Can the Human Body Endure a Voyage to Mars?
人間の体は火星への旅に耐えられるか?
In the coming years, an unprecedented number of people will leave planet Earth—but it’s becoming increasingly clear that deep space will make us sick.
今後数年間で、前例のない人数が地球を離れることになるが、深宇宙が私たちを病気にすることがますます明らかになっている。
By Dhruv Khullar February 10, 2025
1. 2016 年帰還のアメリカ人宇宙飛行士スコット・ケリー、体調悪し
2016 年 3 月 2 日、現地時間の午前 9 時頃、カザフスタンでスコット・ケリー( Scott Kelly )は時速 17,000 マイルでソユーズ宇宙船( Soyuz spacecraft )で地球の大気圏に突入した。予想通り、大気の摩擦で耐熱シールドが過熱し、溶けた破片が飛び散った。急激な減速により、ケリーと 2 人のクルー、ミハイル・コルニエンコ( Mikhail Kornienko )とセルゲイ・ボルコフ( Sergey Volkov )には 6 倍以上の重力がかかった。直径約 7 フィート( 213 センチ)の黒い球体であるソユーズの降下モジュールは、赤と白のパラシュートを展開して地球の表面に浮かび上がらせながら砂漠に着陸した。
毛皮帽を被った捜索救助隊がロシア語で叫びながらカプセルに駆け寄り、円形の蓋をひねって開け、ケリーを引き出した。ケリーは親指を立て、荒涼とした平原にひときわ目立つように置かれたリクライニングチェアにそっと降ろされた。ニヤリと笑った。隊員の誰かが厚手の毛布を彼にかけ、次に彼の禿げた頭にニット帽をかぶせた。それから彼は衛星電話を耳に当て、地球に戻って最初の電話をかけた。
ケリーは他のほとんどの人よりも長い時間を宇宙で過ごしている。これまで 4 回のミッションに参加し、それぞれが前回よりも長く、合計滞在日数は 520 日間にもなる。今回のミッションで国際宇宙ステーション( International Space Station:略号 ISS )で 1 年近く過ごすという、アメリカ人としては最長の宇宙飛行を経験した。彼はある意味、生きている誰よりも宇宙に慣れていた。しかし、「宇宙に滞在する時間が長ければ長いほど、地球に帰還する際の症状は悪化した」と彼は私に語った。ヒューストンの自宅に戻った後、彼は吐き気とめまいに苦しんだという。重力のせいで関節が痛み、椅子に座っているだけでも不快に感じた。重苦しい疲労にも襲われた。
宇宙旅行の医学的影響には、よく理解されているものもある。無重力状態に近いと背骨が伸び、筋肉や骨が衰えることが何十年も前から科学者たちの間で知られていた。ケリー宇宙飛行士は、出発時よりも 2 インチ( 5 センチ)背が伸びて地球に帰還した。彼の体重は 7% 減少したが、その理由の 1 つは、NASA の計画者が予想していたよりも、彼のパック入り食品やフリーズドライ食品に対する食欲が低かったことである。しかし、彼の他の症状のいくつかは奇妙でこれまでに見たことのないものであった。彼が立ち上がると血液が下方に流れ込むようで、足に痛みを伴う腫れが生じた。「それがおそらく最も苦痛だった」と彼は私に語った。また、ひどい発疹が彼の首、背中、足に広がった。
ケリーには一卵性双生児の弟がいる。宇宙飛行士から転身し現在はアリゾナ州選出上院議員であるマーク・ケリー( Mark Kelly )である。今回のミッションに先立ち、2 人はそれぞれの身体を比較する研究の被験者となることに同意していた。地球にずっといるマークと、宇宙から地球に戻ったスコットの身体を比較するものである。2 人は同じ DNA を持っているため、この研究は長期ミッションの生理学的影響を分離する貴重な機会であった。12 の大学から集まった 80 人以上からなる研究チームが、ISS 滞在前、滞在中、滞在後に、スコットをおそらく歴史上他のどの人間よりも綿密に研究した。NASA でこの研究の主任研究者を務めるクリストファー・メイソン( Christopher Mason )は、「すべての人が双子であってほしい」と語っている。メイソンと同僚たちは、研究結果のいくつかに困惑した。たとえば、認知機能テストでは、スコットの思考速度と正確性が低下していることが示された。血液中の炎症マーカーは、研究室での検査では測定が困難なレベルまで急上昇した。正常値を数千 % 上回り、極度のストレス反応を示唆していた。「これはこれまでに人体で観測された最高レベルではないか?」とメイソンの同僚の 1 人が声をあげた。「彼はどうやって生き延びたのか?」
これまでに宇宙に行った人は 700 人未満で、そのほとんどは比較的若く健康な男性である。今後数十年間で、この数は飛躍的に増える可能性がある。スペース X ( SpaceX )、ブルーオリジン( Blue Origin )、ヴァージン・ギャラクティック( Virgin Galactic )など、ますます多くの国や企業が競い合って第二宇宙時代( the second space age )の幕開けが近いからである。しかし、宇宙旅行がもたらす多くの特異な影響は、ようやく特定され、調査され始めたばかりである。潜伏していたヘルペス感染症はしばしば再活性化し、特定の薬は効き目が弱くなる。無重力に近い状態を専門用語で「微小重力( microgravity )」と呼ぶが、重力が少ない中での血液の流れに身体が慣れていないため、頭頚部の静脈に血液が再分配されて血栓のリスクが高まる。スコット・ケリーは回顧録「 Endurance (未邦訳:忍耐力の意)」の中で、「人類が宇宙をさらに探索できるのは、宇宙飛行を可能にする鎖の中で最も弱い鎖の輪( weakest links )、つまり人間の身体と心を強化した場合だけである」と書いている。
メイソンはそうなることを楽観視している。「いつの日か、何千人もの人々が宇宙で生活したり、働いたりするようになるだろう」と彼は言う。「それを安全に行う方法を理解する必要がある」。深刻な懸念を抱く者も少なくない。ペンシルベニア大学の精神医学教授のマティアス・バスナー( Mathias Basner )は、宇宙旅行は脳に重大な構造変化を引き起こすと語る。「大部分は可逆的だろう」と彼は言う。「そうでないものもあるだろう」。微小重力下では、脳が頭蓋骨内の上部に移動し、脳脊髄液を吸収する部分を圧迫するため、脳腔が腫れ、頭蓋内圧が上昇する可能性がある。神経変性疾患に関連するある種のバイオマーカーは、長期の宇宙旅行の後に著しく上昇するようである。これは、脳にかなり悪い事態が起きていることを示唆している可能性がある」とバスナーは言う。「もっとデータが必要である」。
宇宙最長滞在記録保持者であるロシアの宇宙飛行士で医師のヴァレリー・ポリアコフ( Valery Polyakov )は、宇宙放射線から比較的保護され通信の遅れも少ない低軌道( low Earth orbit:略号 LEO )で 14 カ月余りを過ごした。低軌道を離れたことがあるのは、アポロ計画で乗組員を務めたアメリカ人 24 人のみである。それも 50 年以上前のことで、いずれも 2 週間未満だった。それでも、アメリカと中国は 2030 年代までに火星への有人飛行を可能にすべくしのぎを削っている。スペース X 社の CEO であるイーロン・マスク( Elon Musk )は、火星で死にたい(衝突ではなく)と言ったことで有名であるが、100 万人の入植者を送り込みたいと考えている。ちなみに 2018 年に彼は将来の火星移住者の求人広告について言及し、「南極探検家のシャクルトン( Shackleton )が出した募集広告のように、『困難で危険、死ぬ可能性が高いが、生き残った者は興奮を味わえる』と書かれているだろう」と指摘した。しかし、科学教育番組「サイエンス・ガイ( Science Guy )」の元司会者で現在は惑星協会( the Planetary Society )の CEO を務めるビル・ナイ( Bill Nye )は、火星植民地化の夢は危険な妄想であると指摘する。「我々は自分たちが住んでいるこの惑星を管理することすらできないが、この環境に完璧に適応している」と彼は言う。「火星に住むなんて妄想でしかない。みんなラリっているんじゃないか」。実際、人類が深宇宙( deep space )でどうなるかということについては、ほとんど何もわかっていないという。試してみなければ何もわからないというのが事実である。