポエイラまで、実に幅広い。無形文化遺産一覧表には 700 以上の案件( element )が登録されている。ユネスコのウェブサイトでは対話型ツールを使ってそれらを全て閲覧することができる。万華鏡を覗き込むような感じの画面になる。興味のあるものをクリックすると詳細を見ることができる。万国博覧会に行ってさまざまな文化に触れるのと同じ感覚を味わうことができる。モンゴルの遊牧民が夕暮れ時に親ラクダを馬頭琴で奏でるセレナーデを聴かせることで慰め、子ラクダを認識して授乳を促すことができるなんて誰が知っているだろうか?(親ラクダは、子ラクダを認識するのに時間がかかるため、衰弱してしまうことが多い。)あるいは、ベルギーの 12 家族が馬を使ってエビ漁をすることで生計を立てていることを誰が知っているだろうか?ユネスコの無形文化遺産を紹介するサイトを見ると、このように珍しいものもあれば、慣れ親しんでいるものも混ざっている。キムチを食べる、バチャータ(ドミニカの音楽)を踊る、スイス製時計を所有するなどして、知らず知らずのうちにユネスコの無形文化遺産を保護する活動に参画している者も少なくない。
無形文化遺産と聞くと、非常に範囲が広いと感じる方も多いだろう。ユネスコの無形文化遺産一覧表には、カーニバル、アルファベット、馬術競技、造船技術、多声音楽の伝統、灌漑技術、航海術、占星術、紛争解決手法などが登録されている。また、憲法(現在のマリで 8 世紀前に制定されたマンデン憲章)も登録されている。矢鱈と範囲が広いように見えるわけだが、無秩序に登録しているわけではない。国際法という強固な基盤に則って一覧表は管理されている。2003 年にユネスコ総会で「無形文化遺産の保護に関する条約」が採択された。無形文化遺産を「世代から世代へと受け継がれ、コミュニティのアイデンティティの重要な側面を構成するもの」と定義している。5 カテゴリーある。「伝統工芸技術」、「口承による伝統及び表現」、「芸能」、「社会的慣習、儀式及び祭礼行事」、「自然及び万物に関する知識及び慣習」である(宗教と言語は意図的に除外されているが、宗教的祭礼や言語的な慣習は対象となる)。比較的例外事項が少ない点がこの条約の寛大さを示すものである。多岐にわたるものを優劣をつけずにできるだけ多く取り上げるという理念が根底にある。ユネスコの世界遺産に登録されるには「顕著な普遍的価値」があることを証明しなければならない。しかし、無形文化遺産の価値は、それを維持するコミュニティが決めれば良いことになっている。
現在、180 か国以上が 2003 年に採択された「無形文化遺産の保護に関する条約」を締結している。先日、イギリスも締結する計画を発表した。多くの国が自国の慣習等の無形文化遺産の代表一覧表への登録を切望している。インドネシアでは、バティック(民族衣装)が代表一覧表に登録されたことを記念して、新たな祝日「ナショナル・バティック・デー」が制定された。インドネシア文化が国際的に認められたと受け止めている。フランスのエマニュエル・マクロン大統領はアメリカ公式訪問中にバゲットを握って演説し、それが登録されたことを喜んだ。新聞社の中には、ユネスコの無形文化遺産に登録されたものに関連するおすすめ商品やサービスを掲載したところもある。ちなみに、タイムズ紙が掲載した記事には「ユネスコ推奨全世界ショッピングカタログ」というタイトルである。昨年、ユネスコは同条約採択 20 周年を記念して、ナミビアや韓国などを巡回して企画展や公演を実施した。しかし、ユネスコは人間生活の中で最も捉えどころのない複雑な現象である「文化」を保護することの意味を現在も学んでいる最中である。無形文化遺産への登録を目指すものを数カ国が共有している場合、どの国が登録するかということを巡って紛争がしばしば起こる。ユネスコの専門家会議は、後世に残すべき無形文化遺産を保護すべく奮闘しているが、商業目的での登録は排除しようとしている。しかし、専門家会議の最大の課題は、ユネスコが無形遺産を忘却から守るために割り当てている予算が年間 1 千万ドルしかないことである。現実的に考えると、できることはほとんど無い。