今年の夏も暑かった!人間の身体は非常に効率的な冷却装置である しかし、悲しいかな、それにも限度がある!

Annals of a Warming Planet

What a Heat Wave Does to Your Body
熱波が体に与える影響

The human body is a remarkably effective cooling machine—but it has a limit.
人間の体は非常に効果的な冷却装置ですが、限界があります

By Dhruv Khullar August 25, 2023

1.

 2019年6月のうだるような暑さの日のことだった。サンフランシスコのベイエリア(Bay Area)の救急外来で勤務していた研修医3年目のデイビッド・キム(David Kim)は出動要請を受けた。外気温は華氏99度(摂氏37.2度)だった。北カリフォルニアでは前例のない暑さだ。1人の女性がパーキングロットに横たわっているという。女性は80代。体温は華氏104度(摂氏40.0度)だった。救急隊員が数人がかりで彼女を舗道から持ち上げた。冷却剤を皮膚に当てた。すると、女性は意識を取り戻した。しかし、彼女はどうして倒れたのかとか、自分が誰なのかも話せなかった。彼女は救急車に乗せられた。キムが勤務している病院に向かった。

 熱射病の場合に体温を下げる手っ取り早い方法は、冷たい水に漬けることだ。それと比べると他の方法は効果が低い。冷たいタオルやミスト扇風機などは劣る。しかし、キムが勤務していた病院の救急外来にはバスタブが無かった。即興で対処するしかない。キムは備品の戸棚を調べた。灰色のバケツを見つけた。それを持ってカフェテリアに走った。氷と水を買うためだ。その間に、誰かが死後処理キットを見つけていた。患者が死亡した場合に備えるキットで、容器に必要なもの一式が入っている。遺体袋も入っている。白いビニール製だ。水を溜めることができる。

 例の女性は、救急隊員が押すストレッチャーに乗せられて到着した。ほとんど意識が無く、呼吸は速かった。目は黒かった。身体のあちこちが赤く、無数の擦り傷が見えた。医療チームは素早く服を切り裂いた。せーのっ!の掛け声とともに、女性はストレッチャーから持ち上げられ、遺体袋に移された。女性が入った遺体袋は繭のようになった。その中にバケツで氷と水が入れられた。繭が水風船のように膨らんだ。氷や水が溢れ出ないようにジッパーが首元まで上げられた。女性は動かなかった。女性は死んだように見えた。

 女性の体温が華氏100度(摂氏37.2度)まで下がるのに10分かかった。意識を取り戻した。医師たちは遺体袋のジッパーを開けた。氷水の中に手を突っ込み、女性を乾いたストレッチャーに移した。水分を摂取させた。腕の切り傷を縫い合わせた。2時間後、女性の体温は正常になった。意識も明瞭に戻った。家に帰りたいと言い出した。

 それから間もなく、キムは同僚の協力を得て救急医療専門誌で症例報告をした。タイトルは「遺体袋は命を救う」だ。遺体袋を使って身体を冷やすことは、緊急事態でも役に立つ戦略であると記されていた。その翌年、太平洋岸北西部(Pacific Northwest)が2週間近く熱ドーム(heat dome)に覆われた。気温は120度(摂氏48.9度)に達した。しかし、その辺りではエアコンが有る建物は限られていた。ある医師などは、1日に20人近くの熱射病患者を治療した。多くの病院で氷嚢や冷却カテーテルが不足した。シアトルのハーバービュー・メディカル・センター(Harborview Medical Center)の救急外来は、遺体袋に注目した。この処理方法のことを残忍(grim)と評しているニュース報道もいくつかあった。しかし、今年の夏は、暑さが尋常ではなかった。熱で電線が溶け、道路も陥没するほどだ。遺体袋を使う方法は、いかにも有用に思える。救える命は少なくないはずだ。

 近年は毎年のように猛暑がやってくる。以前はそんなことはなかった。今年の夏は、おそらく観測史上最高の暑さを記録するだろう。北京(Beijing)では華氏106度(摂氏41.1度)、サルデーニャ島(Sardinia)では華氏118度(摂氏47.8度)まで気温が上昇した。エルパソ(El Paso)では華氏100度(摂氏37.8度)以上の日が44日も続いた。世界中の人々が、広範な実験のモルモット(guinea pigs)になったようだ。そう、これは実験なのだ。年齢も体力レベルも異なるあらゆる者を、前例のないレベルの暑さに継続的に晒す。すると、どうなるのか?戸外にいる時、あるいはエアコンが効かない時に、人体にどんな影響が出るのか?それが試されている。

 人体が暑さにどう反応するか。その研究方法の1つに、温度、湿度、光度を調整できる特別な検査室に被験者を入れ、生命兆候(vital signs)をモニターするというものがある。コネティカット大学(the University of Connecticut)のコリー・ストリンガー研究所(Korey Stringer Institute)には、その設備がある。研究所の名前は、トレーニングキャンプ中に熱射病で亡くなったミネソタ・バイキングス(Minnesota Vikings)のフットボール選手に因んでいる。私は、そこの所長に、暑さが人体にどんな影響を及ぼすかを理解したいと話した。彼は、私を検査室に2時間入れることを提案した。湿度40%、気温華氏104度(摂氏40.0度)にする。それは私の身体に非常なストレスをもたらすだろう。私が検査室に入るには、損害賠償請求権放棄同意書への署名、医師の許可が必要だ。検査室に入ったら、トレッドミルを上り勾配にして、要はちょっと負荷を上げて、歩かないといけない。1970年代にイスラエル軍(Israeli Defense Forces)が開発したテストだ。医師団が私の身体反応や汗の量などをモニターし続け、私の身体がどう対処するかを調べる。

 8月になって、ニューヨーク市では焼け付くような暑い気温が何日も続いた。私は、電車でコネチカット州に向かった。コネチカット州立大学のバスケットボール部(ハスキース:UConn Huskies)の試合会場で落ち合った。そこに例の研究所の最高執行責任者(chief operating officer.)のレベッカ・スターンズ(Rebecca Stearns)が居た。とてもフレンドリーだった。その時、私はすでに汗をかいていた。

「熱くなる準備はできてる?」彼女が言った。

「すでに暑いんだけど。」と答えた。

「早すぎません?」

 私と彼女は研究施設まで歩いた。ロッカールームのようなところだ。中に入ると、壁にストリンガーの写真が貼ってあった。ボールも飾ってあった。彼が倒れる前日にサインしたものだ。ホワイトボードには、インストラクションが書かれていた。2つだけだ。体温が華氏104度(摂氏40.0度)に達したら、トレーニングの強度を下げろ。体温が上がり続けたら、すぐに ”再水和プロトコル(rehydration protocol) “を開始しろ。

 私は現役の医師だ。検査を行うことには慣れている。が、受けることには慣れていない。検査室には小さな窓がある。観察用だ。窓から検査室内を覗き込んだ。緊張が高まってくるのを感じる。トレッドミルの上には、10個の大きな放熱口がある。まるで飛行機のジェットエンジンのように見えた。近くの壁に、セリーナ・ウィリアムズ(Serena Williams)のものとされる「時として暑さが最大の敵になる(Sometimes the heat is my biggest opponent)」という言葉が刻まれていた。

 私が中を見ていると、スターンズが壁のコントロールボックスの鍵を開け、スイッチを入れた。キーパッドで温度設定をした。別のキーパッドで湿度を設定した。カチッ、ヒュー。機械が動く音がした。数分で、温度が華氏90度(摂氏32.2度)、95度(35.0度)、100度(37.8度)と上がった。オーブンの予熱が終わったら、ミートローフを入れるのと同じだ。スターンズが検査室のドアを開けた。私は中に入った。