ワクチン・カウントダウン 意外と難度が高いワクチン開発後の工程

Coronavirus ChroniclesDecember 14, 2020 Issue

Countdown to a Coronavirus Vaccine
コロナワクチンのカウントダウン

The race is nearly complete, but distributing the doses will be a breathtaking challenge.
ワクチンの開発はほぼ完了したものの、ワクチンの供給の難易度は低くない
By Carolyn Kormann 

米国にて2社(モデルナ、ファイザー)が新型コロナワクチンの臨床試験終了

8月の暑い日の午後、デビー・ハニーカットは、サンディエゴのずんぐりしたオフィスビルの中にある治験用の施設である臨床研究医療センターの混雑した待合室に足を踏み入れました。彼女は、医療センターが募集したボランティア466人の内の410番目のボランティアでした。コロナワクチンの治験のためのボランティアでした。簡単な問診を受けた後、彼女は診察室に案内され、医師によって綿棒を使って鼻腔の検査や身体検査をされました。ハニーカットは、69歳の女性です。短い白髪で穏やかな性格をしています。教育や科学の分野で資金調達に関する業務を長年行っていました。彼女が治験に参加するのはこれで6回目でしたが、今回ほど重要だと感じたことはありませんでした。米国内でCOVID-19の感染例が初めて確認されてから7か月経っていました。560万人が感染し、17万5千人が死亡していました。彼女はサンディエゴ郊外の閑静な住宅街に一人で住んでいました。そこでは近所の誰もが顔見知りでした。彼女は、沢山の知人がコロナで重篤な状態に陥るのを見ました。また、彼女はコロナワクチンの治験では、比較的リスクが高い人たち(65人以上で、基礎疾患のあるような人)が必要であることも認識していました。彼女は、高血圧なので治験に参加しようと決意しました。彼女は、「治験にはモルモットが必要です。私はモルモットになることで、人々を助けたいのです。」と言っていました。
 看護師がハニーカットに注射をしました。看護師もハニーカットも、注射した液体がプラセボ(偽薬)なのか、実験用ワクチン(mRNA-1273)なのかを知りませんでした。マサチューセッツに本拠を置くバイオテック企業モデルナ社によって開発されたこのワクチンには、合成RNAが含まれています。その合成RNAは細胞に入るとメッセンジャーRNA(以下、mRNAと表記)として機能し、コロナウイルスによって産生されるはずの外来タンパク質を作るよう指示を出します。産生されるタンパク質分子は、対応するコロナウイルスを特定して破壊する方法を記憶することを促すので、結果として免疫が得られます。mRNAワクチンは、これまで承認されたものは1つもありませんでした。ハニーカットは、注射の後30分間はアナフィラキシー反応が起きないか確認するため観察下に置かれました。30分後というと、彼女に注射されたのがプラセボではなくワクチンであった場合には、細胞膜を通過して細胞質に入る頃で、細胞内でリボソームがウイルスに対する防御反応を始める頃です。ハニーカットはプラセボではなくワクチンが注射されることを希望していましたが、ワクチンか生理食塩水のどちらが注射されたかは誰にも分りませんでした。
 ハニーカットは、米国で行われているモデルナ社の第3相試験(製薬会社が米食品医薬品局への承認申請前に実施する安全性と有効性を確認する最終試験)の3万人の被験者の1人でした。ワクチンの第3相試験というは、概念的には単純のものです。被験者の半分はプラセボを投与され、残りの半分はワクチンを投与されます。誰に何が投与されたかを知ることができるのは、米国立衛生研究所によって任命された専門家で構成される独立した機関であるデータ安全モニタリング委員会のメンバーのみです。被験者の中で副作用等を示す症例数が事前に決めておいた数(しきい値)を超えた場合のみ、委員会のメンバーがデータを見ることができます。
 11月11日の朝、モデルナ社はそのしきい値を超えたことを公表しました。その数日後、データ安全モニタリング委員会は、モデルナ社経営陣、米国立衛生研究所幹部と電話会談を実施しました。会談で明らかにされたのは、試験参加者の中でCOVID-19の感染が確認された95人の内、90人はプラセボを投与されたグループに属しているということでした。また、11人の被験者が重症となりましたが、11人ともプラセボのグループに属していました。ワクチンの有効性が約95%であることを示していました。
 ドイツに本拠を置く免疫療法に強みを持つバイオテック企業バイオンテック社と協力して、ファイザー社もワクチンの治験を行っていました。被験者は42,000人でした。モデルナ社より1週間早く、ファイザー社は自社のワクチンの有効率が治験の予備解析の結果では90%であると発表していました。モデルナ社もファイザー社も治験はまだ終えていませんでしたが、発表された数字はいずれも期待が持てるものでした。ファイザー社とモデルナ社の研究者たちは、ワクチンの有効率は70~80%くらいだろうと予測していました。「有効率95%という数値はとても野心的な数値です。予備解析段階の数値とは言え、非常に期待が持てます。」と米国立アレルギー感染症研究所の所長アンソニー・ファウチは言っていました。
 2社は、前例のないスピードで、たったの4か月で治験を終えました。深刻な副作用の症例は全く発生していません。「今回の治験の成功は驚異的ことなのですが、どれほど凄いことなのかを専門家以外の人が理解するのは難しいでしょう。研究開発と製造ラインの準備によって、2つのワクチンは今後数週間で投与可能となるでしょう。」と、キャスリーン・ノイジルは私に言いました。彼女はコロナウイルスワクチンの治験を連邦政府で監督している部署を主導しています。ファイザー社とモデルナ社は、すでに緊急使用許可をFDAに申請しています。承認されれば、年末までに最初の接種分が出荷されるでしょう。
 ハニーカットは注射を打たれた日の夜、自分のスマホでアプリにサインインして、体温と症状を記録しました。彼女は腕が痛いと感じましたが、他は普段と何も変わらないと感じまていした。モデルナ社とファイザー社のワクチンはいずれも1カ月間で2回の接種が必要です。彼女は、28日後に2回目の注射を受けに行きました。その翌日の朝9時ごろ、彼女は関節の痛みと悪寒を感じました。彼女の体温は少し高く37.7度でした。毛布にくるまってソファで横になりました。正午には体温は37.8度に上がりましたが、数時間後には体調は回復しました。彼女は喜んで興奮していました。なぜなら、プラセボではなくワクチンを接種されたと推測したからです。