人間の身体は火星探査に耐えられるか?普通に考えたら放射線の影響と微小重力のせいで死ぬでしょ!!

6. 火星探査という夢のための訓練

 新しい惑星に移住することは究極の冒険であるし、どんな代償を払ってでも実現したい危険な夢でもある。逆説的だが、論理的に考えると人類が次に目指すべきステップのようにも思える。一方で、地球という惑星を守るという、ほぼ間違いなくより簡単で費用のかからないタスクが、十分に注意が向けられておらず不可能に見える。私が「火星」で過ごした際には、宇宙旅行のリスクは、ゲーム内のハードルのように感じられることもあった。というのは、エアロックが崩壊しても、いつでもやり直せるからである。しかし、実際には宇宙はそれほど寛容ではない。これまで 24 人の宇宙飛行士が亡くなった。そのほとんどは打ち上げ時または再突入時の壊滅的な機器故障によるものである。「宇宙探査の難度の高さを認識せず楽観的な者が多い」と、引退したスペースシャトルの宇宙飛行士、キャディ・コールマン( Cady Coleman )は私に語った。「事故が起きると、それは平手打ちのようなもので、その楽観には現実があるということを思い出させる。結局のところ、火星探査なんて夢のまた夢なのかもしれない」。

 通常、ハブの稼働は日中は太陽光発電に、夜間は発電機の電力に頼っている。しかし、私が到着する数日前のことであるが、照明と暖房が突然停止したことがあったという。実際の火星探査ミッションにはあり得ない贅沢品である発電機が故障した。乗組員はハブから約 20 メートル離れた整備小屋から取り出した予備発電機にケーブルを接続した。6 時間もかかった。「夜間に凍えないようにすることが最優先だった」とヴァニエは語った。ユタ州では機器類が故障すればミッションを中断するだけだが、火星だったら全員死ぬしかない。その日、照明が再び点灯したのは午後 11 時ごろだった。

 ヴァニエは、ランチ休憩の際に MDRS の温室を案内してくれた。食べたのは黒豆とハンバーガーのミックスだった。水を加えてたべるのだがどう見てもただのオートミールだった。味もそうだった。地上に繋がっている管から暖気が入ってきた。温度計は 90 度(華氏 32 度)を示していた。

「ここはホットヨガをする場所かな?」

「実際、そういうことをする人もいる」。

 木製のパレットの上にプラスチックのプランターが何列も並べられている。列ごとに作物が異なる。ヴァニエは、まだ小さいキュウリの葉を撫でた。「我々がここにいる間には食べられる状態にはならない」と彼は言う。「将来のミッションのためにいろんなものを作って貢献している」。以前の乗組員がニンジンを密集させて植えたことがあった。ヴァニエがニンジンを間引きしようとした時、うっかり抜きすぎてしまった。別の時には、キュウリの苗が驚くほどしおれたので、彼は水やりの量を増やした。彼は昼食用にコリアンダーを刈り取った。秤に載せると 9 グラムの重さがあった。それから、一滴も水をこぼさないように注意しながら苗に水をやった。外の不毛な赤い大地を眺めながら、彼は言った。「別の生き物の世話をするのは楽しいことである」。

 船外活動は宇宙飛行士にとって最も危険な活動の 1 つである。極度の温度と限られた酸素供給で死ななくても、1 センチ大の宇宙ゴミが宇宙服に穴を開ければ、急速な減圧で死につながる可能性がある。宇宙船に出入りするだけでも減圧症( decompression sickness )を引き起こす可能性がある。溶解した窒素が血液中に泡を形成する。2013 年には、イタリア人宇宙飛行士のルカ・パルミターノ( Luca Parmitano )が宇宙服の冷却システムの詰まりからヘルメットに水が入り、危うく溺死しそうになった。

 私はヴァニエ、ヴァシ、ポスドクのイアン・パメルロー( Ian Pamerleau )と一緒に船外活動( extravehicular activity:略号 EVA )の準備をした。レプリカの宇宙ヘルメットを頭にかぶせられ、私は閉所恐怖症のような感覚に襲われた。私たちは宇宙服を着て機械類の詰まったバックパックを背負い、ヘルメットの中に空気を循環させた。誰かが私の収納ポケットが多いベストに無線機( two-way radio )と GPS トラッカー( GPS tracker )を積み込んでくれた。私が迷子にならないためのものである。私は顔の近くでマイクをオンにした。

「これ、ついてる?」と私は尋ねた。

「問題無い」とヴァニエは言った。

 パメルローと私はパーセベランス( Perseverance:忍耐力 )という名の ATV に乗り込んだ。荒れた地形を走ると、凍てつく強風に晒された。今にも私たちの上に落ちてきそうな巨大な岩の間を縫うように進んだ後、私たちは乾いた川床に止まった。パメルローはハンドルほどの大きさの巻尺を巻き戻し、ひざまずいて黄色いノートに何かを書き込んだ。私たちとそこで落ち合ったヴァニエが私たちの座標を読み上げた。

 私は遠くをじっと見つめた。火星に最初に到着した人類が発見するであろう、広大な未開の地を想像した。私たちはこれはあくまで演技であると認識していた。この場所は他の惑星のように見えたものの、基本的には私のリビングルームと同じ雰囲気と重力があった。しかし、私のリュックの荷重は凄まじいもので、防護服の生地を通して寒さを感じていた。火星と違って呼吸できる場所であったが、私たちの命は無線、車両、発電機などの壊れやすい技術に依存している、と私は考えた。それらがなければ、ここで一晩過ごすだけで私たちは死んでしまう。

 ヴァニエはハンマーなどを使って尾根からサンプルを削り取った。私は彼が慎重に剥がれた岩を袋にすくい入れるのを見た。その日の作業が終わると、私たちはハブに戻り、防護服の汚れを落としヘルメットを脱いだ。私は太陽が地平線に沈み始めるまで他の乗組員と一緒にいた。私が去る前に、全員が握手をした。彼らは部屋に戻り、活動日報を書いた。それから私は、入ってきた時と同じエアロックに入った。次の一歩で私は地上に帰還した。♦

以上