Volodymyr Zelensky Leads the Defense of Ukraine with His Voice
ヴォロディミル・ゼレンスキーは、自らの声で、祖国防衛のために戦っている者を鼓舞しています
At the most consequential hour in Europe since the collapse of the Soviet Union, a comedian has assumed the role of Winston Churchill.
ヨーロッパは、ソ連が崩壊して以降で最も深刻な局面を迎えています。そんな中、1人のコメディアンが、かつてウィンストン・チャーチルが果たした役割をこなそうとしています。
By David Remnick March 5, 2022
ヨーロッパは、ソビエト連邦が崩壊して以降で、最も深刻な事態に陥っています。復讐に燃える気狂いの独裁者がウクライナに侵攻し、核兵器の使用も辞さないとほのめかしています。そんな中、1人のコメディアン出身の政治家が、かつて第二次世界大戦でウィンストン・チャーチルが果たした役割をこなそうと奮闘しています。それは、ウクライナの大統領ヴォロディミール・ゼレンスキーです。彼は、自らの声で、祖国防衛のために戦っている者を鼓舞しています。多くの国が彼の姿勢に賛同し、支援しようとしています。
ウラジーミル・プーチンは、ウクライナを征服しようと企んでいます。民主的に選出された大統領らを追い出し、自国に吸収しようとしているようです。それはほんの手始めでしかありません。プーチンにとっては、ロシアの領土をソ連時代並みに広げることが悲願なのです。ロシアの侵攻によって、すでに数千人の死者が出ていて、大量の難民が発生しています。しかし、侵攻を開始してから数日間、ロシア軍は様々な弱点を露呈していました。様々な情報が錯綜していて不正確な部分もありますが、ウクライナ軍や武装したウクライナ市民が、ロシア軍のヘリコプターを数機ほど撃墜したようですし、ロシアの戦車も何両か破壊したようです。ウクライナ軍は非常に健闘していて、予想に反して、数日の内に主要都市を制圧しようとしていたロシア軍の出鼻をくじくことに成功したようです。
ゼレンスキーは、明快な言説によって国民を活気づけています。かつてチャーチルは、著書に「人間に与えられたあらゆる才能の中で、弁舌の才能ほど貴重なものはない。その才能がある者は、偉大な王よりも永続的な力を得ることとなる。」と記していました。チャーチルは無線機を使って、アドリブで詩的な文章を考え出して、同胞のイギリス人兵士や同盟国の兵士を鼓舞し、士気を高めることに成功していました。一方、ゼレンスキー大統領は、スマートフォンを駆使し、わかり易い言葉で、前線で奮戦している者を鼓舞していました。彼は、キエフの市街地では、ウクライナ人の同胞たちに”Ya tut”(「共に戦う」という意)と呼びかけていました。また、首都の地下壕からは、欧州議会の議員たちに向かって、ロシアのミサイル攻撃によって民間人に犠牲者が出ていることを感情をあらわにして説明していました。英語の通訳も感情を抑えきれないほどの勢いでした。
ゼレンスキーは、元々、政治家ではありませんでした。彼は、何千人ものウクライナ人(人種的にはユダヤ人が沢山殺された)が殺されたナチスの占領下のウクライナ南東部の都市クリヴィイ・リハ(かつては鉄鋼業が盛んだった)で育ちました。学生時代は、凡庸な学生でした。ずっと役者をしていました。クリヴィイ95というコメディ劇団を主宰していました。2015年には、”Servant of the People(人民のしもべ) “というシットコム(シチュエーションコメディ”situation comedy”の略で、状況設定が笑いの要素の中核となっているタイプの喜劇)が好評を博しました。その中で、ゼレンスキーが演じたのはヴァシル・ホロボロドコという高校教師だったのですが、腐敗した政治家について批判することで人生が一変するという役柄でした。劇中では、その教師の姿を1人の学生が撮影し、その動画が拡散されます。さらにストーリーは続き、彼の分かりやすい語り口と誠実さが多くのウクライナの人々の心を打ち、政治の舞台に担ぎ出されることとなり、最終的には、大統領職まで登りつめました。
「人民のしもべ」は、ノエル・カワード(俳優、演出家、脚本家。おしゃれでウィットに富んだ作品で人気を得た)というより、ベニー・ヒル(コメディアン。美女を使った下ネタが得意)が演じる喜劇に近いハチャメチャなコメディ作品でした。非常にヒットしました。初演から数年経つ内に、ゼレンスキーは、その劇のストーリーが現実になるかもしれないと感じるようになりました。自分がテレビで演じているキャラクターを、多くの国民が必要としているものかもしれないと思ったのです。「私は、政治家を小馬鹿にしたり、茶化したりして批判してきました。そうすることで、ウクライナをどんな国にしたいかということを示してきたつもりです。」と、ゼレンスキーは”The New Yorker”誌のジョシュア・ヤッファ(在モスクワ特派員)に語っていました。
2019年、ゼレンスキーは期せずして大きな注目を浴びることとなりました。それは、ドナルド・トランプがマフィアのドンが使うような手段を使って、ゼレンスキーにある依頼をしたからでした。トランプは、ハンター・バイデン(バイデン大統領の二男)がウクライナのエネルギー関連ビジネスで不正行為を行っているのを暴いて欲しいと依頼していました。それができなければ、米国はウクライナへの何億ドルもの軍事支援を差し控えると脅していました。先週、トランプ前大統領はプーチンのウクライナ侵攻は 「天才的 」だったと言及しました。それを聞いて、私は、トランプの弾劾訴追手続きにおいて、このゼレンスキーへの悪質な依頼が重要な証拠として取り上げられていたことを思い出さずにはいられませんでした。
侵攻が始まる前、ゼレンスキーの人気は落ちていました。オリガルヒ(ロシアやウクライナ等旧ソ連諸国の資本主義化の過程で形成された政治的影響力を有する新興財閥)がメディアなどを使って、ウクライナに影響力を及ぼし続けていて、しきりにゼレンスキーを非難していました。侵攻直前には、ゼレンスキーはバイデン大統領と意見が合わないようでした。バイデン大統領は、諜報活動によってロシアの侵攻が差し迫っていることが明らかになったことを公表すべきであると主張していました。しかし、ゼレンスキーは、侵攻の可能性は大きくないと思い込んでいました。しかし、ロシア軍の戦車が侵入してくると、ゼレンスキーは国民に、「私は、ウクライナにとどまって戦う」というメッセージを発し始めました。大統領顧問を務めていたイゴール・ノビコフは、キエフの自宅から「ゼレンスキーは、役者として優れた嗅覚を持っていました。人々が何を望んでいて、何を望んでいないかを感じ取ることができるのです。第六感を持っています。危機時になるほど、その感覚が冴えるのでしょう。彼は、人々のエネルギーを纏め上げ、一つの方向に向けさせることができるのです。」と言いました。
しかし、幻想を抱いてはいけません。どんなに国を率いるリーダーが国民を鼓舞しても、ミサイル攻撃を防ぐことはできません。ハリコフ、マリウポリを始めいくつもの都市が砲撃を受けています。また、ロシア軍は原子力発電所も攻撃しました。プーチンはキエフにどんな攻撃を仕掛けるのでしょうか。少しは慈悲をかけてくれるのでしょうか。彼の過去の行動を見る限り、無慈悲な攻撃を仕掛けてくると推測されます。22年前、彼はグロズヌイを消滅させました。何千人もの市民が殺されました。最悪なことに、プーチンの頭の中は、あの時よりも今の方が沸騰しているように見えます。
現在、ゼレンスキーとプーチンは非常に対照的です。プーチンは、ますます孤立しているように見えます。また、被害妄想が強まっているように見えます。プーチンがロシア国内で高い支持率を維持できているのは、絶え間なくプロパガンダを流していることと弾圧が理由です。また、あからさまに武力を行使して強国のように振る舞うことで、自国は自信に満ちた国であると感じている人が沢山いることも理由です。2008年にジョージア、2014年にクリミアとドンバス地方にロシアが侵攻した時、プーチンは、嫌というほど世界中から批判され、様々な制裁を受けました。彼は、ウクライナに侵攻すれば、今回も同じような目に合うことを認識していたはずです。それでも、侵攻したのです。おそらく、彼は、自軍の近代化が進んでいると過信していたのでしょう。また、ウクライナ軍は装備も貧弱で統制が取れておらず、簡単に降伏させられると思っていたのでしょう。しかし、彼の推測は間違っていたのです。
ロシアに課された様々な経済制裁は、多岐にわたっています。ルーブルは急落しました。大規模な売りが出て暴落を防ぐために、ロシアの株式市場は先週ずっと閉鎖されていました。スイスの全ての銀行がロシアの企業や個人の口座を凍結しました。第二次世界大戦後、ドイツは一貫して国防に関しては慎重な姿勢を取ってきました。しかし、一転して国防費を増やす方向に舵をきりそうです。また、ロシアへのエネルギー依存度を下げようと動いています。国際オリンピック委員会、各国のサッカー協会、多くの企業(めったに道徳的な行動で褒められるようなことがない企業が、リスクを顧みず勇敢に制裁を課しています)が協力してロシアに制裁を加えています。
何千人ものロシア人が、特に都市部のエリート層が、自国の行く末を悲観して国外に脱出しています。行き先は、ジョージア、アルメニア、トルコなどが主です。ロシアに残る人たち、つまり、大多数のロシア国民は、戒厳令下で、自国が孤立していることを感じ取っているでしょう。また、ますます独裁主義的になりつつあると実感していることでしょう。「この国は、今まさに崩壊しつつある。」と、ロシア最後の独立系テレビ局”TV Rain”(既に閉鎖された)でキャスターを務めていたミーシャ・フィッシュマンは言っていました。
侵略を止めさせることができるのは、1人しかいません。それは、侵略を仕掛けた本人です。楽観主義者であれば、少なくとも少数のエネルギー関連企業の幹部やオリガルヒが不満を表明しているのだから、プーチンがそうした不満に耳をかたむけて考えを改めるかもしれないと主張するでしょう。しかし、今すぐにそんなことが起こる可能性は無いでしょう。プーチンは、街頭デモを弾圧するためにあらゆる手段をとるでしょう。不満を表明した取り巻きや族議員なども押さえ込まれるでしょう。ゼレンスキーはそのことをよく認識しています。ゼレンスキーの声は、人々を鼓舞することができるだけではありません。彼の言葉で、私は厳しい現実を再認識することができました。彼は言いました、「これは映画ではありません。ハッピーエンドが待っているわけではないのです。」と。彼は、国を守ると誓ったものの、国の解放を祝うまでは生きられないことを悟っているようでした。♦
以上
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