人間の身体は火星探査に耐えられるか?普通に考えたら放射線の影響と微小重力のせいで死ぬでしょ!!

4. 火星の環境は過酷

 かつて火星の内核はニッケルと鉄でできていて、内核は自転していた。このため地球の磁場と似た磁場が生まれ、熱を保ち、放射線を遮断し、液体の水さえ育んだかもしれない強力な大気が存在していた。しかし、火星は地球の半分ほどの大きさしかないため、溶けた内核は冷えて固まってしまった。今日、火星に磁場はほとんどなく、大気のほとんどは宇宙に漏れ、表面は太陽と銀河からの放射線に激しく晒されている。平均気温は華氏マイナス 80 度(摂氏マイナス 62 度)である。これらの理由から、火星に永住するにはテラフォーミング( terraforming )が必要となる。テラフォーミングとは、文字通り何もないところから居住可能な惑星を作り上げるという途方もない作業を指す。1 つの方法は、火星の岩盤から温室効果ガスを解放し、大気を厚くして、地球が現在経験しているような温暖化を促すことである。

 惑星間探査の支持者たちはひるんでいないようである。「我々は火星に定住する」と航空宇宙企業ブルー・オリジン( Blue Origin )を設立したジェフ・ベゾス( Jeff Bezos )は 2016 年に語った。「火星に定住すべきである。なぜならそこは素晴らしい場所だからである」。先月、トランプ大統領は就任演説で、「我々は宇宙開発を加速させる」と宣言し、「火星に星条旗を掲げる」と発言した。大統領の後援者であり、たびたびアドバイザーを務めるマスクは 2017 年に有人火星探査ミッションが 2024 年までに開始されると予測していた。コードネーム BFR( Big Fucking Rocket の略)の宇宙船に約 100 人を乗せて送ると語った。彼はまた、核爆弾の爆発を含むテラフォーミングプロセスを提案しており、「NUKE MARS 」と書かれた T シャツを着ているところを目撃されている。NUKE MARS はイーロン・マスクが提唱する、火星の大気圏上に人工の太陽を作り出す計画である。低放射能の核融合爆発を連続的に起こすことで、地球のような大気を作り、温暖化を図ることを目的とするものである。スペース X 社は自社のウェブサイトで、赤い惑星は 「少し寒いが、温めることはできる 」と述べている。火星定住に必要なのは、低重力への対処と農作物の育成であると言及しているが、放射能については触れていない。

 国際宇宙ステーション( International Space Station:略号 ISS )は高度約 250 マイルの軌道を周回している。地球の磁場は、太陽に面した側では数万マイル、反対側ではさらに遠くまで広がっている。つまり、ISS の宇宙飛行士はあらゆる放射線にさらされても保護されている。スコット・ケリーが宇宙軌道上で浴びた放射線は 1 日に 4 回胸部 X 線検査を受けたのと同等であったが、火星往復ではその 6 倍以上になるとメイソンは推測する。1 回のミッションで、各種宇宙プログラムが宇宙飛行士に設定した生涯の積算被曝量の限度に近づくことになる。

 昨年 10 月に私はロングアイランドに行った。第二次世界大戦後に設立された核物理学研究センターであるブルックヘブン国立研究所( Brookhaven National Laboratory:略号 BNL )を訪問した。BNL で行われた研究は 7 つのノーベル賞につながった。2000 年代初頭から BNL は NASA 宇宙放射線研究所( NASA Space Radiation Laboratory )の本拠地となっている。ここにはアメリカエネルギー省のプロジェクトで、世界で最も強力な粒子加速器( particle accelerator )の 1 つが備わっている。この研究所では銀河放射線をシミュレートし、生体組織への影響を分析している。

 生物学棟の中で、私はピッツバーグ大学宇宙医学センター所長のアフシン・ベヘシュティ( Afshin Beheshti )と、ワイル・コーネル医科大学の肝臓学者ロバート・シュワルツ( Robert Schwartz )に会った。シュワルツはウェーブのかかった髪を腰近くまで伸ばし、「オルガノイド( organoids )」を作製している。オルガノイドは臓器の構造と機能を持つ小さな人体組織の塊である。彼は実験台の上でかがみ込み、インスタントコーヒーの顆粒大の肝臓オルガノイド数千個を、小さなプラスチックの試験管に慎重にピペットで移していた。

 シュワルツとベヘシュティは、これらのオルガノイドに異なるレベルの放射線を照射する準備をしていた。1 つは月面探査の放射線をシミュレートするための線量で、もう 1 つは火星往復を想定した高線量である。また、彼らは放射線の人体への影響を増減させる要因を特定しようとしていた。「このようなことをしたのは我々が初めてである」とベヘシュティは言った。ごま塩色のあごひげを生やし眼鏡をかけていた。

 最も基本的なレベルでは、放射線は宇宙を高速で移動する粒子または波で構成されている。放射線は、星、火山、特定の元素 (ウランなど)、さらには食物 (バナナは微量の放射線を放出する) など、さまざまな発生源から発生する可能性がある。その影響は含まれるエネルギーの量によって異なる。可視光線やマイクロ波などの非電離放射線( Non-ionizing radiation )は、物体を加熱する可能性があるが、比較的安全であると考えられている。しかし電離放射線( Ionizing radiation )は、化学結合を破壊したり、安定した原子を不安定な「遊離基( free radicals )」に変化させることで、組織を透過して DNA に損傷を与える。遊離基は DNA に衝突し、切断、突然変異、不適切な結合を引き起こす。宇宙船設計技術者は、居住区域を金属、プラスチック、水で囲むことで放射線を制限することができるが、従来の素材を厚く重ねると、宇宙船が重くなりすぎて地球から打ち上げられなくなる。当然、火星まで到達することもできなくなる。「放射線は宇宙飛行の障害になる可能性がある」とバスナーは言う。「厄介なことに放射線から身体を守るのは非常に難しい」。

 シュワルツは、放射線と組み合わされた影響を近似するために、いくつかのオルガノイドの入った試験管に人工合成した月の表面の堆積物(レゴリス:regolith )を加えた。レゴリスの吸入は有害であると考えられており、シュワルツはドラフトチャンバー(局所排気装置)の下で高密度マスクを着用していた。シュワルツは他の試験管に、ミトコンドリア内で抗酸化物質として機能する栄養補助食品を加えた。ベヘシュティは自称 「ミトコンドリア研究の権威( mitochondriac ) 」である。宇宙ミッション中にミトコンドリアを保護することで、さまざまな保護効果が得られる可能性があると考えている。

 私たちはサンプルをシュワルツの車に運び、NASA 宇宙放射線研究所があるコンクリートの建物まで数分走った。建物内では、放射能を警告する明るい黄色の注意書きがあり、壁には月探査ミッションの写真が飾られていた。私たちは、施設の外に危険物質を漏出させないよう長靴を履いた。ホールの端にある重々しい灰色のドアの上には、粒子加速器が作動している時には「ビーム!( BEAM! )」のサインが明滅していた。

 近くの休憩室から、私は放射線室のライブ映像と、上下に動くさまざまな色のグラフを見ていた。それぞれの色はさまざまな荷電粒子( charged particle )を表している。小さな水素イオンやケイ素イオンや鉄イオンなどのより大きく重いものもあった。「小さなイオンを砂粒とすると、鉄イオンはボウリングのボールくらいである」とベヘシュティは言う。彼は左の手のひらに右手を拳にして打ち込んだ。宇宙空間での 1 年間で、宇宙飛行士の体のすべての細胞が重イオンにさらされると推定されている。

 シュワルツはサンプルを発泡スチロールの台にテープで貼り付け、放射線室の金属台に置いた。彼が戻ってくると、「ビーム!」のサインが点灯し、鉄イオンを表す太い赤い線がモニターに映った。私はボーリングのピンが飛び散るのを想像した。「照射するな」、「照射しろっ!」 とベヘシュティが指示を出す。15 分おきくらいに、異なるイオンが照射された。それが数サイクル繰り返された後、シュワルツはサンプルを静かに置いた。その後、シュワルツは慎重に車を走らせ、数人のポスドクがサンプルの分析を始める準備をして待っている研究室に戻った。

 私がヘシュティとシュワルツに会ったのは、それから数カ月後のことである。彼らは調査結果を科学誌に提出する準備をしていた。人間の肝臓はこれまでの常識では他の臓器よりも放射線に強いと考えられていたが、彼らの実験では肝細胞が重大な損傷を受けることを示していた。火星の放射線量は月よりも非常に高く、生き残った細胞はタンパク質の生成や老廃物の代謝などの基本的な機能を果たす能力が低下していた。シュワルツは破壊の起こりそうなサイクルを概説した。通常、ミトコンドリアは遊離基を中和するが、放射線によって傷つけられると、このプロセスが難しくなる。遊離基はミトコンドリアの DNA を傷つける。それがさらにミトコンドリアを弱める。この進行は免疫系に害を及ぼし、老化を加速させ、がんを引き起こす可能性がある。

 もう 1 つ明らかになったことがあったが、それはより安心できるものであった。サプリメントで強化されたミトコンドリアは、健全性を失って死ぬ可能性がはるかに低く、場合によっては、放射線を浴びていないミトコンドリアとほぼ同じように機能した。ベヘシュティとシュワルツは、サプリメントが将来、宇宙飛行士が放射線の最悪の影響を食い止めるのに役立つかもしれないと示唆した。地球上の人間にも恩恵がもたらされる可能性がある。「ミトコンドリアの機能不全は、さまざまな人間の病気の根底にあるもので、全人類を悩ますものである」とシュワルツは言う。「この実験が示唆するのは、がん、老化、感染症など、さまざまな疾患の治療方法について、これまでと全く異なるアプローチが生まれるかもしれないということである」。