大規模な臨床試験が実施され、有効性は純粋に医学的な見地から検証された
ビクトリア・スミスは、ルイジアナ州で複数の医療施設を運営する医療法人オクスナー・ヘルスの所有する病院で内科医として外来患者を診ています。3月のことですが、ニューオーリンズ州は世界で最も感染が多い場所の1つでした。ニューオーリンズはマルディグラ(懺悔火曜日)の祭(2020年は2月下旬に11日間行われた)が有名ですが、そこで感染が感染を呼ぶ形となって拡大しました。スミスが診た感染者の中にも、重症となった者が沢山いました。何人かは死にました。それ以来、オクスナー・ヘルスの所有する研究施設では、コロナウイルスに関連する研究をしており、コロナウイルスの及ぼす影響をコミュニティ毎に調べたり、治療法を調査していました。ファイザー社とモデルナ社の第3相試験開始の2日後、スミスはオクスナー・ヘルスの研究責任者から、スタッフはファイザー社の治験に参加しても問題ないと言われました。それで、スミスはすぐに治験に申し込みました。彼女は、医師として、アフリカ系アメリカ人として、ワクチンへの信頼性を高めるのに役立ちたいと考えていました。彼女は、患者の模範となり、有色人種のコミュニティーの模範となって、他の多くの者たちも彼女に続いて治験に参加してほしいと願っていました。
製薬会社は、治験をする際に、被験者の年齢や性別や人種等の構成を国全体の人口動態と似たものにしなければなりません。8月下旬、オペレーション・ワープスピードの責任者であるスラウイは、モデルナ社のCEOステファン・バンセルに、黒人やメキシコ人の被験者の割合をもっと高めるために、治験を遅らせる必要があると言いました。新型コロナのパンデミック下では、白人よりも黒人やメキシコ人の感染率や死亡率がかなり高くなっていました。コロナワクチンの効果が人種によって異なる可能性はほとんどないでしょう。「ワクチンのデータが公表される時に、そのデータが全ての人に適用可能であると分かれば、それを見た人たちはより安心できるはずです。」と、モデルナ社CMO(最高医療責任者)タル・ザックスは私に言いました。モデルナ社は、黒人が多いいわゆる歴史的黒人大学の指導者や、黒人やメキシコ人の組織と関係のある教育機関等と連絡を取りました。スラウイは、公民権活動家ジェシー・ジャクソンが設立した有色人種の青年組織レインボー・プッシュ連合のネット上に作った会議室にアクセスし、黒人でコロナウイルスの治験に参加してくれる人を募りました。
モデルナ社は最終的には65歳以上の被験者を7,000人以上確保しました。また、5,000人以上の糖尿病、肥満、心臓病など慢性疾患を持つ被験者も確保しました。治験参加者の37%が有色人種でした。過去の治験では、有色人種の被験者の割合は実際の人口構成と比べ過少でした。10月初旬に実施された世論調査によると、人種間でワクチンに対する信頼度は大きな差がありました。黒人アメリカ人では43%が接種可能となり次第ワクチンを接種したいと答えました。白人アメリカ人では59%でした。有色人種の医療に対する不信感が強いのは、過去の歴史によるものです。有色人種に対してだけ為されたことや、為されなかったことが沢山ありました。過去の不幸な出来事、タスキーギ梅毒実験を思い出さずにはいられません。今こそ、医療関係者はそうした有色人種が抱いている不信感を無くすための努力をすべきです。なぜ不信感が生まれたのかを考え、信頼を得られるよう努力すべきです。
11月30日、モデルナ社は、治験が完了したと発表しました。被験者は3万人以上で、COVID-19に感染した者は196人でした。その内の185人はプラセボを投与された者で、ワクチンの有効率は94%でした。重症化した30人(死者1人を含む)は全てプラセボを投与された者でした。有効率は年齢、人種、民族による差異は無く一定でした。COVID-19に感染した被験者の内訳は、メキシコ人29人、黒人6人、アジア系アメリカ人4人、アジア系アメリカ人、混血3人でした。33人は65歳以上でした。
モデルナ社の治験の結果は、ファイザー社の結果とほぼ同じでした。ファイザー社の有効率は95%でした。米国立衛生研究所のワクチン研究センター所長ジョン・マスコラは、「両社がそれぞれ独自に行った治験で、ともに30,000人以上の被験者を準備してプラセボ対照試験を厳格に実施した結果がほぼ同じだったのです。ということは、非常に期待が持てるということです。」と言いました。
どんなにワクチンが安全で有効であったとしても、ワクチン接種反対運動をする人々は居なくなりません。ネット上では、いろんな虚偽の噂が飛び交っています。ワクチン接種を受けるとDNAが改変されるとか、ビル・ゲイツがワクチン接種者に微細な位置情報発信機を埋入させていたという噂もありました。米国立衛生研究所の所長フランシス・コリンズは、「世論調査の結果を見ると、ワクチン接種を忌避する者は少なくありません。非常に厄介な問題です。ワクチンの安全性と有効性についての正しい情報が上手く伝わっていないことが原因だと思われます。また、間違った情報が飛び交っていることも原因ですし、ワクチン陰謀論が蔓延っているのも問題をより難しくしています。」と述べました。ファウチが言っていましたが、ワクチンの治験の結果は非常に厳格なプロセスを踏んでおり信頼性が高いことを国民に認識してもらうことが重要です。また、彼が心配していたのは、ワクチン開発が拙速に進められているとか、政治的な圧力が掛かっているというような誤った認識が人々の間に広がっているかもしれないということでした。彼は強調していましたが、米食品医薬品局がワクチンを承認する過程では、独立した組織であるデータ安全性モニタリング委員会などがワクチンの有効性と安全性に関するデータを公開で審議するので非常に透明性は高いのです。
データ安全性モニタリング委員会が10月22日に終日に渡って会議を行いましたが、そこでシカゴ医科大学院の学部長アルチャナ・チャタジーは言いました、「世界で数十万人が死亡するパンデミックに直面していますが、ワクチンの開発と承認は厳格に科学的な知見に基づいて行われることをが重要です。」と。委員会は、12月10日にファイザーの緊急使用許可の申請を承認するよう米食品医薬品局に勧告しました。米食品医薬品局の生物製剤評価研究センター所長のマークスは、数日から数週間以内に承認されるだろうという見通しを明らかにしました(実際には米食品医薬品局によって、ファイザー社のワクチンは12月11日に、モデルナ社は12月19日に承認されました)。
一部の人にとっては、承認プロセスは遅々として進んでいないと感じられました。ブルームバーグ誌が報じたところによると、12月1日にトランプ大統領の首席補佐官マーク・メドウズが米食品医薬品局長官のスティーブン・ハーンと面会し、米食品医薬品局はもっと迅速にワクチンの緊急使用許可申請を承認すべきであったと非難し、理由を質したとのことです。翌日に英国でファイザー社の緊急使用許可申請が承認された直後に、メドウズはハーンをホワイトハウスに呼びつけました。米国立衛生研究所ワクチン研究センターの所長マスコラが米食品医薬品局の承認プロセスを簡単に説明してくれました。まずファイザー社が治験での膨大な収集データを提出し、次に全てのデータがチェックされます。COVID-19に感染した者のデータについて2人の評価者によるダブルチェックが為されます。また、重症者に関しては追跡調査が為されて症状を事細かに調べ上げます。マスコラは、「これまでのところ、ファイザー社とモデルナ社から治験の結果が公表されています。人々が本当に聞きたいのは米食品医薬品局の見解だと思います。」と言いました。